26 余談:ジャックの雇い主
ジャックの新しい雇い主は、まだ年若い娘だった。
「お留守番も十二日目か。朝の混雑時は上々ね」
しかし、ジャックを拾って雇ったイロハ曰く、実際の店主は彼女の祖父母らしい。今は病気の療養で遠方に出ているため、イロハが店主代理として切り盛りしているとか。
イロハは、黒髪に黒目という珍しい色を持っていた。艶やかな黒髪は肩のあたりで切られており、左耳の横だけ細い三つ編みを結っている。
自分で作ったのだという店の制服は、白シャツと茶色の二段スカート。頭には、白いレースが付いた茶色のヘッドドレスをしていた。なかなかに器用らしく出来は悪くない。
一見、今時のどこにでもいる娘だ。
少々、気取った喋り方をするが、中身はとっつきやすく馴染みやすい。まだ短い付き合いのジャックだが、イロハという娘は信用に足る人物だと思えた。
「どうかしたの?」
「混雑してる時と暇な時の落差がすげーと思って」
何気なく見ていたイロハから、視線を返されたジャックは、見つめ返されてドキリとした。その眼は時々全てを見透かしているのではないかと思わせることがある。
目を眇め、したり顔でイロハは唇をつり上げた。
それは、どこか不気味であると同時に魅惑的でもある。見透かすモノ特有の表情に思えてならない。
「ああ、暇なのね?」
当たりだった。
実際の所、見透かしているかどうかなど、ジャックにはわからない。しかし、彼から見たイロハが相手の意を汲むことに長けているのは事実だ。
「まぁな」
「じゃあ、いいこと教えてあげましょう」
イロハが取り出したのは、大きな紙だった。
柄はないが、真っ白でもない。安物の紙だ。
「何か書くのか?」
「『ラッピング』教えてあげるわ。そうすれば、私がいなくてもお店任せられるし」
「ら……? 何だって?」
時々、イロハは意味のわからない言葉を使う。
この世界の住人が使うのは、たったひとつだけの共通の言語のみだ。イロハの言葉は、方言にしても、随分と響きが違った。どちらかといえば、別の世界から来た者たちが使う言葉のよう。
「あー、贈答用の包装のことよ」
「なぁ、お前もしかして別の世界出身か?」
「そうよ。言ってなかったかしら?」
「初耳だぜ。ペラペラだけど、こっちに来て長いのか?」
「一年くらいかしら? 言葉は最初から喋れたのよ」
小さな箱、大きな箱、リボン、ペーパーナイフがそれぞれ二組ずつ……イロハは器用に別世界の言葉を操りながら、接客台に物を増やしていく。
「なぁなぁ、何か向こうの言葉で喋ってくれよ」
「興味あるの?」
「知らないコトってわくわくするだろ?」
「そうね。……でも、喋れって言われても……どうしましょう?」
「包装のやり方を向こうの言葉で説明するとか?」
「……まぁ、暇だし構わないわよ」
イロハがじと目で見る時は、呆れているか賛成しかねる時なのだがジャックは気が付かない。
並べられた包装道具を脇に避けると、イロハは大きな紙を半分に切った。小さくなった紙の上には小さい方の箱が左端に置かれる。
『まず、サイズを揃える。大きいと包みにくいし、小さいとそもそも包めないから』
「うおっ! 何言ってるか全然わかんねぇ」
「やめましょうか?」
「続けてくれ。男に二言はねぇ!」
吐いた本人も吐かれた方にも気づかれず、溜息は消えていった。
ペラリとめくられた紙は、左端に置かれた箱の三分の二程度を覆い隠す。その後、箱を置いた方とは反対側の端で箱を覆い始めた。何度か行ったり来たりした紙は、納得いったらしいイロハによって止められる。
『紙からはみ出す程度に置くのがポイントなの。端に置きすぎてもダメだけど、中央に置きすぎてもダメ。こっちの端をめくった時に、このくらい隠れるくらいがちょうどいいかな』
「お、おう?」
『一回やってみるから見てて』
箱の端の合わせて折り曲げて、折り曲げたら引っ繰り返してを繰り返していくうちに、あっという間に包装は完了した。そこにリボンをかければ、ラッピングの完成である。
『真四角より、長方形や、四角いけど高さが低めの箱の方が包みやすいよ。真四角は難しいし、円柱や変な形のも難しい。まずは、この低めの四角い箱から慣れてね』
「なるほど?」
『さぁ、やってみて』
「おう!」
新しい紙と箱を渡され、ジャックは恐る恐る紙の上へと箱を乗せた。よくわからなかったが、紙の端を持って箱の上を往復させてみる。適当なところで止めると、手が伸びて来た。
『その位置じゃダメ。ここの角の紙が掛かっていないと後で足りなくなるから。箱の位置を取る方法があるんだけど……言葉通じてないと何がなんだかわかんないだろうから、今はいいや。とりあえず、ここに置いて』
「ここに置けばいいのか?」
『そう』
箱を取り上げられ、手を取られ、場所を指示されたジャックは、首を傾げながらも従った。ああ言ってしまった手前言い出せないが、全く持って何を言っているのかわからないので、言葉の意味を汲むことは諦めていた。
「箱の角を折るんだよな」
『そうだけど、箱はしっかり押さえて。ずれると不恰好になるから』
「いって!」
通じないとわかっているのか、イロハは思いっきりジャックの手を押さえた。加減が出来ないのか、加減をする必要がないと思っているのか、はたまた加減したつもりなのかわからないが、やられた本人は結構痛い。
『箱に合わせて紙を折っていくんだけど……まぁいいか』
「今、諦めただろ?」
『言葉が通じてないからね』
通じない言葉と物理的手段によって指導を受けながら、イロハの倍以上の時間をかけて完成した包装は、不恰好だった。
「うわ、汚ねぇ」
『初めてしては上出来じゃない?』
「……褒められた?」
納得のいかない自身の作品を見せれば、イロハは含みのない笑みを浮かべていた。
こうしていれば、本当に普通の女の子である。しかし、あの目を眇めて唇をつり上げて笑う姿は、普通の女の子のソレではない。全てを見透かしたような、得体の知れない何かが含まれているように感じられるのだ。
「初めてにしては上出来ね」
「やっぱ、褒められてた」
「及第点ってことよ。要練習ね」
「おう。……しかし、言葉が通じないって不便なんだな」
「そうね。言葉通じてよかったわ」
しみじみと頷くイロハに、ジャックもしみじみと頷いた。雇い主と意思疎通が出来ないとなると仕事もやりにくいだろう。
「それが、イロハの贈物なんだな」
「ぎふと?」
「別の世界から来たやつって、みんな特別な何かを貰ってるんだよ。それを“神様からの贈物”って呼ぶんだと。大体ふたつかみっつ貰うらしいぜ」
「えっ、私、言葉が通じることくらいしか覚えがないんだけど」
「気づいてないだけじゃねぇか?」
悩みだしたイロハを置いておいて、ジャックは紙と箱に向かい合う。なかなか手ごわい相手だ。
『ああ、おじいちゃんとおばあちゃんに逢えたのも贈物かな?』
「もう、向こうの言葉での指導はいいって」
『ジャックって、たまにアホの子だよね』
「今、悪口言っただろ」
分かりやすく目を逸らしたイロハを追及する前に、来客を告げるベルが鳴った。
「いらっしゃいませ! ほら、ジャックお客様よ。片づけないと」
「はいはい。いらっしゃいませ」
誤魔化されてしまったが、客商売である以上、お客様が優先だった。接客後に追求しようにもその頃には忘れてそうだ。
雇い主の指示通り、ジャックは片づけと接客に専念することにした。
少し不思議なところがあるが、ジャックは新しい雇い主を気に入っていたし、上手くやって行ける気もしている。ここで、出会った人々――主に客だがも感じのいい奴らばかりで、楽しい毎日だ。
これからの日々が楽しみだった。




