嫌な予感
王子の襲来事件から3ヶ月程経った。
あれからギルは毎週水曜日にやって来るので、最初の数回はアンナも焦っていたが、そのうちに慣れてしまったようだ。今では館の中に入られても気にしていない。
そしてギル程頻繁ではないがロバートも時々やって来てはジェーン先生と何か難しそうな話をしている。始めは隣で聞いていたが、私には分からないのでジェーン先生目当てならいいやと思ってこれまた気にしなくなっていた。
かと思えば、突然こんな事を言われてドギマギさせられる事もある。
「ねぇローザ、前に教えてくれた文字をまた書いてみせてよ」
いつの間にかロバートは私の事を『ローザ』と呼ぶようになっているし、私も彼を『ロバート』と呼ぶ程度には話すようになっている。
「なになに?どんな文字なんだい」
唐突に始まる無茶ぶりをジェーン先生までも援護射撃で追撃してくる。
「物を模した文字なんだよね。あれ面白いから僕は好きなんだ」
「ロザムンド、私にもちょっと見せて頂戴よ」
2人からそうせがまれて仕方なく漢字を書いてみせると、ジェーン先生も興味津々であった。
この2人、興味の対象がちょっと似ていると思う。まぁ、ジェーン先生は私の状況を知っているので別に隠す必要もないし、むしろロバートに隠す為のフォローなんかもしてくれている。
「ああ、これは外国の文字だね。シャポー侯爵は貿易関係の仕事をなさっていたからロザムンドも少し覚えてるんだろう」
とかなんとかナイスな言い訳だ。
こんな会話で親の事を知ったり、この世界の事をついでに学んでいっている。
あとはギルがくるので毎回リリーとお菓子を作っている結果、お菓子作りの腕が上がってきている。メアリが言うには普通令嬢は台所になんか入らないらしいが、シャポー家は人も少ないし、ギルが望むのでそんな異常な事を許されている。
そんな風にこのところある意味平穏に過ごしていた。
今日は水曜日。当然ギルがやってきたので、私の部屋でジョセフも交えて遊んでいた。ふさふさしたしっぽを触ったり、おすわりを覚えさせたりと和やかにしていると、白髪のおじいさんが部屋に入って来た。
「お嬢様、ロバート王子もいらっしゃいましたよ」
この爺やっぽい人はスチュワードさんだ。私が帰って来て1ヶ月後、ようやくこの家に戻って来たのだ。
アンナは遅かったと小言を言っていたが、シャポー領の管理をしていたそうである。ちなみに最近はスチュワードさんから領地の話とかも少しずつ聞けている。
「ロバートが?珍しい」
「水曜日は避けてもらっているんですけどね」
ギルと顔を見合わせていると、ロバートも勝手知ったる様子で部屋に入って来た。
「ごめんね、ギル。約束は覚えているんだけどお母様にたのまれたから」
淡々とそう言って、私とギルの間に座った。
「お母様が?私に何か用でしょうか?」
「うううん。ギルにじゃなくてローザにお願いがあるって」
「私に?」
王妃様からと聞いて、見当もつかないと言う顔をしているとロバートとギルが「ほら」とか「ああ」と2人だけで分かったような反応をしていて面白くない。
「私にも分かるように話して下さい」
のけ者にされるのは嫌だ。
「ああ、ごめんね。遠い親戚なんだけど隣の国の子が来ていて、女の子だから僕らじゃ相手出来なくて」
ロバートがそう説明してくれた。
「私も『女の子』ですけど?!」
「そういうのではないんです。なんと言うか、その」
ギルが少し濁して続ける。
「「ワガママ」」
ロバートとほぼ同時にそう言っていた。
「うちに来て2週間、アルバートが相手してるんだけどさすがに疲れきっててね。女の子同士だったらまだいいんじゃないか?ってなったらしくて」
「アルバート様が誰かに対して疲れるなんて珍しいですね」
そう言えばアルバートは最近家に来ていない。この2人程ではないが、アルバートも何度か遊びに来てはジョセフと遊んだり私に兄弟達の話をしたり、困りごとはないかと心配していた。
彼の不思議な事は、訪問頻度は1番少ないのに、いつの間にか目の前の2人よりも家人と仲良くなっているってこと。人当たりがとんでもなく良いのだ。
そんなコミュ力王子が対応できないってどんなヤバい性格なんだろう。
「ーーローザ、聞いてる?」
「はっ?!え、ええ。聞いてましたよ勿論」
やばい全然聞いてなかった。呼びかけてきたロバートの視線が気になったが、ここはとりあえずウンウン頷く。社会に出て身につけた必殺『やり過ごす』スキルを発動させる。
「・・・なら大丈夫だね」
「久々ですね!お母様も喜びます」
ロバートとギルはそう言いながら立ち上がると、私の両手をそれぞれ片方ずつとって、立ち上がらせた。
「えっ、ちょっ」
2人に引っ張られるように部屋を後にすると廊下、玄関、門まで連れて行かれると、目の前に王家の紋章が飾られた水色の馬車が用意されていた。
「・・・何処に行くんですか」
「やっぱり聞いてなかった。『今から王宮に来て』って言ったじゃない」
にっこりとロバートが笑う。
は、は、謀られたー!
振り切って逃げようとするも、両手を掴まれていて動けない。
「メっメアリ!メアリも一緒じゃなきゃ嫌です!1人じゃ外に出られません!!」
そう叫ぶと、ギルが問題ないと言って後ろを向くので、そちらを振り返ると、マシューに連れられたメアリが立っていた。
「お嬢様、諦めましょう・・・」
「じゃぁ、ジェーン先生に、先生に言わなきゃ!今日の授業終わっていないんです」
「レディ・ホワイトには僕が来た時に言っておいたよ。後から王宮に来てくれるってさ」
子どもの癖になんて抜かりない犯行だ。
必死の抵抗虚しく、私とメアリはボロ家に不釣り合いな立派な馬車に乗せられた。
ドナドナってこんな気分だったのかな・・・。王子と向かい合わせで座った私は、2度目の王宮訪問に言葉をなくしていた。




