18 イロハ、旅立つ
「ちょっと埃っぽいけど、自由に使っていいわよ」
「すげぇ! 水場もある!」
ジャックと約束した衣食住のうち“住”は、庭にある離れだ。本来在庫の保管所だったらしいが必要ないので、物置という名の使わないけどいつか使うかも知れないモノ――制服用の布とか置き場になっていた場所だ。特に使っていないし、取り壊しも検討していたのでちょうどいいだろう。
母屋にも空き部屋はあるけど、そこは開かずの間になっている。私に開ける勇気はなかったし、知り合ったばかりの異性とひとつ屋根の下はいかがなものか。
それに、離れは台所付きなので、調合するには都合がいいと思う。現に、ジャックは嬉しそうに台所を見ていた。
「ベッドとかないけど、どうする? お布団は後で運び込むけど」
「ああ、いらねぇ。薬草と素材と水と調合道具があればそれでいい」
こいつも、仕事大好き人間らしい。
今度、ニコラに紹介してあげよう。
「私、お店あるから戻るけど」
「おう。掃除して調合に取り掛かるぜ!」
「……材料あるの?」
ジャックの持ち物は、パックバックひとつだ。
調合道具を全て入れたら、材料が入る余地はないと思う。まぁ、調合道具ってどのくらいあるのか知らないけど。
「……ねぇな」
「後で、買いに行きましょうか」
「取りに行けばいーじゃねぇか」
「街の外に? 危険じゃない?」
なんてことないって顔してるけど、外には魔物がいる。
それに、材料になる素材が売れるから冒険者がいると思うんだけど、生産者が外に行って取って来るのってどうなの? 予算ないから助かるけど。
「別に、いつも行ってるし。あと、庭の草使っていいなら簡単なの作れるぜ」
「えっ、マジ?」
「マジマジ」
「なら、ご自由にどうぞ。ついでに花壇勝手に使っていいわよ」
「マジで!」
花壇改造計画をたてているらしいジャックを残して、お店に戻る。
さて、午後の売り上げはどんなものかしら?
――――
本日最後のお客様は、顔見知りだった。
「こんにちは、イロハさん」
「いらっしゃい、エクトルさん」
土曜日以来だから……三日ぶりだろうか。
本日のエクトルさんは鎧姿だった。一見そうは見えないけど、ところどころ汚れていて、冒険帰りなのは見る人が見れば一目瞭然だ。
冒険帰りに寄ってくれるなんて……ふふふっ、すっかり常連さんじゃないですかー。
「盛況みたいですね」
「そうなの! おかげ様でね」
「何よりです。僕もポーションの補充をしていきたいんですが」
「かしこまりました!」
ついにエクトルさんは、上級ポーション(1500E)に手が届くようになったらしい。五本も買ってくれた。
まさか、この手で上級ポーションを売る日が来るなんて……
「あと、マナポーションもください」
「はーい。エクトルさんって魔法剣士なの?」
「分類的にはそうなりますね。一通り、魔法も使えますし。ただ、剣の方が得意なので、戦闘中はあまり使いませんが」
一通りって、攻撃魔法や防御魔法、回復魔法に補助魔法全部ってことかな? やっぱり、並の冒険者じゃないよね。
このまま居ついてくれれば万々歳だけど、その場合、もっと効果の高いポーション揃えないといけないなぁ……
「イロハ! 出来たぜ! ただ、やっぱり材料足りないから取って来るわ」
「ジャック、『ハウス』」
接客中に飛び込んで来る奴があるか。
あとで言い聞かせておかねば……
「はう……?」
「ちょっと待ってってこと。ごめんね、エクトルさん」
「いえ。えっと……彼は?」
「ジャックだ」
「ウチで雇っている薬師なの」
雇ったのはさっきで、まだ一日と経っていないけど。
これって、共通の知人が間を取り持つものかな?
「ジャック、こちらはエクトルさん。よく買いに来てくれるのよ」
「よろしく」
「おう。じゃあ、イロハ、俺行ってくるから」
いやいや、待て待て。
夜に街の外出るとか危ないでしょ。ちらりとエクトルさんを伺うと、微かに眉を寄せていた。
「日も暮れかかってますし、明日にしたほうがよいのでは?」
「エクトルさんに同じく」
「平気だって。初めてじゃねぇし。それに……師匠より怖いもんはねぇから……」
表情がくるくる変わるジャックにしては珍しく、全ての感情が抜け落ちたような顔で遠くを見ていた。師匠とやらには、触れてはいけないのだろう。
「……よければ、僕も行きます」
「えっ? 戻って来たばかりで疲れてるでしょう?」
「ちょうど、夕暮れにしかでない魔物に会いたかったので」
魔物に会いたかったって表現はどうなのか。
それより、完全に行く流れだけど、私ひとりで待っていてもいいものか……
「イロハも来るか?」
「えっ……うーん」
「荷物持ちは多い方がいいし」
雇い主を荷物持ち扱いとは……そのくらい神経図太い方がいいね。
そして、エクトルさん。特に反対ではないらしく、黙ってニコニコしてる。なんだろう、この見守られている感。
従業員押し付けて、ひとりで待っているのも心休まる気がしないし……でも、魔物は怖い。
うー。女は度胸、だ。
「行きます」
とりあえず、装飾品を見繕わねば。
離れについて
本来、在庫保管と従業員の休憩用スペースとして建てられた。
需要はなかった。




