16 イロハ、連れ込まれる
こんなに充実した気分で一日を終えるのは久しぶりだった。
今日はよく売れた。本当によく売れた。
初心者セットはその後、更に十三セット売れた。さらに、朝買いに来た初心者冒険者さんたちが、冒険帰りに寄ってくれてポーションを補充していってくれたので、初級ポーション・初級マナポーションもよく売れていった。下級ポーションを買って行ってくれる人もいて、感無量である。
ポーションの在庫は、明日も同じくらい売れてもギリギリ保てるくらいにはある。
それもこれも、ニコラがお遣いを頼まれてくれたおかげだ。
私が彼に頼んだのは、展望見込堂でポーションを買ってくること。
基本的に、展望見込堂での初級ポーションの販売価格は、ひとつ90E。ウチは100Eだから、利益が出なくもない。
商人としてはアレなんだけど、違反ではないし、プライドなどにかまけていられなかった。
そして、幸か不幸か、展望見込堂はセールをしており、初級ポーション一本85Eだったとか。
値下げする余裕があるなんて流石ですね。
値下げして利益が出せるのなんて大手くらいですもんね。ウチみたいな弱小店は値下げすると倒産に繋がるんだぜ。
でも、突然セールとかどーしたのかなぁ。在庫随分積んであったって言うし、怪しいなぁ。
……ともかく、ニコラには今度お礼をしなければならない。
さて、それはともかく、応急処置ではなく治療はきちんと行わないといけない。
次の問屋を探さなければ……
あと、デチーゾ問屋をこのまま捨て置いて良いものか……否、そうは問屋が卸さない。問屋は向こうで、こっちが卸される方だけど。
普段なら、週初めは店を閉めた後、アクセサリー屋のお姉さんのところに、装飾品の魔法具の元になるアクセサリーを買い付けに行く。だけど、明日にする旨をすでに飛ばしてある。おばあちゃんいないと、魔法具作れないしね。
それともうひとつ――
「イ・ロ・ハ! 来ちゃったっ」
「めっ、メル!?」
いつもならすぐに返ってくる返事がなかったため、もう直接行っちゃおうかなと思い、外に出ようとしたら、目的の人物がそこにいた。
私が出てくることに気が付いていたんだろう、タイミングよく抱きつくと上目使いで見てくる。コイツ、絶っ対に首を傾げる角度とか計算してやってると思う。
今日は、仕事帰りなのかカーキ色の戦闘用コートを羽織り、ピンクプラチナの髪も低い位置で結われている。ちゃんと男の子に見え……る。うん、ちょっと怪しいけどちゃんと男の子に見える。でも、それでもいいと言い出しそうな奴がいそうなくらい可愛い。
「イロハ、今日の服、可愛いね。どうしたの? お出かけ?」
服装チェックに余念がないあたり流石というべきか……鋭い視線が若干怖い。
「お店の新しい制服。作ってみたのよ」
「へぇ! 可愛い! ボクも欲しいなぁ」
「んー、まぁ……余裕があったらね」
なんか……私より似合いそうで嫌なんだけど。
メルにキラキラした笑顔で頼まれると断れないんだよね……これが天使の魔力か。
「やったっ! で、ボクに用事って何?」
「いくつか相談したいことがあって……」
「じゃあ、お夕飯食べながら話そうよ。まだでしょ?」
「そうね」
気軽に頷いてしまったことに、後悔するのはすぐだった。
――――
「イロハ食べれない物ないよね。……果物のシャーベット好きだっけ? じゃあ、デザートはそれで。あとは適当に。果実酒も付けて。ボクはジュースで」
「……」
慣れた様子で注文を終えたメルは、にっこりと微笑んだ。相変わらず天使みたいに可愛い。
彼に連れられるまま、冒険者向けのお店が立ち並ぶ区域を抜け、高級そうな通りに入ったあたりから嫌な予感がしていた。というか、メルがよく行く店って時点で気が付くべきだった。あれよあれよという間に着いてしまったお店、その個室に通されて、メルと向かい合っている。
「メ、メルさん」
「どうしたの? こういうところあまりこない?」
「来ないわよ。……あの、ドレスコードとか」
お値段とか。
普通に割り勘するつもりだったんだけど。
「気にしなくて大丈夫。個室だし、ボクの知り合いのお店だから」
「あと、その……」
値段のこと言いにくい!
メルとしては、きっと普通のランクなんだろうけど、私にしては店のランクが高すぎる!
大きな瞳を細めて、メルが笑う。
「イロハ、デートの時は男が出すものだよ。何も心配しないで」
っ! この子、たまにこういうこと言うから困る。
素なのか、これも計算なのわからないけど、年不相応な色っぽい表情を見せる。ドキリとするような、ゾクリとするような……
十三歳の子に使うと、ショタコンだと思われそうだけど、これ以外の表現を私は知らない。
ふっくらとした唇の前にかざしていた人差し指をくるりと回すと、窺うような視線を向けてくる。下手に出ているようで、強制的だった。
……大人の余裕というやつを身に付けたい今日この頃だ。
なんとか頷くだけって……我ながら情けない。
「相談にも乗るけど、まずは料理を楽しもう?」
「……お言葉に甘えるわ」
私より高収入だし、いつか大繁盛するようになったらその時はおごってあげよう……
絶妙なタイミングで運ばれてくる料理は、どれも美味しかった。流石、メルの行きつけなだけはある。
「おいしい……」
「でしょ?」
一口含んだシャーベットがあまりに美味しくて呆然としていると、柔らかい声でメルが笑っていた。初めて、甘味を食べた子どもを見守る親の様だ。
アッドルチェンドのドルチェも美味しかったけど、それとはまた違った美味しさだった。
「で、相談って?」
お茶が運ばれてきて、食事が一息つくとメルが、本題に入るよう促してくれる。
私は、デチーゾ問屋に契約を一方的に切られたこと、今週分の荷物が届かなかったことを手短に説明した。メルは、さっきまでの和やかな雰囲気は消え、すっかり仕事モードに入っている。
「契約違反、よね?」
「間違いなく。……ギルドの規則にも触れるし、ちゃんと届け出れば罰は免れないよ」
「届け出なければ?」
「そもそも発覚しない」
ですよねー。
二十年暮らしておいてなんだけど、日本の法律にもあんまり詳しくない。ただ、こういう商法系のやつの契約違反って自己申告だったような気がする。同じようなもんだろう。
「取引禁止処分とかまではいかないかしら?」
「前科なければ無理。……慰謝料と罰金くらいだね」
まぁ、そうだろうね。
ウチへの損害回復とギルドへの信頼裏切り回復が、妥当だろう。それ以上は、重過ぎる。
「イロハが望むなら、ボクがなんとかするよ? デチーゾの狸親父は爪が甘いからね。……今回も何やら皮算用したんだろうけど」
「おじいちゃんたちなら、訴えなかったでしょうしね」
前半は流しておく。
仕事モードから平常に戻ったメルの瞳はキラキラしていた。子供らしいところをあまりみないと思っていたけれど、もしかしたらコレがそうなのかもしれない。
子ども特有の無邪気な悪意。……あ、無邪気じゃないから違うか。邪気たっぷりだ。
「……そうだね」
何か気づいたことでもあったのか、仕事モードに戻ったメルは考え込んでしまった。眉間にしわがよっている。可愛い顔が台無しだ。
仕事に関して、彼は相当優秀だという。
邪魔しては悪いので、冷めかけていたお茶へ手を伸ばした。多少冷えていても、甘い香りを放っている。向こうの世界でいう紅茶だけれど、良い茶葉なのだろう、花の様な香りがする。口に含まなくても、香りが既に美味しかった。実際に口に含むと、香りとは違い微かな苦みがある。それがまた癖になる美味しさとなっていた。
紅茶を楽しんでいると、メルは何やら紙に書きつけ始めた。それはすぐに折りたたまれ、宙に放たれる。
まだ、眉間は寄っていたが、口元には笑みが浮かんでいた。……悪いこと考えてるんだろう。
「どうかしたの?」
「ボクも全部を把握してるわけじゃないけど、問屋の大体の傾向は把握してるつもり」
「うん」
「デチーゾ問屋は、小規模店に多く卸してるんだけど、狸は大規模店とお近づきになりたいみたいなんだよね。……小規模店見下してる節があったし」
「……ほう」
それは捨て置けない。
小さいと思って油断すると大変なことになるんだぞ。
「もしかしたら、他にも似たようなことしてるかも。あと、足元見て規約違反のことしてる可能性もある」
……もしかして、この子、本気で潰す気か?
「取引禁止処分まではいかないと思うよ。ただ、内部調査はボクの仕事だし、つ・い・で」
つ・い・で、はーとじゃない。
なんでかな。怒っていたはずなのに、メル見てるとやめてやれよってなる。なんでだろう。
「イロハは、問屋の取引許可がどこから発行されるか知ってる?」
「商人ギルドじゃないの?」
「ハズレー。商人ギルドと生産ギルドの連盟で発行されるんだよ」
一年くらいこっちに過ごして来たのに知らなかった。
商人失格だ。
ひよっこの下ってなんだろう? 卵?
「問屋のギルドを作ろうって話もあるらしいけど、結局、商人ギルドと生産ギルドの両方から許可が出ないと信用に欠けるから今のところ出来てないんだ」
商人ギルドは、全うな商売をしていることを保証してくれて、商人に不利益が出た場合――強盗とか盗難とかが出た場合、対処してくれる。もちろん、事件だから警備隊も対処してくれるけど、捕まえた後の処理とかをお店に変わってやってくれるのが商人ギルドだ。個人経営だと、後処理の負担が大きいから。
生産ギルドは、生産した物――例えば、ポーションなどの品質を保証してくれるところだ。他にも、生産者と問屋、もしくはお店を仲介してくれたりもする。
問屋のギルドがないということは、店や生産者と揉めた時、対処自分でないといけないってことになるのかもしれない。
「……問屋も大変なのね」
「まぁ、狸が増える理由でもあるよね。話、戻るけど、取引許可に関する場合、商人ギルドだけじゃどうにもならないんだよね。生産ギルドの意向も窺わないといけないから」
「そのお手紙?」
「残念ー。そのための下調べの指示」
メルは、「問屋に狸が多い」っていうけど、各ギルドの上層部も狸だらけだと思う。
意向を窺うってアレでしょ?
笑顔で腹の探り合いするやつでしょ?
「まぁ、狸の件は任せてよ」
「お願いします」
そこそこ慰謝料入ればそれでいい。
……そこそこで収まるかな? まぁ、いいけど。
それよりも、私は――
「新しい問屋を探さないとなぁ……」
「紹介しようか?」
「うーん……」
魅力的な申し出だけど、他にも沢山仕事あるだろうし……
あと、ちょっと考えてることもあるし。
「いや、自分で探してみるわ。生産者ギルドもあたってみるつもりだし」
「お抱え薬師捕まえるつもりなの? ……雇えるの?」
それを言われると痛いのだけれども。
まぁ、条件次第だ。
「……縁があれば?」
「そう。困ったら、ボクのところに来てね?」
「ええ。その時は、よろしく頼むわ」
食後の紅茶も飲み終わり、相談も終わったため、今日はお開きとなった。
家までメルが送ってくれたけど、この子本当に十三歳なのだろうか……エスコート心得過ぎでは?




