21 イロハ、試飲する
昨日は、案の定イルゼお姉様の悪い癖が出て、大変なお食事会となった。あの人、困っている女の子がいるとすぐ声をかけるのだ。
別れ話しているカップルとかの、ね。
それで、いつの間にか女の子を寝取ってしまう。いや、寝取るっていうのは語弊があるけど……「イルゼお姉様……優しい……素敵!」みたいな感じにしてしまう。イルゼお姉様のお店のファンのほとんどはそうして引っ掛けて来た女の子だ。
まぁ、それでその子も加わってお食事となるのだが……彼氏くんの視線が痛い痛い。イルゼお姉様はまったく気にならないみたいだけど。
それはさておき、留守番十日目。
外から異臭がした。
薬嫌いなら一撃死だろう。
「ジャックか……」
臭いの爆心地は間違いなく離れだ。
あの中心で、ジャックは生きているのかな……?
「ジャックくーんー」
「はよー! イロハ」
「……おはよう」
ピンピンしてる。
というか、生き生きしている。
流石、薬草にチュッチュペロペロするやつは違うわ。
「どーした?」
「臭いがすごいんだけど……」
「そうか?」
そりゃもう、人避けになるくらいには。
開店までになんとかしないといけない。
少し考える素振りを見せたあと、ジャックは彼の唯一の持ち物だったパックバックから何かを取り出した。
「それは?」
「臭い消し。……薬草の匂い嫌がるやつもいるからな。作業中は置いてるんだ」
「先に出してよ……」
「忘れてたんだよ」
効果は素晴らしいらしく、あっという間に気にならなくなった。……慣れたんじゃないよね?
「それより出来たぜ、ポーション」
「おおっ!」
一ダース毎に、ケースに入れられているポーションは全部で十ケースはある。つまり百二十個だ!
すごい!
あっという間に在庫増えた!
「コレ、初級ポーションよね? もう売っていい?」
「まだだ」
「完成じゃないの?」
「納品前に、生産ギルドに提出しないといけねぇんだよ」
よく考えればそうだ。
品質保証してくれるのは、生産ギルド。そして、品質保証されている商品を扱っているのが、商人ギルドに登録しているお店だ。このまま売ったら、規約違反になってしまう。
うー。常識不足……
「二週間ぶりか……あいつ元気かなぁ」
独り言ちているジャックはさておき、初の自家製ポーションである。
味見とかしてみたい……!
「ねぇねぇ、試飲とかって出来る?」
「鍋に微妙に余ってるぜ」
ぐいっと親指を向けられた鍋は、年季が入っている。
ジャックは私とそう歳も違わないだろうし、親から子へ、もしくは師から弟子へ受け継がれてきたのだろうか。
年季が入った鍋の中には、薄い緑色の液体が微かに残っていた。ポーションは緑色で、マナポーションは紫色をしている。ちなみに、効果が高くなる程色が濃くなっていく。
掬ってみれば、これまで扱ってきたポーションと同じく、水の様にさらりとしていた。
うふふ、いただきます!
「っっっ!?」
「どーした!?」
ま、まずっ……!
えっ、ちょ、まずい!
何コレ! ホント、不味い!
「い、イロハさーん……?」
どのくらい不味いかって言うと、息をしたくないレベルで不味い。こう……呼吸する時に、口に残ってるのが……うぅ……
「み……み、ず……」
「はい!」
うわー、水も不味く感じる。
コレは、ダメだ。
効果が云々じゃない。
「大丈夫か?」
「コレは、売れない」
「えっ?」
「ちょっと待ってて」
店からポーションを持ってくる。
勿体無いけど、仕方ない。
いやー、ポーションって美味しくないと思ってたけど、普通のって美味しいんだね!
戻ってくると、しょんぼりとしているジャックがいた。主人を待つ犬みたいだ。
「な、なぁ……イロハ」
「コレ、ちょっとでいいから飲んでみて」
「お、おう……」
言った通り、ジャックはほんの少しだけ、ポーションを飲んだ。
顔を顰めた彼は、もう一口含むと舌の上で確かめるように味わっている。その表情はプロのモノだ。
「……はちみつ入れてんのか……花の蜜も何種類か……疲労回復のためか?」
しかし、その独り言は私が指摘したいこととは、ずれていた。
もっと重要なモノがあるでしょ……!
「はちみつ入れろってことか? それなら、そうと言ってくれよ。クビかと思ったぜ」
「違うわよ」
「えっ? クビ?」
「それも違うわ。……はちみつ入っている以外にも違いがあるでしょ?」
「……んー? ん? 使っている薬草や素材は一緒だぜ? 敢て言うなら、水か? けど、この水アプマーシュのじゃねぇだろ。取り寄せるとなると大変だな……」
な、なんで伝わらない……?
まさか……いや、もしかしなくてもコイツ……味覚音痴なのか?
水の産地わかってるっぽいけど、味覚はアレなの?
「こっちの方が美味しいわよね?」
「あー、俺……上手い不味いってイマイチわかんねぇんだわ」
「……途中からそんな気がしてたわ」
「それがどーかしたのか?」
もしかして、ジャックがクビになったのって……
まぁ、いいや。人の過去に深く突っ込むものじゃない。まだ、出会ってから日も浅いし。
「ジャックが作ったポーションだけど」
「お、おう」
「普通の人は飲めないわよ。不味過ぎて」
「マジ?」
「マジ」
戦闘中に飲んだら、別の意味で戦闘不能になると思う。
少なくとも、私なら二度と買わないわ。
「……改良するから味見てくれ」
「お店の合間にね」
ヤル気のある従業員でよかった。
このまま売るわけにもいかないけど、そっぽ向かれても困る。
さてはて、やっと開店準備だ!




