14 イロハ、瀕する
不運というのは、重なるものである。
そう言ったのは誰だろうか……
「卸しが来ない……」
おかしい。
留守番8日目。
制服を着て、初めてのお仕事である。
おばあちゃんが出かけてから、ちょうど1週間が経った。
普段なら、開店前にポーションの卸し――デチーゾのおじさんが来るはずなのに来ない。
食材の卸しは、毎日の生鮮食品と一緒に1週間分の消費期限が長い食品を持ってきてくれた。ほぼ毎日会っているけど、少しずれてて元気のいい姉ちゃんだ。
道具の卸しはお昼位に来る。今週分の仕入れは、そんなに頼んでなかったかな。来週分はロープとかを頼みたい。
「客もこなけりゃ、卸もこ――」
「こんにちは」
涼やかなベルの音と共に入って来たのは、まだ年若い三人組だった。見ない顔だ。
「あの、ギルドのチラシ見て来たんですけど」
「えっ……あっ! はい、いらっしゃいませ! どちらをお求めですか?」
「冒険初心者セットの波をふたつと呂をひとつ、それとお泊りセットをひとつください」
「ありがとうございます」
う、売れた!
本日、最初のお客様は決意に満ちた顔で帰って行った。これから初めての冒険に行くのかもしれない。ひとつ言わせてもらえるのなら、初めての冒険なら、遠出はやめた方がいい。
いや、それはいい。彼らの自由だ。
それより、今のお客様は「チラシを見て」来てくれたのだと言っていた。
ありがとう!
本当にありがとう、ギルド長! そして、ダンくん!
そういえば、ダンくんたちは、初めての冒険をしたのだろうか。
幸先よく始まった今日だったけど、どうもチラシの威力はまぐれではなかったらしい。
チラシを見たのだという新米冒険者と思われる方たちが数組訪れた。結果として、冒険初心者セットは飛ぶように売れた。……ウチにしては、だけど。
それでも、普段では考えられないくらい売れた。全部で、17セット。
「なのに、なんで、卸しが、来ない……!」
冒険者の波も落ち着きブレイクタイム。
売れたのはいいけど、在庫が危ない。そもそも売れる量が限られていた店だ。それほど、在庫があるわけじゃない。この調子で売れるなら明日には在庫が尽きる可能性がある。
メモ帳を引きちぎって、卸し宛ての手紙を書く。荒い文章にならないようにするのが、大変だった。
書きあがった手紙を読み直し、誤字脱字、失礼なところがないか確かめる。……うん、大丈夫。
「至急いってらっしゃい」
折りたたんだ紙を窓から飛ばす。
目的地は、デチーゾ問屋の事務所だ。
それは、蝶の様にひらりと舞うと、スピードを上げて飛んでいく。こっちでは郵便がない。至急伝達したい事があれば、こうして自分で飛ばせばいいからだ。距離にもよるけど、街の中ならものの数分で目的地に届けることが出来る。
すごく便利。
ちなみに、こうやってメッセージを送ることを飛ばすという。まんまだけど、灯りのこと電気というのと同じだろう。
飛ばすのは便利だけど、気を付けないといけないこともある。
途中で目的の人以外に捕まって盗み見られる可能性があるし、重い物は飛ばせない。他にも、場所の指定は出来ても個人に飛ばせないなどの難点もある。まぁ、そういうところは、むこうの郵便と似ている。郵便だって家には届けてくれるけど、誰かのところには届けられないし。
複雑な魔法に組み替えれば、盗み見防止や重量増加、個人指定も出来るらしいけど正式に魔法を習っていない私には何をどうすればいいのかまったくわからない。
それはさておき、返信はすぐに来た。
「大口顧客が入ったため、今週分のお届けは延期させて頂きます。来週にはお届けします。また、注文集中のため、来週お届け分で取り引きは最後とさせていただきま、す? ……はぁ?」
どうしよう。
理解出来ない。
えっと……とりあえず、今日、ポーションは届かないってことだよね? 来週には届くけど、以降もう取引はしない……つまり、契約打ち切られたってこと? 一方的に?
えっ、これありなの?
……いやいやいや、契約違反でしょ!
っていうか、それも大切だけど、どうする私!
ポーション足りないよ!
目の前が暗くなるって……本当にあるんだ……
「イロハ姐さん! 聞いてくださいよ!」
絶望に浸る間もなく、元気の良い声が私を現実に引き戻した。
「あれ? 姐さん、何かあったんすか?」
「……いや、別に。元気そうね」
少々薄汚れているけれど、元気いっぱいなダンくんは、レノラちゃんたちと一緒だった。見た感じ冒険帰りだけど、時間的には早い気がする。
「はい、元気っす! イロハ姐さんのお陰っすよ!」
「何かあったの?」
「保存食は偉大でした!」
どうしよう。
なんか、言いたいことがわかるようなわからないような……
私が苦笑していることに気が付いたレノラちゃんが補足してくれた。
「一昨日、冒険に出たんですけど、道に迷ってしまって……今日帰って来ました」
「初冒険、よね?」
「はい」
「まさか、こんなことになるなんて思いませんでしたわ」
初めてなのに、随分と壮大な冒険になったらしい。二日間も遭難するなんて、どこに行っていたのだろうか。
そしてクロードちゃん、言葉とは裏腹にどこか恍惚としている。本当に何があったんだろう。気になるけど、今はゆっくり聞いてる時間はないな……
「……生きて帰ったら、イロハさんに伝えようと思っていたことがある」
黙り込んでいたヴィレムくんが、すっと前に出て来た。その表情にふざけたところは一切ない。真面目そのものだった。
「最初、胡散臭い女だと思って悪かった」
……うん、気が付いてたけどね。
わざわざ言葉にされると心に刺さるモノがある。
それにしても、よっぽど大変な目に合ったらしい。
「まぁ、無事だったなら何よりよ。家には顔を出したのよね?」
「まだっす!」
「先に親御さんに顔見せてきなさい」
何やってんだ、こいつら。
一番心配してるのは、家族だと思うんだけど……
「でも、生きて帰れたのは姐さんのお陰だったので一番最初に挨拶に来たかったんっす!」
「気持ちは嬉しいわ」
嬉しいけど、嬉しすぎるけど。
心配している人に申し訳ない。
「でも、お家の人に無事だったって顔見せてからいらっしゃい。その時に、冒険の話聞かせてね」
「もちろん! よし、みんな、帰るぞ!」
もう一度お礼を言って、ダンくんは元気よく店を出て行った。その時、ふと彼が下げているネックレスが目につく。空墨石が付いたプレートって……エメリナさんに売った物に酷似している――いや、そのものなんだけど。
「どうかしたか?」
最後に頭でも下げようと思ったのか振り返ったヴィレムくんが怪訝そうな顔で問うてきた。アホ面してる自覚あるから、あんまり見ないで欲しい。
「ダンくんが下げてるのって、エメリナさんから……」
うわぁあああ。
ダンくんって、レノラちゃんやクロードちゃんとフラグ立てて、密かに取り合われてるけど気が付かなくて、実はヴィレムくんはレノラちゃんが好きでなんやかんや的な感じなのを想像していたのに、別のところに彼女がいた、だと……?
「はい! 冒険行くっつったら、エメリナがくれたんす。……あっ、イロハ姐さんのこと親友って言ってたけど、本当っすか?」
親友……ではないかな。
どちらかといえば――
「親友と言うより、師匠かしら?」
「流石、イロハ姐さんっす!」
「反対よ、反対。エメリナさんが私の師匠」
心の師匠的な。
あー、でも、恋愛相談乗ってあげた面では私が師匠かな?
「へぇ。あー、そっか! エメリナの実家って大商店っすもんね」
えっ、そうなの?
大商店って……バーンハードか? 思い出すだけで寒気がする……いや、似てないけど、兄妹なの? 嘘でしょ……
「ダン、そろそろ行かないと」
「だな。じゃあ、また来ます!」
「お待ちしてます」
そっとカウンターまで戻って来たヴィレムくんは、ダンくんを気にしながらこそこそと耳打ちしてきた。心なしか、顔が青い。
「エメリナ、ダンのストーカーなんだ。本人はただの学校の同級生だと思ってるけど」
「えっ」
「ヴィレム、どうしたんだよ!」
「なんでもない! じゃあ、本当に悪かった。それとありがとう。……また、頼む」
まさかの……!
ストーカー!
コレはレノラちゃんとクロードちゃん、そしてエメリナさんの三つ巴が期待出来るのだろうか……
でも、ストーカーはダメだよ、エメリナさん。
たぶん、ツンデレこじらせてしまったんだろけど、ヤンデレはダメだよ。
衝撃的過ぎて、恥ずかしそうにお礼を言うヴィレムくんに反応出来なかった。




