23 イロハ、同情する
やってきました生産ギルド!
アプマーシュは冒険者の街なので、冒険に関するいろいろなギルドの支部はどれも巨大だ。冒険者ギルドなんてアプマーシュ支部だけじゃ回せなくて、さらに分支部という依頼斡旋専用の拠点がいくつかある。
まぁ、それはおいておいて、当然生産ギルドも大きな建物だった。受付もいくつかあって、何人もの職員らしき人が忙しなく動き回っている。
その中で、ちょっとの迷いもなくジャックが向かったのは、黒に近い紺の髪を短く切りきっちりと撫でつけた眼鏡の男性の元だった。
おおっ、暗い系の色の髪の人とは珍しい。黒髪に近いというだけで謎の親近感を持ってしまうのは何でだろう?
「じゃ、ジャック!」
しかし、その男性は、ジャックの姿をみとめると大きな音を立てて、受付台の向こうへと消えた。たぶん、立ち上がろうとして失敗し、椅子ごと後ろに倒れたんだろう。ちょっと……いや、かなり無様だった。
「よう! ロベルト! 元気か? っつーか、大丈夫か?」
「誰のせいだ!」
「相変わらず鈍くせぇな」
受付台の向こうへと手を伸ばしたジャックが引っ張って起こしてやっている。渋々といった感じだが、男は素直に助けを受け入れていた。
「ひとまず、礼を言う。……最近、来ないからクビになったものとばかり思っていたが」
椅子を戻し、ズレた眼鏡を直した男は、きまり悪そうに居住まいを正していた。
うーん、なんか入って行けない感じ。
「クビにはなったぜ。で、こっちが新しい雇い主のイロハだ」
流石、ジャック!
ちゃんと紹介してくれてよかった。
「ラシド屋のイロハです。よろしく」
「ロベルトです。査定官――生産された物の品質調査をしています」
「俺の担当な」
なるほど、なるほど。
馴染の人がいるのね。
「ラシド屋のイロハさんといえば、くそが……ゴホンっ。失礼、商人ギルドの警護部長さんのお気に入りでしたね。……また厄介な」
「マジで? すげーな」
「えっ?」
誰だ。
警護部長って!
……心当たりがあるとすればひとりだけど。
っていうか、厄介って言ったの聞こえてたけど、聞こえなかったことにしておいてあげよう。脇が甘いぞ。
「メルのこと?」
「貴方の言うメルがメルヴィン殿なら、そうです」
警護部に所属しているのは知ってたけど、部長だとは知らなかった!
えっ、警護部長ってことは、警護部で一番偉いってこと? 強い、強いとは思ってたけど、えっ?
「まぁ、それは置いておいて。ポーションの査定お願いします。六種類です」
「おっ、そうだった。頼むぜ」
「……はぁ、仕事だからな」
笑顔で持ってきたポーションの山を差し出したジャックに対して、ロベルトさんの顔色は悪い。
……もしかしなくても、アレか。ジャックのポーションの恐怖が身に沁みついているのか。
馴染の人というよりかは、対ジャック要員――もとい生贄なのかもしれない。憐れ。
「……はぁ。初級ポーションから始める」
ため息を吐きつつも、彼は台の下から実験キットぽい物を引っ張り出してきた。成分検査とかするのだろうか。
次に、ポーションをひとつ取り出すと予想通り、化学実験ぽいことが始まる。検査に全部は必要ないらしく、半分以上はビンに残ったままだった。
「……成分は問題なし。まぁ、貴様の腕ならそうだろうな。……ん? 調合を変えたのか?」
「まぁな」
「……はぁ」
すごく暗い。
キノコ生えてきそうなくらい暗い。
こっちまで気が滅入りそうだ。
まぁ、気持ちはわかるけど。確かにアレはトラウマものだ。思い出しただけでも、気絶しそう。
なんて同情していたら、ロベルトさんは突然ナイフを取り出して自らの指に押し当てた。
えっ、いくらなんでもそこまで悲観する必要ないんじゃ!
「外用としての使用も問題なし」
慌てたものの、声をかけるよりも早く彼はポーションを傷へとかけていた。……査定官って大変。私、絶対なりたくないな。
「イロハが引いてるぜ」
「一応説明しておきますと、全ての査定官がわざわざ傷を作るわけじゃありません。玄人なら触れれば効果があるかわかるそうですよ」
ああ、まだ未熟なのね。
でも、嫌なモノは嫌だ。痛いの嫌いだし。
「……はぁ。さて」
ロベルトさんは、大きく息を吐き出した。
僅かに手が震えており、その顔は青白くさえ見える。刃物で自分を傷つける以上の恐怖が彼を待っているのだ。
残り三分の一になったビンの中身を煽った。
ヤケクソにも取れるいい飲みっぷりだった。
「……!?」
放心したようなポカーンとした表情でビンを見た彼は、ゆっくりと首を傾げてから、眉を顰め、目を見開いた。
とっても忙しい。なかなかに表情筋が豊かなようだ。
「もう一本寄越せ」
「なんだよ、問題あったか?」
「大有りだ! いいから、寄越せ」
目が血走っている。
信じられないのだろう。
ジャックが若干ビクビクしているのは査定に通らないと思っているからか。
「有り得ない……なんだこれは……有り得ない……」
「なんなんだよ、調合失敗してねぇぞ?」
「貴様の薬が美味しいだなんて有り得ない!」
この世の終わりのような顔でロベルトさんは絶叫した。
間違いなく、迷惑だ。
みんな何事かとこっちを振り返ったが、職員ぽい人たちはジャックの姿を確認すると納得したように仕事に戻って行った。
……なるほど、ジャックの薬の威力は素晴らしいらしい。
「誰だ……これを調合したのは誰だ?」
「俺以外に誰がいるんだよ」
「嘘付け!」
「嘘じゃねぇよ」
「嘘だ……有り得ない!」
この不毛な茶番を終わらせるには、私が入って行くしかないだろう。
まぁ、この後予定もないし、ロベルトさんが疲れ果てるまで見ているのもありだけど。
「私が味見して意見したんです。酷い味だったので」
「アレを直したのか……? 貴方が?」
「はい。ジャックも味覚が死んでいることは自覚しているみたいだったので」
「……なんっ……自覚があったのか」
「ああ。査定通るからみんな飲めるもんだとばかり思ってたぜ」
「査定に味は含まれないっ! くそっ」
効果が問題なければ、それで査定は通るとのことだ。
……うーん、もしかしてロベルトさんが一言ジャックに言っていればあのくっそ不味いのを飲まなくて済んだんだろうか? でも、それなら、そもそもクビになっていない可能性が高いし……うむ。過ぎたことは忘れよう。どうにもならない。
「私は貴方という存在に心から感謝します」
「あ、はい……大変でしたね」
涙目のロベルトさんに、痛いくらい手を握られた。
大げさな……といえないところがジャックの薬の恐ろしいところだ。不味いという言葉はアレのためにある。
「イロハさん、いつでもいらしてください。茶菓子くらいなら用意しておきますので」
かくして、私は新商品の査定合格と、小腹がすいた時にお菓子をくれるらしい人をゲットしたのだった。
因みに、査定は一度合格すると同じレシピ且同じ生産者なら、三ヶ月に一度の定期査定と年に数回ある抜き打ち査定を受ければ継続販売していいらしい。




