25 イロハ、悶える
「相変わらず犬小屋みたいなお店ね」
そんなことをいう人を私はひとりしか知らない。
トレイメント問屋のお嬢様であり、我が心の師匠・エメリナ嬢だ。
今日も緑のツインテールが元気に揺れている。
「いらっしゃいませ、エメリナさん」
「ごきげんよう」
「今日はどうしたんですか?」
右手で結わえた髪をクルクルといじるエメリナさんは、ツンと、唇を尖らせた。視線を逸らし、元々薔薇色をしている頬をいつもより濃くしている。
「……用事がなきゃ来ちゃダメかしら?」
挙句の果てに、潤んだ瞳でそんなこと言われたら敵わない。
ツンデレごちそう様です。
エメリナさんは、素直じゃないってわかってないと、美人さんであることも相俟ってとっつきにくいだろう。たぶんだけど、同世代の友人があまりいないと思う。
中身知ってれば、こんなに可愛い子はいないというのに……
「いいえ。いつでも待ってますよ」
「別に敬語じゃなくていいわ」
うむ。特にこだわりがあるわけじゃないけど、心の師匠だからなぁ。
それに……
「そう、ですか?」
「そうなのっ」
ちょっと、意地悪すると可愛い。
……あ、うん。性格悪いことはやめよう。あんまりやって泣かせても大人げないしね。
「でも、心の師匠だし」
「心の師匠? 何よそれ?」
「魔法具に詳しいみたいだから。尊敬してるってことですよ」
「ふーん」
緑の髪がクルクルと揺れる。
彷徨わせていた視線は、装飾品が飾られているガラスケースに触れ、止まった。
うふふ、照れてますねー。
「……相変わらず、無造作に置いてあるわね」
「一応、鍵はかけてあるわ」
「普通の鍵でしょう? 簡単に壊せるじゃない」
……お嬢様の口から、何とも野蛮な言葉が飛び出した。
いや、うん。強盗相手なら意味がないのは確かだけど、それをエメリナさんの口から言われるとなんともいえないショックがある。
「まったく……相変わらず価値がわかってないのね」
「まぁ、結局、学べてないですから」
学校もいいけど、エメリナさんが教えてくれたり――はちょっと甘いかな?
学費の問題が、ねぇ……
「はぁ。先に行っておくけれど、私は教えられないわよ。これでも忙しいの」
「ですよねー」
知ってた。
いや、知らないけど、そんな気はしてた。
「……でも、紹介状くらいなら書いてあげてもいいわよ」
「紹介状? 誰か紹介してくれるの?」
「違うわ。学校の紹介状よ。入学金くらいなら免除してくれるわ」
「えっ……」
マジで!
それはありがたい!
やはり、持つべきものは、友人とコネである。
「イロハ、貧乏そうだもの。入学金払えないでしょう?」
一言余計だけどね!
でも、合ってる。貧乏どころか借金持ちだ。
あと、ついでにいうと授業費もヤバい。
「どこでもいいの?」
「大抵は顔が利くわ。どこか行きたいところがあるの?」
「レヴール魔法学園の魔法具師専科……なんですけど」
「はぁ?」
あ、なんか変な物を見る目で見られた。
なんだろう、物好きを見るような目だ。
……もしかしなくても、ヤバい学校なのだろうか? でもサラちゃんは単位さえ取れれば簡単に卒業出来るみたいなこと言ってたし。
「毎日通わなくても、単位さえ取れればいいって聞いたんだけれど」
「……間違ってはいないわね。いいわ、紹介状書いてあげる。紙とペンを貸して」
「えっ、でも……」
「早く」
「はい」
意味深な溜息はなんだろう?
けれど、エメリナさんはもう書き始めてるし……
「これを見せれば入学金は免除してくれるわ。授業料は自分で払うことになるだろうけど……奨学金もあるらしいから」
「ありがとう。……でも、なんでわざわざこんなことまで?」
「貴女があまりにも無知だからに決まっているじゃない」
ですよねー。
ごめんなさい。
でも、嬉しいし有り難いです。
「……それと、この前のお礼よ。イロハのお陰で彼に喜んでもらえたわ」
これは、声が小さくて聞こえないというパターンなのだろうけれど、ばっちり聞こえてしまった。
耳まで真っ赤で可愛い、ごちそう様です。
「それは何よりです」
「ま、また買ってあげるからちゃんと勉強するのよ!」
「はい」
「じゃ、じゃあね!」
捨て台詞の様に吐き捨てて、エメリナさんは走り去っていった。
可愛いなぁー。
……でも、あの子ストーカーなんだよね。
世の中、無情である。




