30 イロハ、戸惑う
目を覚ますと見慣れない梅紫色が揺れた。
空の青さと、樹木の緑が眩しい。いつの間に寝ていたのか……
「お姉ちゃん、目が覚めた?」
心配そうに眉を寄せているのは、まだ幼い少女だ。
ああ、さっきの……さっき? うん? 何かとんでもないことがあった気がするけどよく覚えてない……どこか頭に靄がかかったような感覚がある。
「大丈夫?」
そして、覗き込んで来たもう一つの顔。かけられた言葉は穏やかで敵意を感じない。
逆光でよく見えないけれど、光に透ける髪は飴色だ。
「……誰?」
知らない人だ。
……なんで、知らない人に膝貸してもらってるの? しかも、男に?
起き上がろうとすると、その彼が手を貸してくれた。
「ヴォルフです。妹が――マリアンネお世話になりました」
妹? お世話?
不意に浮かんだのは、ヒステリックな女性の姿……自称母親――たぶん、誘拐犯。
思い出した。
なんだかヤバそうな人達に囲まれて、なんだかよくわからないけど、大丈夫な気がして、なんだかよくわからないまま魔法具で吹き飛ばしたんだった。……吹き飛ばしたのかなぁ? 最後よく覚えてない。
しかし、自称兄は例の女性と同じくまったく少女に似ていない。髪の色はもちろん、顔だちも全然似てないし、歳も十歳以上離れているように見える。
少女をその男から隠すようにそっと抱きしめた。
「大丈夫。お兄ちゃんは、本当のお兄ちゃんだよ」
クスクスと笑う少女は、嫌がる素振りは見せずすり寄ってくる。何コレ、可愛い。
「そうなの?」
「うん、おめめの色が一緒でしょ?」
言われてみれば、似た色をしている。
少女の方が透き通った金色なのに対し、ヴォルフさんは少しくすんではいたけれど。
じっと見上げてくる透き通った金色を見返していたら、くらりと眩暈がした。
すぐさま支えてくれたのは、ヴォルフさんだ。細身に見えて、意外としっかり筋肉がついている。
「大丈夫ですか?」
「すみません、何度も」
あと、疑ってしまって。
よく考えれば、介抱までしてくれていたんだろう。誘拐犯ならとっくにいなくなっているはずだ。
「いえ、こちらこそ申し訳ない。……マリア」
「はーい」
咎めるような声に、マリアンネちゃんは拗ねたような声で答えた。
マリアンネちゃんの容姿は、どこか人間離れしていて表情を消しているとお人形さんみたいに見える。どこか冷たい感じがするのだ。それに、全てを見透かしたような態度を見せるから、やっぱり冷たいというかちょっと怖い感じに見える時もある。
けれど、お兄さんと一緒だとよくいるちょっとマセた女の子だった。
「ねぇ、お兄ちゃん。お姉ちゃんをお家まで送って行ってあげよう」
「……そうだね」
眩暈は治まったものの、まだ頭が重い私に気が付いたマリアンネちゃんの提案に、逡巡する素振りを見せたものの、ヴォルフさんは眉を下げて微笑んだ。
……男の人にこういう表現は怒られるかもしれないけれど、ちょっと困ったように笑うヴォルフさんの笑い方は、ふにゃりとしてて可愛い。
しかし、私は忘れていなかった。
今日は用事があって出て来たのだ。
「あ、いえ、大丈夫です。用事があるので」
せっかくジャックがお店見てくれてるし、先延ばしにしてもいいことなさそうだし、今日行っておきたい。
「体調が大丈夫なら、良いのですが」
「大丈夫です。マリアンネちゃん、ありがとね」
「マリアでいいわ」
「マリアちゃん、ありがとう」
愛称で呼ぶとにっこりと笑ってくれた。
可愛い。
「では、私はこれで」
「はい。お気をつけて」
「またね、イロハお姉ちゃん」
バイバイと手を振ってマリアちゃんたちは去って行った。
……ん?
今、私名乗ったっけ?
……まぁ、いいや。
それより、学校に行かねば!




