13 イロハ、呑んだくれる
休日でも酒場がやっていて本当によかった。
そう思わずにはいられない日だった。
私が来たのは、ダンくんが働いている冒険者ギルドに併設されている酒場だった。利用者のほとんどが冒険者だ。尤も、冒険者ギルド併設の酒場に限らず、酒場の利用者の七割以上が冒険者だ。この街に冒険者が多いこともあるけど。
「マスター、同じのもうひとつ」
今は、酒を楽しむ気はない。
とりあえず酔いたかった。
……まぁ、無理なんだけどさ。
「お、おう」
マスター、引いてない?
見た目、豪快そうなおっちゃんなのに。
まだまだ飲み始めで、たかだか三杯目だ。
あー、もう! 飲んでる場合じゃないんだけどね!
けど、どうしょうもないじゃん!
今なら、酒浸りになる人の気持ちもわからんでもない。
だって本当にどうしょうもない!
一千万Eなんて! どうしろと……!
借り主とやらを見つけて市中引きずりの刑に処したい。泣いて慈悲を乞うても許してやらない。人様に借金を押し付けるとどうなるか目にモノ見せてやるわっ!
死などという生温いものは与えん! 生まれてきたことを後悔させてやる!
「……はぁ」
段々、思考が悪役じみてきた。
しかも、早々に退場するタイプのやつ……
……無意味な復讐計画をたてるより、目の前の問題をなんとかしないといけない。なんとか売上を上げて、借金返済、お店再興。
結論を言えば、お客様と客単価を増やすしかない。
どうやって?
……品ぞろえをよくしたとしても、豪邸様には敵わないし、ニッチなところを狙っていくしかないだろう。
「はぁ……」
「若いのに湿気た面してんな。……マスター、それじゃなくてあっちのヤツくれ」
カウンターとはいえ、うら若き乙女の隣に座るのは如何なものか。特に、他の席が空いている時に。
人のオーダーを勝手に変えたのは、ガタイが良くて褐色の肌の……オジサマというには少々年季が足りず、お兄さんというには少々過ぎた男だった。霞色――藍色を帯びた灰色の髪は、一見乱雑に見えるけど、実はきちんと撫でつけられている。どこか、野蛮な印象を受けるが、それは悪い意味ではなく、彼の魅力となっていた。
「勝手に変えないでくれるかしら?」
「酒っていうのは、味を楽しむもんだ。味の違いがわからないわけじゃねぇだろ?」
「……まぁ」
男はマスターに紙幣を渡すと、葡萄色の瞳を器用に眇めた。今は潜められているけど、時にはその葡萄色に危険な色を宿すのだろう。
奢ってもらえるならと、私は彼が選んだ酒に口を付けた。甘い芳醇な香りがする果実酒だ。元の世界でいうなら、白ワイン。香りは甘いけれど、舌触りはすっきりとしていて辛い。甘口も嫌いではないけど、すっきりしていて後に残らない辛口の方が好きな私としては、申し分のない味だった。
一方、男は私が飲むはずだった安酒を煽り、わざとらしく顔をしかめていた。美味しくはないだろう。アルコール臭いだけの代物だし。
「美味いだろ?」
「ええ。お酒、詳しいのね」
「そりゃ、オジサンになると酒の味くらいわからないと困るからな」
「オジサンって……まだ、三十代でしょ?」
「三十半ば過ぎりゃ、オッサンだろ?」
「……三十半ばでオバサン呼ばわりされたくないわ」
「はははっ、女は特にそうだろうな!」
気安い感じで話している間にちゃっかりおかわりまで奢ってもらっているけれど、私たちは知り合いではない。今日、今さっき、初めて会った。
まぁ、酒場ではよくあることだ。
このまま意気投合して、パーティを組むのが冒険者でよくあるパターンでもある。
あと、ナンパでもよくあるパターンだ。酔わせて、連れ込む的な。
ただ、この男はどちらも違う。既に、私が異常にお酒に強いことに気が付いているだろうから、酔わせて連れ込むというテンプレはない。まして、冒険者でないことは一目瞭然だろうから、仲間を探しているわけでもないだろう。そもそも、彼くらい強そうな人だと、そうそう背中を預けられる人はいないんじゃないかな。
じゃあ、なんで奢ってくれるのかというと……私にはわからない。ただ、話し相手が欲しいわけではないとは思うけれど、身の危険を感じないし、タダ酒だし、流されるままだ。
「イーローハっ!」
「うひゃあ! 零れる!」
こんな美味しいお酒を零してなるものかっ!
グラスを守るため、突然の後ろからの衝撃になんとか耐える。零れていないことを確認してホッと息を吐いた。
こんなことをする奴は限られているし、無駄に愛らしい声で確定だ。
「メル」
「なぁに、イロハ?」
私が怒っていることに気が付いていないわけないのにこの態度。抱きついたまま離れる気配がない。
「まず離れて」
「えー、しょうがないなぁ」
ぷくりと頬を膨らませたメルは、わざわざ自称オジサンと私の間に座った。反対側空いてるんだけど。
今日はオフなのだろう、普段の制服――戦闘用に改良されたカーキ色のコートではなく、綺麗な脚を強調させる短いスカートに、幾重にも布を重ねふわっとさせた上着を着ていた。セミロングのピンクプラチナの髪は、右サイドで緩く結われ、編み込みを施しすという凝りよう。私もお洒落に手を抜いているわけではないけど、弱冠十三歳のメルに勝てる気はしない。
この世界では、天使――神様の使いは桃色を帯びた銀髪と黄緑色の瞳で描かれる。整った顔立ちにふっくらとした頬を持ち、くりっとした黄緑色の瞳を持ったメルは、まさに絵画に描かれる天使さまそのものだった。
喧騒に包まれていた酒場が、こそこそとした囁きに変わったのもメルのせいだろう。何人かの男は頬を染めている。
あーあー、可哀想に。
「捜したんだよ、イロハ。酒場にいるなんて珍しいね」
「おい、坊主。邪魔だ」
「ちょっ、この格好の時に坊主って言わないでよ! 師匠」
「うるせぇな。お前、男だろ。嬢ちゃんとでも言われたいのか?」
囁きは、ざわめきを越えて爆発した。
叫び声やら悲鳴が聞こえる。
そう、メルことメルヴィンは、れっきとした男の子だ。人の心を惑わしてしまうほど、女装が似合うけれど、間違いなく男の子だった。
……いや、確かめてないけどね。身分証、男になってたし間違いない。
何故、女装しているかというと深い理由が――あるわけでもなく、姉たちにからかわれて着てみたら似合ってしまい、以来休日はこんな感じらしい。
そのたびに何も知らない奴らが犠牲になるのだ。憐れ。
全ては天使のような容姿と小悪魔的な性格がいけない。
「だいたい、なんでイロハと師匠が一緒に飲んでるの? 面識ないでしょ?」
「いい女がいたら声くらいかけるだろ。邪魔すんな」
「いい年してナンパとか……恥ずかしー」
「うるせぇ。ガキは帰って寝ろ」
「なら、イロハは連れて帰るからね」
いい女だなんて言われると嬉し恥ずかしうふふふふってなる。
まぁ、いい女はヤケ酒煽ったりしないだろうけどね。
「オジサン」
「ディノだ」
「ディノさん、もう一杯」
「いいぞ」
「わーい」
「まだ飲むの? ほどほどにしないと連れ込まれるよ」
不毛な争いは続きそうなので、酒の肴にしようと思う。
しかし、十三歳に連れ込まれるとか言われなくない。それにいざとなったら、おばあちゃんがくれた護身用の魔法具(※呪われている可能性有)があるし。
「ふたりは、どういう関係なの?」
「他人」
「師匠にむかってそれはねぇだろ、クソガキ」
「……剣の師匠だよ」
「いまだに剣だけじゃ一本も取れてねぇよな」
ああ、やっぱり強いんだ。
齢十三歳、見た目天使だけど、メルは強い。冒険者ではないけれど、剣術・魔法を自在に使いこなす。同年代では彼に勝てる人はまずいないし、大人にだって負けない。所謂天才というやつだ。
「うっさいなぁ。今ここで伸してあげようか?」
「やめとけやめとけ。イロハ嬢の前で無様に負ける気か?」
「イロハ嬢っていうのやめて」
普段なら出来ないことだけど、挑発し合い、一発触発、今にも剣を持ちだしそうな二人の間に割り込んだ。
イロハ嬢。
その呼びかただけはどうしても無理だ。
「お、おう」
来て早々二杯を空け、三杯目を頼んだ時のマスターと同じ顔でディノさんは頷いた。もしかしたら、目が血走っているのかもしれない。
「何かあったの?」
「変態にそう呼ばれたの」
「変態? イロハ絡まれたの? どこのどいつ?」
すっと細められた黄緑色の瞳を最近どこかで見た気がする。
いつもの愛らしい声とは裏腹に、メルの声は低く凄みを帯びていた。やべぇ。スイッチ入れてしまったかもしれない。
「バーンハードとかいうナルシスト野郎」
「……まさか、ポシボ堂オーナーのバーンハード?」
「ナルシストでバーンハードっつったら、ポシボ堂んとこのバーンハードしかいねぇだろ」
……ポシボ堂のオーナー? あの変態野郎が?
えっ? ヘッドハンティング部的なところからどころか、頭が直接ウチに来たの。なんでだ。
「流石に、ボクでもポシボ堂は潰せないなぁ。バーンハード馬鹿に見えて、手強いし」
「物騒なこと言うんじぇねぇよ。お前、守る側だろ」
「ボクが守るのは、商人ギルドに登録している真っ当なお店だよ。イロハに変態行為を働く奴は対象外」
「私情挟み過ぎだ」
「しじょう? ボクまだ子どもだから、難しい言葉わかんない」
「一年で卒業したやつが何を言う」
天は一体彼に何物与えたんだ……
愛され過ぎている。
愛され少年は、わざとらしくポンと手を打った。
「あっ、そうそう。守るで思い出したけど、イロハの店に押しかけた男いたでしょ?」
「ああ、エクトルさんが捕まえてくれた人ね」
「……エクトル? 誰、それ」
「恩人?」
「ふーん、まぁいいや。その男ね、出禁になったから」
出禁。
出入り禁止。
言葉通りの意味なんだけど、商人ギルドで出禁になるということは、商人ギルドに登録している店全てに出入り禁止になる。買い物はもちろん、店に入ることすら出来ない。もし、店に入ろうものなら即商人ギルドの警護部が来る。
識別は完璧といってよく、余程のレベルの魔法師でない限り破ることが出来ない魔法によって出入りが管理されている。
「アプマーシュで?」
「総本部承認済みっ」
ギルドというのは、街ごとに支部があり、それぞれある程度の裁量が与えられていて、街ごとの決まりを作ることが出来る。総本部は、街ごとにある支部をまとめ、与えられた裁量以上のことをしていないか監視している機関だ。そして、世界全土共通の決まり事を作ることが出来る。
アプマーシュ商人ギルド支部承認のルールではなく、総本部ということは世界全店のギルド登録店で買い物が出来なくなるということだ。そうなれば、闇市とかを利用するしかない。
「処罰、重すぎない?」
「イロハを殺そうとしたんだから、当然でしょ」
「いやいやいや。重過ぎよ、私生きてるから」
「というのは、半分冗談で前科いっぱいあったんだよねー。大小合わせて両手両足の指じゃ足りないくらい」
ですよねー。
出禁なんて、商人ギルド支部の裁量でも早々出されるものじゃないし。
「イロハ、大手柄だよ。捕まえちゃったんだから」
「だから、捕まえたのは私じゃないよ」
「似たようなもんでしょ。もしかして、今日は祝杯に来たの?」
反対だ、反対。
まさか、そんな大事になっているなんて知らなかったし……
個人的には、借金の方が大惨事だし……
「イロハ? 困ってることがあるなら、相談に乗るよ」
「そうだ、そうだ。オジサンに話しちまえ」
年下と出会ったばかりの人だけど、一千万の借金を胸に秘めておくのは重すぎる。
解決に至らずとも、胸の重しは楽になるだろう。この時はそう思った。
「実は、変態に一千万の借金が出来てしまって……ヤケ酒を」
沈黙が降りた。
やっぱり、借金持ちなんて引かれるんだ……
自然と項垂れる格好になってしまうのは、仕方ないだろう。
「一千万?」
「一千万」
「そんなの一週間もあれば返せるでしょ」
「いや、ちょっと街の外に出ればすぐだぞ」
顔を上げれば、きょとんとした二つの顔と出会った。
奴らは本気で言っている。
神に愛される天才さまと、剣なら天才さまにも勝っちゃう腕っぷし自慢のオジサンに打ち明けた私がバカだった。一週間あっても返せないし、街の外に出れば死んでしまうから困っているのに……
「ソウネー。戯言だったわ、忘れて」
遣る瀬無い気持ちを癒すにはお酒しかない。
酔えればいいけど、トリップ特典なのか、元々の体質なのかザルな私には無理な話だ。せっかくおごってくれる人がいるのだから、せめて美味しいお酒の味を楽しもう。
「ディノさん、もう一杯」
「おう、飲め飲め」
「イロハ、ほどほどにね」
あー、お酒が、美味しいなぁー。
その頃のダンくんたち
「保存食って……偉大だよな」




