19 イロハ、冒険する
遠くの森に夕日が沈んで行く。
草原に落ちた影は、ある種の魔物のようで……今にも襲い掛かってきそうだ。襲ってくることはないとわかっていても、忍び寄ってくる落ち着かない気分はなんだろう?
「エクトルの狙いは黄昏石か?」
「はい。街の近くで採取出来る中では上等な部類にはいるそうですね」
「あー……確かに良い値で売れるよなぁ……」
男ふたり、何やら馬が合うらしく楽しそうに話している。
というか、ジャックのコミュニケーション能力の高さにびっくりした。別にエクトルさんは、とっつきにくいわけじゃない。けど、随分と早く馴染んでる。そういえば、私もジャックにすぐに馴染んでた。今日、初めて会った気がしない。
森なんぞに目をやっていたのは、なんとなく疎外感を感じていたからだ。黄昏石ってなに? 黄昏たい気分の私にもってこいな石なの?
「厄介な魔物なんですか? 強くはないと聞きましたが」
「倒すのは別に。ただ、めちゃくちゃ見つけにくい」
「見つけにくい?」
「黄昏と夜闇の境に顕れる幻影、って言われるくらいだからな。普段は空気に溶け込んでるんじゃねぇかってくらい見えない。ただ――」
ジャックの魔物講義を聞き流してつつも、影が気になってしかたなかった。なんというか……なんていうんだろう。恐怖、かな? でも、ちょっと違う。なんか、落ち着かない。
あの影は何かおかしい気がする……
「イロハさん?」
「もう、殺っちまったぞ?」
意識をふたりに戻すと、それぞれの得物についた汚れを払っているところだった。ちなみにジャックの武器は、棒だ。離れに転がっていた、元々は魔法用の杖だったらしきモノ。だけど、魔法杖として必要な石のついてたであろう先っぽが折れてしまっている。
それを「剣より鈍器の方がいい」と言ったジャックにあげた。どうせ使う人いないし。
話はずれてしまったけど、影を気にしている間に、ふたりは魔物を倒していたらしい。……意識が影に向いていてよかったかも?
ウサギによく似ているソレをエクトルさんが手際よく解体していく。もっと気持ち悪くなるかなと思っていたけど……全然だ。そういえば、屠殺とかこっちに来てからよく見ている。やれって言われたら、技術的には無理だけど、教われば出来るかもしれない。
魔物は、あっという間に、肉塊と毛皮、石っぽいモノに別れてしまった。
「石は何?」
「魔核――魔物の核です。これは小さいので大した値ではありませんが、上位の魔物のモノは魔石と呼ばれて重宝されるんですよ」
「黄昏石もその一種だぜ。知らなかったのか?」
あいにくと異世界から来たもので。
どうやら、魔物は大小の差はあるものの全てこの核を持っているらしい。小さくても、沢山集めればそれなりに売れるとか。
……やっぱり、学校行くべきかな。無知だと言われるのは面白くない。
不貞腐れてそっぽを向くと、ほとんど沈みかけた太陽に作られた影の中で何かが光った気がする。
……うん、気のせいじゃない。一度見つけてしまえば嫌でも目につく。っていうか、そこらじゅうでキラキラしていていやでも目につく。
「アレは何?」
「……どれですか?」
「アレ、光っているの」
「……! それだ! それが、黄昏の切端だ!」
「えっ……?」
どうやら、私、みつけちゃったらしい。
でも、エクトルさんと魔物の名前らしきものを叫んでいるジャックは見つけられていないようだ。目を凝らしたり、きょろきょろしたりしている。
「見えませんね……」
「普通は見えねぇからな。黄昏石は、偶然アイツらを倒して拾う方が断然多い」
漁夫の利的なやつか。
なんでか、私にはめちゃくちゃよく見える。
私の視線に気が付いたのか、きょろきょろしているふたりを不審に思ったのか、キラキラがこっちに集まり出した。
「こっち来てるんだけども……」
「イロハさんは下がっていてくださいね」
すっと手を引かれたかと思ったら、エクトルさんの背中に隠されてしまった。流石、天然たらし。やることが紳士だ。
「イロハ、殺れ」
「無理無理無理無理。どうやって!」
「魔法具持ってきたんだろ。核に当たらないように魔法ぶち込め。偶然倒せるような奴らだぜ? 当たれば殺れる」
それに対して、ジャックのこの扱い……コイツ、絶対モテない。いや、逆にモテるのか? まぁ、ジャックも顔は悪くないからな……コミュニケーション能力も高いし?
っと、現実逃避している場合じゃなくなった。
「はっ!」
「ぅおっ!」
光の束みたいなモノが襲ってきて、エクトルさんが手で払っていた。たぶん、魔法使ってるけどよくわからない。
同じモノに襲われたジャックは慌てて避けていたけど、元いた場所は僅かに焦げている。
光魔法的なのかな? 熱系の魔法?
よくわかんないけど、エクトルさんいなかったら、私死んでたかもしれない……
「……イロハ、ヤリマス」
自白すると、魔法具使ったことないけど。
使ったことなくても、発動は簡単だ。決められた手順通りにすればいい。あとは、どこに術を放つかとかを指定する。
さて、私が持ってきたのは一応売り物なので、一番安い奴――つまり、弱めのやつだ。それでも主だった六つの属性+αをちゃんと持ってきた。
光魔法を使ったってことは闇が効くんだろう。
「汝、その身を闇に沈めん」
ヘアピンを髪から抜き取って、高く掲げると、そこから黒い靄が広がりキラキラの方へ向かっていく。
うわぁああああああああああああ。
厨二くさい!
でも、そう唱えろって書いてあったんだもん! 掲げろって書いてあったもん!
ヘアピンが魔法のステッキみたいで、ちょっとわくわくした自分がいて、それがまた――転げまわりたい!
「馬鹿!」
「う、うるさいなぁ」
恥ずかしいってわかってるよ!
いい年して、何が「汝、云々」だ!
「何恥ずかしがってんだ! わざとか!」
「イロハさん、闇魔法は聞かないみたいですよ。むしろ――」
どうも、ジャックの「馬鹿」は、呪文についてではなかったらしい。
私が放った以上の闇があたりに広がり、襲い掛かって来る。その中で、さっきよりキラキラが増していた。数が増えてるんじゃなくて、光の強さが増している。
これは、アレか。
頑張ったら事態を余計に悪くしちゃった感じか……落ち着け落ち着け。持っていてよかった、防御魔法具。
「ジャックくん、その杖――」
「仇為す闇を打ち払え!」
リンと涼やかな音が鳴って、迫ってきていた闇が止まった。本当は使い捨てだから使いたくなかったんだけど、しばらくの間、指定した属性の攻撃から守ってくれる魔法だ。
……はぁ、お小遣いから払っておかねば。
外は真っ暗な闇――というか靄に覆われているけど、ここだけは暗くもない、という不思議な感じになっている。ガラス張りの室内にいるみたいなものかな? ともかく、しばらくは安泰だ。
やっと、一息ついてふたりを見ると、なんとも言えない恰好で私を見ていた。何故か、ふたりでジャックの棒を掴んでいる。取り合っているというより、リレーでバトンタッチする瞬間みたいな感じだ。
「……えっと?」
「すごい魔法ですね。どちらで仕入れたんですか?」
「おばあちゃん作よ」
関心したように闇を押さえているモノ――結界を見ていたエクトルさんは目を瞠った。……やっぱり、おばあちゃんの魔法ってすごいのかな。
秘められた魔法を放ち砕け散った鈴の破片を拾い上げたエクトルさんは、ジャックから受け取った棒と見比べている。
それはさておき――
「ジャック、闇魔法が駄目なら先に言って」
「悪ぃ。アイツら、闇と光の魔法は吸収するんだ。吸収した分、黄昏石の価値も上がるけどな」
それで、キラキラが増してるのか。
……このまま、結界が切れるまで光か闇の魔法浴びせ続ければかなり高価なのが出来たりするのかな。まぁ、おまけに強くなりそうだけど。
「イロハさん、この杖もおばあ様が作ったものですか?」
「さぁ? 離れにしまってあったものだからわからないわ」
「肝心の部分はなくなってしまっていますが、まだ使っていた方の魔力がしみ込んでます。下手な杖より強力な補助になりますよ」
「……なんでそんなものが家に」
「イロハさん!」
さっきよりずっと強い力で引っ張られる。
何か嫌な気配が背を掠めた気がして振り返れば、地面が焦げていた。明らかにさっきより威力が上がっている。
っていうか、明らかに私を狙ってきたよね? 最弱だから? 舐められてんの?
「ありがとう、エクトルさん」
「いえ、怪我がなくて何よりです」
にこりと優しく笑ったエクトルさんは、壊れた魔法杖を何もないところに振った。ちょうど、入り込もうとしていた光の束が衝撃波に襲われたみたいに消える。魔法、かな?
ジャックがひょこひょことこちらに近づいてきて、エクトルさんの背中に隠れるように身を屈めた。
「結界じゃねえのか?」
「指定したひとつの攻撃しか防げないのよ。光と闇以外は効くのね?」
「おう。物理も効くぜ」
どっちかっていうと、ゴースト属性ぽいのに。
やっぱり、レベルを上げて物理で殴るは最強なのか。
「使いますか?」
「魔法で」
魔法杖をくれようとしたエクトルさんに断りをいれ、魔法具を取り出す。
何故か、おばあちゃんが作る魔法具は氷魔法のモノが多い。作りやすやすいのか、趣味なのかはわからないけど。
そんなわけで、どれでもいいなら断然氷魔法だ。
「彼のモノらを薄氷の内に閉じ込めん」
ピシリと空気が鳴って、黒い闇の様な靄とは別の靄が固まって行く。氷の表面には、花のようなモノが透かし彫りみたいに浮き出てきた。
多分あの靄が、黄昏の切端なんだろう。やっぱり、ゴースト系だ。
黄昏の切端の動きを封じたお陰か、黒い方の靄も晴れていった。残るのは、薄い氷に覆われ空中で停止しているモノだけだ。
「これ、生きてんのか?」
「生きてるわよ。だから――」
パチンっ。
よし、上手く鳴った。
もう厨二臭いのは慣れたし、そもそも異世界は、厨二全開な世界だった。何も怖くない。
指を鳴らしたのを合図に、氷は砕けて、黄昏色の石だけが残る。支えるモノがなくなった石は草むらへと落ちていった。
「これで終わり」
落ちかけた夕日の最後の光に照らされ輝く氷の欠片は綺麗だと思う。なのに、エクトルさんもジャックも引きつった笑みを浮かべていた。
……もしかして、私のせい? ニヤって笑っちゃったせい?
「よっしゃ! とりぶんは後で決めるとして、薬草集めるぜ」
「私は、黄昏石探していればいい?」
「だな。エクトルこっち手伝ってくれ。コレと同じの探してくれればいいから」
「わかりました」
「あと、スライムいたら狩ってくれ」
「なんで?」
スライムってメンドクサイだけでは?
「核がマナポーションの材料になるんです……よね?」
「おう。他のやつの核でもいいけど、スライムの方が加工しやすい」
ほー。
その割に安価なのは、沢山取れるのと別にスライムに限らないからかな。
ジャックの指示に従って採取に移る。
石はさっきよりもキラキラ光っていて見つけやすい。靄がない分見やすいのかもしれない。けど、ふたりはそうでもないみたいでたまに素通りしていた。
そして、薬草集めに入ったジャックが、日本で言う『薬草たんちゅっちゅぺろぺろ』状態になっていて、エクトルさんとドン引きした。
本日一番の恐怖はこれだろう。




