17 イロハ、拾う
留守番九日目。
開店準備のため、自宅からお店に移動しようとしたところ、ソレを見つけた。
「み、水……くいもの……」
「…………」
行き倒れ。
なにもお店の真ん前に倒れていなくてもいいと思う。
殺人事件で発見される死体の定番のような形――片腕を伸ばし、片足が曲がったうつ伏せの恰好で倒れいたのはまだ若い男だった。暖かくなり始めたとはいえ、まだまだ夜は冷える季節だ。凍死してなくて何よりだ。
……私もこんな感じだったのだろうか。
なんか、ごめんね。おじいちゃん、おばあちゃん。
「大丈夫……ではないわね。とりあえず起きられる?」
「うっ……」
自力では無理そうなので、引きずってなんとか壁にもたれかからせる。重い……
よくよく見ると、酔っ払いというわけではないらしい。
やつれて見えるから、しばらく食べていないのかもしれない。
鳶色の髪に艶もないし、栄養状態もよくなさそう……落ちぶれた冒険者って感じでもないし、失業者だろうか。
若いのに憐れ……
一歩間違えば私がこうなっていたかもしれない。おじいちゃんとおばあちゃんには感謝してもしきれないなぁ。
さて、持っててよかった水差し。というわけで、店番中に飲む用のお茶を飲ませてやる。
「わりぃな……水うめぇ……」
水じゃなくてお茶だけど。
しばらく何も食べてないと舌が狂うし、仕方ないか。
「スープの残りがあるから持ってくるわ。お茶、飲んじゃっていいから」
――――
朝食の残り物とそのまま食べれそうな食品――スープとパンと野菜を適当に見繕って、行き倒れに渡しておいた。店の前にいられても醜聞が悪いので、庭に移動してもらった。病気ではなさそうだし、しばらく放置でも大丈夫だろう。
……ところで、嬉しそうに雑草見ていたけど、食べる気だろうか?
ともかく、開店準備だ。
「よっす、イロハ! 腐りやすいの持って来たぜ」
「おはよう、ルル。その言い方はやめなさい」
いつも通りの時間に来たのは、食材問屋のルルだ。正式な名前はもう少し長いけれど、上手く舌が回らないので愛称でしか呼ばない。
彼女は、金糸の様な見事な長い髪に優しい翡翠色の瞳を持った美女だ。街を歩けば、男どもが振り向くこと間違いなしなのだけど――
「デチーゾの狸親父に契約切られたんだってな!」
「ウワサになってるの?」
「いや、あたしんとこそーいう情報早ぇえから」
中身と一致しない。
ルルの問屋は大きくてアプマーシュの店の七割くらいに卸している。彼女はそこの一人娘だ。今、事業のほとんどを引き継いでいるのはルルだけど、引き継ぐ前から規模は変わらない。
一応、お嬢様という部類に入るはずなのに、どうしてこうなったのか……
まぁ、私的には付き合い安くていいけど。
「でもさ、いーんじゃね? あの親父キモいじゃん」
ルルのキモいには、いろんな意味が込められている。ヤバいと似たようなものだ。
「そういう問題じゃないんだけど」
「嫌な縁を切れば、良い縁に恵まれるもんなんだよ。気にすんなって!」
そして、ルルは好き嫌いで仕事を選ぶ傾向がある。
それもどうかと思うんだけど、それで上手くいっているのだから直感的に何かを感じ取っているのだろう。
そんな彼女の天敵は展望見込堂のオーナーだ。曰く「ナルシスト、キモい」らしい。気持ちはわかる。
「ルルに言われるとそんな気がしてくるから不思議ね」
「ははっ、だろ? それよりさ、庭にいるの何?」
「行き倒れ。朝は忙しいからお昼休みにでも、警備隊に連れていこうと思って」
「マジで! 腹空かせてんの? 餌付けしていい?」
餌付けって……仮にも相手は同じ人間なんだけど。
まぁ、食べ物くれてやる分にはいいじゃないだろうか?
「いいんじゃない?」
「よっしゃ! 行ってくる! あっ、これ商品と納品書。サインしといて」
大雑把なのを悪いとは言わないけど、仕事をついでのように扱うのはやめて欲しい。が、言ったところで無駄なので、生温かい目で駆け出していくルルを見送った。
さてはて、開店準備しようか。
――――
今日もよく売った。
チラシの効果もあるけど、口コミで広がっているらしくなかなかの売れ行きだった。どうもダンくんたちがべた褒めで宣伝してくれているらしい。ニヤニヤが止まらないっ。
そうなってくると心配なのは在庫だ。
応急処置は可能だけど……
それはさておき。
朝、拾ったの者の始末をしなければ。警備隊に連れていけば、きっとなんとでもしてくれるだろう。生活保護的なのあるのか知らないけど。
「よう! 悪かったな、食わせてもらって」
「気にしないで、思ったより元気そうでよかったわ」
「空腹で死にかけてただけだからな。友達にも悪かったって言っておいてくれ」
友達……?
ああ、ルルか。餌付けするって言ってたもんね。
……餌付けされたんだよとは口が裂けても言えない。
「伝えておくわ。ところで、貴方――えっと、私はいろはだけど、貴方名前は?」
「ジャックだ」
「ジャックね。行くところある?」
警備隊に連れてけばいいと思ったけど、行くところがあるなら、そこに返すのが一番だ。……いや、たぶんもういい大人なんだろうから、この扱いはちょっとアレかもしれないけど。
「……一週間前に住んでたところ追い出されちまった」
あっ。
それでさらに食べる困って……といったところだろうか。
「よければ警備隊に連れていくけど」
「俺、何かしたか!?」
どこなく怯えた目で見つめられて、私の方が驚いてしまう。
そんな冤罪かけられたような目で見なくても……
「えっ? 困ったときの警備隊でしょう? 保護してくれないの?」
「アレは、犯罪者着き出すところだぜ」
「……そうなの。ごめんなさい、私の故郷だと『警察』――警備隊みたいな人達にお願いすると困ってる人を助けてくれたからてっきり……」
自分で言っていてなんだけど、便利屋みたいだ。
……うん、自分で解決できることは自分でしよう。お巡りさんだって忙しいのだし。もっとも、元の世界に帰ることがあればだけど。
「それなら仕方ねぇな。けど、どうすっかな。行くとこねぇのも事実だし、イロハに恩返しもしたいけど、俺に出来ることといえば、調合くらいしか……」
今、すっごい聞き捨てならない台詞を聞いた気がする。
調合ってなんだ、調合って!
「ジャックってもしかして薬師?」
「おう。けど、イロハは冒険者じゃねぇだろ? 役立つとは思えねぇけど」
大有だよ!
見えないかもしれないけど、商人だ!
しかも問屋に裏切られて、ポーションの仕入れが滞っているお店のな!
「ジャックは、どこかと専属制約しているの?」
「それは二週間前に切られた」
「つまり、無職?」
「うっ……まぁ、露店で売るくらいだな」
「普通のポーションくらい作れるわよね?」
「ひ、一通りは」
来た!
ポーション作れるって!
契約切られたってのが気になるけど、例え今ダメダメでもこれから頑張ればいいの!
「ウチで働かない? 衣食住は約束するし、お給料も……三万Eは約束するわ。売り上げに応じては昇給もありよ」
「……マジで!?」
「マジで」
利害が一致した私たちは、固く拳を握りあった。
ルルのいう通り、嫌な縁を切ったお陰で新しい縁と出会えたようだ。それが吉と出るか凶と出るか……まだ不明だけど。
・補足
お給料というよりお小遣い。
労働基準法などない世界です。怖い。
おまけ
(流石に現金支給分少ないかな……)
「すげー! 衣食住保障かぁ」
(……大丈夫そうだわ)




