31 イロハ、議論される
相変わらずデカい建物に圧倒されつつ、門番さんに入学希望者と伝えたのが二時間前。
紹介状のお陰で、あっさり入学試験という名の面接に漕ぎ着けたのが一時間半前。
面接時間一分。
「入っていいですよ」
「はい」
こちらの礼儀ではなかったかもしれないけど、ちゃんとノックして、開けたら「失礼します」って言っておじぎ。椅子の隣まで行って、名乗り、着席の許可を待つも――
「……うん。待合室でお待ちください」
着席の許可もなく、退出許可をもらってしまった。
えっ? コレ不合格だよね? 私、何かした? 入室の時にとんでもなく失礼なコトしちゃった感じか? ただ、じっと顔を見られただけなんだけど! 退出許可出したおじ様めちゃくちゃいい笑顔だったんだけど! あの感じだと、たぶん学園長とか一番偉い人なんだけど!
なんか、エメリナさんごめん……
――――
それから、一時間半放置である。
最初は混乱していたけど、流石に一時間もあれば頭も冷えた。
これは、ただの不合格じゃない。
即刻不合格にするなら、その場で言い渡すか、一旦帰してから後日不合格通知を出せばいい。
つまり、何かあるのだ。
何かわからないけれど、私を帰さずに留めて置き、なんらかの決定を下したいのだと思う。
『ただの不合格より厄介な合格だったらどうしよう……』
「イロハさんは異世界の方だったのか。それとも辺境の出身かな?」
「わっ!? い、いつの間に……」
いつの間にか、退出許可のおじ様が入口に立っていた。ロマンスグレーの髪が素敵な初老のおじ様で、一見、物腰が柔らかそうに見えるけど、多分狸とか狐系のアレだと思う。
おじ様の後ろには、面接会場にいた面々が揃っている。いや、面接会場にいた人数より増えている。
そして、集まった面々の何人かは、苦虫を噛み潰したような顔をしているから、やっぱりなんらかの議論がなされていたのだろう。
「驚かせてしまったか。すまない」
「いえ……」
「いくつか質問してもいいかな?」
「はい」
おじ様はにこやかに笑っているけど、やはり油断ならない雰囲気だ。こちらも、侮られないようににこりと笑っておく。
「まず、どこの出身か聞かせて欲しい」
とりあえず、一呼吸。
相手の空気に呑まれてはいけない。
相手がどんなつもりかわからない以上、下手なことは言わない方が無難だ。とはいえ、どう見てもこっちが下だしなぁ……どうしたものか……
「異世界です。『地球の日本』」
「チキュウ、ニホン……ああ、魔法がない世界だったか」
「ご存知ですか?」
……下手なことは言わないって思った直後だけど、思わず食いついてしまった。
だ、だって……まさか、故郷を知ってるなんて思わないし!
「少し前に入学した子もチキュウのニホンの出身だったよ。確か、同じ魔法具師科だったから、入学後は仲良くするといい」
……うん?
入学後って? うん? もしかして不合格ではない? 嫌な予感はあたるってやつか?
っていうか、同郷? 同郷の人間がいるの!?
……これ、もう受かるしかないじゃないですか! 歳近いといいな! 出来れば女の子で話が合う感じの子だと嬉しい!
「どうかしたかな?」
「……いえ。なんでもないです」
「じゃあ、次の質問だ。君は“神様からの贈物”について知っているかな?」
ジャックが言っていたやつか。
うーん、これって言っていい奴なのかな? 言葉が通じる様になったくらいならいいのか?
「知っています」
「自分のギフトについては?」
「……自覚があるのはこちらの言葉が喋れることくらいです」
「…………」
「…………」
見つめ合うこと数分。
体感だと一時間くらいだけど、実際はそんなに長くないはず。
視線を合わせてくるから、こっちから逸らすのもなんだか悔しくて見つめ続けたけど、なんか……この人苦手だ……見透かそうとしているみたいで。
「なるほど」
ひとり納得したように頷くとおじ様は、会心の笑みを浮かべた。
うぐぅ、ま、眩しい……! この人絶対、若い頃遊んでただろ! いろんな人を誑かしていたに違いない。いや、今も誑かしている可能性は高いけど。
「イロハさん」
「はい」
「我々は、君を心から歓迎します。我が学園で学び、知識をつけ、身を守る術を知り、この世界を謳歌してくれることを期待しているよ。ようこそ、レヴール魔法学園へ。君は今日からこの学園の学生だ」
「あ、りがとう……ございます?」
握手を求められたので、手を差し出すとブンブンと嬉しそうに握り返された。
あ、この人、ちょっと子どもっぽいところある。いや、たぶん、こっちが素なんだろうけど……でも、やっぱり、狸、だ。
ふと視線が気になり、振り返るとなんとなくロベルトさんを彷彿させる眼鏡のお兄さんがこちらを見ていた。色合いは、ロベルトさんが黒っぽいのに対し、こっちは赤茶っぽいっていうか、小豆色だけど。なんか……なんだろう、何か彼とロベルトさんには通じるモノがある気がする。
そして、睨んでいると言ってもいいくらい、じっと見てくるロベルトさんもどきは、さっき苦虫を噛み潰したような表情をしていた人達の中でも、特に噛み潰しちゃったような顔をしていた人だ。……嫌われてるのかな?
「ああ、彼は君の担任のフェルだ。学園での生活や規則については書面でも渡すが、わからないことがあったら彼に聞くといい」
「あ、は、はい」
「文字は読めないかな?」
「いえ、文字は読めます」
読めますが、担任が……っていうか、担任いるんだ。クラスとかあるのかな。
「フェルだ。よろしく」
「イロハです。よろしくお願いします」
「困ったことがあれば、頼ってくれていい」
「はい」
この間、ずっと無表情だった。
声も平坦であまり抑揚がない。
おじ様や、他の教員と思われる人がクスクスと笑っているのは……私が嫌われているんじゃなくて、この人がツンデレなだけとかそういう落ちなのだろうか。
確かに、眼鏡の奥の枯葉色の瞳は温かい色を宿している、気がする。
「充実した学園生活にしていこう」
「はい」
違った。
この人、たぶん表情筋が死んでいるんだ。
それはそれとして、狐狸系の学園長先生と、表情筋が死んでいる担任のもと楽しい……か、はわからないけど、学生生活が始められるそうで。
とりあえずは、結果オーライなのかな?




