28 イロハ、取り持つ
「あー、わりぃ。ちょっと待ってな」
踏み込んだところはとてつもない危険地帯だった。
うわぁ……鼻が、鼻がひん曲がるぅう……
「く、くすりのにおい……だめ……」
「メルー!」
いろいろ言いたいことはある。
薬の匂いがダメなどと、珍しく子どもらしいこと言っただとか。離れの外には全く洩れていなかったあたり、ジャックの匂い消しは素晴らしいとか。よくこの中で、ジャックはマスクもなしに生きていられるなぁとか。
だが、それよりもメルだ。
怪しげな光を宿していたメルの瞳から光が消えた。たぶん、品定めする気満々だったのだと思う。
くらりと倒れたところを支えてやれば、意外と重くて……美少年が軽いって嘘だね!
「おいおい、そいつ大丈夫か?」
「外に出ましょうか」
「いや、寝かせてやった方が……」
「外に出ましょうか」
ここで寝かせたら二度と目覚めなくなってしまう。
――――
店の方に移動して、メルに水を飲ませてやる。
しばらくして、ようやく落ち着いたメルは、どこかで見たことがあるような怯えた表情でジャックを見ていた。
……ああ、ロベルトさんだ。初めて会った時、ジャックを見つけた瞬間の彼の表情と同じだ。
そういえばロベルトさん、メルのことクソガキ呼ばわりしてたけど知り合いなのかな。今は聞ける感じじゃないけど、一度気になりだすとそわそわしてしまう。
「大丈夫か、坊主? なんか悪かったな」
「う、ううん……」
おそるべし、ジャック。
あのメルが怖がっている。あのメルが、だ。
絶対、年上の人から小生意気だと思われているだろう、怖いモノなしのメルが……
ビクビクと怯えて引っ付いて来るのめっちゃかわいい。
「なぁ、イロハ。こいつ、内気なんだな」
「……えっ、あー、うーん」
全然違うんだけど。
どっちかっていうと、唯我独尊というか、高飛車というか……
よっぽど、あの匂いが駄目だったんだろう。すげぇな、ジャック。
グリグリと頭を押し付けてくるメルは可愛いけど、ちょっと痛い。今日は、甘えたさんだ。そんなに、あれだったのか……
「メル、挨拶くらいした方がいいと思うわ」
「……メル、です」
「ジャックだ。よろしくな」
「よろしく……」
よろしくしたくないという、メルの心の声が聞こえてくるような気がした。
そんなに、薬が苦手か。
「メル、怪我した時どうしてるの?」
「怪我しないもん」
「へぇ。そりゃ、すごいな」
「そんなことないでしょう。仕事柄付き物だと思うけど」
「……しても、飲まない」
うーん。
どうしたら機嫌直してくれるかな。
別に仲良くしてもらわなくてもいいんだけど、これからも顔を合わせるだろうし、毎回こんなんだったら困る。
っていうか、メルがずっとこんなんだったら調子狂う。
「メル、仕事終わったら食事にでも行く?」
「本当!?」
「うん、三人で行きましょう」
キラキラと眩しい笑顔を見せたメルは、たった一言で地に叩き落されたような絶望的な顔になった。
そこまでジャックが怖いか。
「やめておく?」
「……行く」
「じゃあ、仕事終わったらお店に来てね」
――――
「大人しい奴だったな」
「本当は、そんなことないんだけどね」
どうにも、ファーストコンタクトがダメダメだったらしい。
あれはあれで可愛いというか、見た目通りでいい気もするけど……うーん、お節介かな。
「ジャック、メルと仲良くなりたい?」
「険悪な感じになるよりは、仲良くしたいとは思うけどな」
「けど?」
「向こうにその気がないなら、無理だろ」
おおっ。
ジャックって意外と深いこと言う。
まぁ、確かにその通りだ。
……うーん、メルって案外、人見知りだったりするのかな。なんか、虚勢張ってる人って実はコミュニケーション苦手なだけっていうし……あ、いや、メルのあれは自信に裏打ちされたアレかも。
「ご飯は行ってくれるわよね」
「もちろん」
という、話をして数時間。
今度は、ジャックが固まる番だった。
「メルですー」
仕事を終えたメルは、ちゃんと着替えて来たらしい。
白いふわふわのワンピースに、淡い桃色の長めのカーディガンを羽織っている。裾にあしらわれている繊細な模様のレースが愛らしい。結い直された髪が右側で揺れた。
「女の子だったのか。……坊主って言ってごめんな」
「ううん。気にしないで」
騙されてるよ!
一度、戦線離脱したことによりどうやら戦意を取り戻したらしい。
訂正すべきか悩んだけど……うーん、面白そうだから、しばらくこのままにしておこう。
「今日は、どこに連れていってくれるの?」
「んー。……イロハ」
ここで私に助けを求めるの?
たぶん、メルはエスコート出来るかとか品定めしてきてるとおもうんだけど……
しかし、メル連れていくとなると……うーん……あっ!
「アッドルチェンドとかどうかしら? デザート美味しいわよ」
「メシは?」
「食べてたことないけど、美味しいって聞いてるわ」
「よし、そこに行ってみるか!」
少々待たされたものの、お店に入れてた私たちが通されたのは、四人掛けの壁際の席だった。前に来た時と違って、女性の注目を集めることもない。男性は少ないので、メルが注目を引くことも無かった。
舌が肥えているメルにも、アッドルチェンドの味はよかったようで、お食事はつつがなく終わる。
そして、デザート――
「デザート、美味しそう!」
「……俺のも食うか?」
「えっ、いいの?」
「美味しく食えるやつが食った方がいいだろ」
「あ、ありがとう!」
味覚音痴が功をなしてか、ジャックがメルの好感度を上げている。
まさか、こんなところで利点があるなんて……
「ふふっ」
「どうしたの?」
「いえ、なんでもないわよ」
ただ、なんかいつもと違うメルを見れてよかったなと思っただけだ。
メルの年相応なところを見れて新鮮な気分。
「なんだよ、気になるじゃねぇか」
「そうだよ、気になる」
「秘密」
ふふっ、すっかり仲良しじゃないですか。
よかった、よかった。
そして、私は重要なことをひとつ忘れていた。
メルの性別訂正するの忘れてた……




