15 イロハ、閃く
借金、突然の売り上げ増、突然の契約打ち切り……まさに三重苦だ。
ダン君たちが帰って、常連さんを捌いてお昼休憩。
ダン君たちのおかげで少し冷静になれた。でなければ、常連さんの対応どころではなかっただろう。
「イロハ、ひとりか?」
「ひとりだよ。ニコラもひとり?」
ニコラはメルと同い年の男の子だ。道具の仕入れ先の息子で、ウチにはよく配達でおじさん――彼の父親と一緒に来る。
こちらで出会う子どものほとんどが大人びているけれど、彼はどちらかというと幼く見える。
「そっ。今回少ないんだもん。オレひとりでも大丈夫」
「ふーん。……学校は?」
苦く笑うと、ニコラは青い瞳を逸らした。まとまりきらない茶色の髪が揺れる。
「また、サボりね?」
「……だって、勉強とかつまんないじゃん。親父の手伝いしてた方が楽しい」
こちらの世界――というか、今私が暮らしている国では、学業は義務じゃない。
国が運営している無料の学校があって、そこに六歳~十五歳くらいの子たちが通っている。お金持ちとかは私立に行くらしいけど、詳しくは知らない。
年齢別で学年分けをする日本の義務教育と違い、単位制で、指定単位を取ったら卒業となる。一応、入学した年度によってクラス分けされるらしいけど、時が経つに連れ、人が減って行くらしい。……最後に残されたら悲しいだろうな。
ニコラはメルと同じクラスだったが、メルが早々に卒業してしまってからは、あまり学校に行ってないらしい。いや、違うな。もともとサボり魔だったけど、メルがいる時は、わりかし真面目に通ってたが正しいのか?
「学校に行きなさい……とは言わないけど、勿体無いと思うわ」
「勿体無い?」
お前もか、という目をしていたニコラは、興味を引かれたように青い瞳を瞬かせた。
説教するつもりじゃないから、頭ごなしに学校に行きなさいとはいわないよ。ただ、今だからこそ思うこともある。
「だって、大人になれば嫌でも働かないといけないけど、今なら好きなコト出来るでしょ?」
「オレにとっては、働くことが好きなコトなんだけど?」
それはそれで、アレなんだけど……
羨ましいっちゃ、羨ましいが……うーん。
「他に趣味とかないの?」
「趣味? あっ、釣りとか好き」
「じゃあ、思いっきり釣りすればいいわ。本格的に働き出したらなかなか出来ないわよ」
「そういうもん?」
「そういうもん。こう見えて、大人って忙しいのよ?」
借金に頭悩ませたり、売れ始めたと思ったら品物が来なかったりね。
私の表情から何かを悟ったのか、ニコラは遠い目をした。たぶん、私も似たような顔してるんだろう……
「……なんか大人になるの嫌になってきた」
「残念。誰だって、否応なく大人になるものよ」
「……今の内に遊んでおきマース」
唆しておいてなんだけど、街中に釣りが出来る場所なんてあっただろうか? まさか、街の外に行くの? 魔物出るのに?
「街で魚って釣れるの?」
「釣れなくもないけど、外の方が釣れるよ。……あっ! もしかして心配してくれんの?」
「それはね。魔物だって出るし」
遠目に見たのを除けば、魔物に直接お目にかかったことはない。けど、話を聞く限り、絶対会いたくない。
ボコボコにされそうな気しかしないから。
「街の近くにいる雑魚くらいなら、オレでも勝てるよ。それに、メル連れてくから大丈夫!」
とんでもない護衛をお連れになるそうだ。
本当、ニコラってそういうところしっかりしてるというか、ちゃっかりしてる。メルもメルでちゃっかりしているから、そういうところでも気が合うんだろう。
見習いたいナァ。
「それなら安心だわ」
「っていうか、街の近くに出るくらいならオレひとりでも充分だけどね」
「ニコラ、戦えたのね」
「ん? 簡単な護身術なら学校で習うだろ? ……あっ、イロハ異世界から来たんだっけ?」
たまによくあることらしく、この世界で「異世界から来ました!」と言っても、頭がおかしい人扱いされることはない。せいぜい、身分証を持ってるか確認されるくらいだ。その後、どうなるかは……聞いてきた相手次第である。
「ええ。私の世界じゃ魔物もいなかったし、特別戦闘訓練は必要なかったから」
「へぇ。街の外、出放題じゃん。いーなー」
こっちでいう街の外は、防壁の外のことだ。街ごとに壁で覆われていて、街の中へ魔物や外敵が入って来るのを防いでいる。
アプマーシュは関係ないけど、この世界でも街同士や、国同士で戦争をしているんだって。今のところ全く身近じゃないから実感ないけど。
「そーいえば、在庫かなり減ってんじゃん。何があったの? 営業縮小?」
「失礼な。売れたのよ」
初心者セット伊呂波について簡単に説明すると、ニコラは納得したように頷いていた。ただ、それは売れたことに関してではないようだ。
「やっぱ、ダン先輩の言ってた“イロハ姐さん”ってイロハのことだったんだ」
「ダンくん知ってるの?」
「学校一緒だし。ダン先輩有名だよ? 去年卒業した中じゃ一番強いから」
それは腕っぷし的な、かな?
なるほど、学校の中では強かったのか。それで、井の中の蛙になっちゃってたのね。
でも、蛮勇に走らなければ、立派な冒険者になるんじゃないかな。
「あと、意外かもしんないけど、めちゃくちゃモテるんだよね」
「……ああ、ストーカーついちゃうくらいだものね」
「エメリナのこと? 従姉弟揃ってよくやるよな」
い、いとこだと……?
やっぱり、ヤツの親戚……
「エメリナさんのいとこって」
「メルだよ。そこは知らなかった?」
……ああ!
大商店って、トレイメント問屋のことか!
トレイメント問屋は、世界を股にかけて仕入れをしており世界でも三本の指に入る巨大問屋だ。
ただし、扱っているのは特殊な商品ばかり。あちこちで珍しいモノを見つけては、取引先に卸している。モノによっては二度と手に入らないモノもあるとか。つまるところ、珍品専門の問屋だった。
ダンくんが言っていたのは、その直営店のことだろう。
特に珍しくて、入手が困難なモノは卸さず直営のお店で売っている。珍品しかなく、通常の商品――ポーションとかはないけど、ソレを売りにしており、一部の人に大人気の店だ。
何かに特化してるお店って強いよね……
「気づかなかった……」
「イロハも気を付けろよ」
「ダンくんはただのお客様だけど?」
「……あ、うん。なんでもない」
意味深な笑顔やめて!
怖いんだけど……
「それよりさ、やったじゃん。来週から仕入れ増やす? それともポーション系優先?」
「……あ、いや、ポーションは」
突然、夢から醒めるってこういう気分なんだろうね。
現実というものは非情だ。
「なに? 何かあった?」
「……ニコラにこんなこというのもアレなんだけれど……デチーゾの親父に契約切られてしまって」
「えっ!」
「トレイメント問屋って、普通のポーションは扱ってないのよね?」
使えるコネは全て使う所存だ。
メルに頼み込んででも、一時的にでも、なんとか在庫を確保したい。今、在庫切れで初心者セットを販売出来ないとなると今後にも関わる。せっかく、お客様がつき始めているのに、ここでコケるわけにはいかない。
「普通のはないね。……オレに手伝えることがあればしてあげたいけど、ウチもポーションは扱いないしなぁ」
「だよね……」
うぅー。
仕入七割から増えてもいいから、在庫確保したい!
……ん?
待て待て。
今、優先するべきは、在庫の確保だ。
仕入値は、販売価格を大幅に上回っていないなら気にしない。
そして、街からポーションが消えたわけじゃない。あるところにはある。それも、大量に。
「ニコラ、お駄賃あげるから少し頼まれてくれないかしら?」
「い、いいけど……」
私は知っている。
九割の値で仕入れられる場所を。
褒められたことではないけど、なりふり構ってられないもの。
若干ニコラが引いているのは、私が悪い顔をしているからじゃないと信じたい。
その頃のメル
「くしゅん……んー? 誰かウワサしてるのかな?」




