終 幕 『祈りの果て』
わたしは、白い場所に居た。
右も左も、上も下も、どこを見ても白だらけ。最初見たときは、病室で寝てるんだった思った。でもどうやら、違うみたい。
(そっか。わたし、死んじゃったのか)
どうやらここは、死後の世界のようだ。周りを見る限り、地獄ではないようだから、ここは天国だろうか。天国というのは、意外と殺風景な場所らしい。
「あら……?」
自分の姿を見る。するとそこには、よぼよぼのおばあちゃんの姿ではなく、若い頃――多分、十八歳か二十歳を過ぎた頃かそれより前――くらいの姿になっていた。
(粋な計らいをしてくれますね。さすが天国)
と、自分で思っておいて吹き出す。なんだか、馬鹿らしいや。
ほう、と息を吐く。
「――――――」
結局、最後まで独りだったな、と、そう思う。
だけど、寂しくも、悲しくもなかった。
独りだったけど、わたしは幸せだったから。
そして、あの人が約束したから、わたしは前を向いて生きていけた。
だから、きっと――――。
「……あ」
突如光が、目の前に現れた。
とても眩しいその光は、次第に収束していって、やがてそこには、やけに荘厳な、大きな扉が現れた。
ゴゴゴ、と音を立てながら、その扉は開く。
扉の先には、無数の花が咲く、言葉では形容できないくらいの、美しい花畑が広がっていた。
空の澄んだ青。太陽の、眩しい光。白だけの殺風景なこことは違い、扉の先には色彩溢れた世界があった。
そして、開いた扉のすぐそこには、誰かが立っていた。
「―――……、あ」
それを見たわたしは、笑う。思わず、涙まで出てきた。零れた涙は頬を伝っていき、やがて地へ触れる。
けど、その涙は、もう燃えることはない。
「やぁ、リン」
目の前の彼は、いつかと同じように笑いながら、わたしに挨拶をする。
赤い髪に紅い瞳。姿はあの頃と全く変わっておらず、けど背丈はわたしより大きい。そして最も大きな変化は、あの頃のような赤い炎を纏っているのではなく、そこにあるのは白く穢れのない、美しい翼。それを見て、わたしは嬉しくなった。
もう一度、彼を見る。
その姿がとても懐かしくて。
とても胸が満たされて。
その声が愛おしくて。
わたしは彼が好きなんだなと、そう思わせてくれた。
涙がとめどなく頬を伝う。嬉しくてたまらない。好きだという気持ちが溢れていく。
だから、わたしはこう言うのだ。
きっと、彼が来てくれるって信じてたから。
もう会えないなんて、一度たりとも、思ったことなんてなかったから。
ずっと、ずっと前から決めていたこと。
それを今、口にする。
「久しぶり、アウナス」
――とびっきりの笑顔を、見せながら。
ああ、きっとそうだ。そうに違いない。
「待たせてごめん」
「待たせすぎ。絶対許さないから」
「じゃ、どうしたら許してくれる?」
周り廻って、永い長い遠回りをして、
幾度のすれ違いを経て、
出会いと別れがあって、
「――ずっと、傍に居て。わたしを、独りにしないで。わたしを、幸せにしてくれるんでしょ?」
「それくらい、お安い御用さ。もう君を、独りにはさせない。ここから、君を幸せにしていくさ。……じゃ、行こうか」
「うん。――約束、だからね? 離れたりしたら、追いかけてやるんだから」
わたしと彼の物語は――ここから、始まっていく。
空白を幸せで埋める旅に出よう。
現世で結ばれなかった恋は、常世にて結ばれたのだから。
願いは確かなモノに。永遠の時で、空白を埋めよう。
――わたしの幸せは、たしかに、在ったのだから。
風に吹かれ、花々が揺れる。
いくつか花びらが取れ落ち、風にさらわれていく。
「――――あ」
その風が、わたしの頬を撫でたとき、
『よかったね』と、大切な家族の声が、聴こえた気がした。
これで、少女と悪魔の物語は幕を閉じます。
ここまで読んでくださった方々に最大限の感謝を。ありがとうございました!