12 イロハ、誘われる
留守番七日目。
本日はお休みだ。
そして、私は絶賛反省中。
「売上……ヤバい……ヤバいってもんじゃない……マジで……」
昨日の二十万はイレギュラーケースだから置いておいて、今週の売り上げを計算してみた。これまでは知らないけど、上がっているはずだ。なのに……
どうしよう。なんていうか……言いたくないけど、店として終わってる。採算取れてない。お手紙書くべきかな……いや、手紙は毎日かいてるけど。元気ですって書いてるけど。
おじいちゃん、おばあちゃん……もしかして、貯金を切り崩して生活してたの? そんな中、私のこと拾ってくれたの?
せっかく、出来た制服の試着をしていたのに……気分は最悪だ。制服縫ってる場合じゃない。
ふとした思いつきで、売上計算したのが運の尽き。制服着て浮かれてた気分が一瞬で飛んだ。昨夜の寒気はコレを暗示していたのかもしれない。
どうしよう……仕入増やしても売れないんじゃ意味ないし。どう足掻いても顧客を増やすしかない……
「ごめんください」
そんな中、誰か来た。
休日にわざわざ来るってことは、おじいちゃんかおばあちゃんの知り合いか、ご近所さんだろう……笑顔で対応しなきゃ。
「お待たせしました。……どちら様でしょう?」
扉の向こうにいたのは、きっちりと正装した男女だった。男性の方は、どこか気障な感じがする。髪の色は茶色でありふれていたけど、その顔は整っており、エクトルさんが王子様なら……彼はなんていうんだろう? ホスト? 甘い感じという点では同系なんだけど……んー、チャラいわけでもなくて――ああ、ナルシストっぽい。
対して、女性は、どこか冷たい感じがする美女だった。眼鏡をかけてて、右目の下には泣き黒子があり、エクトルさんに比べて茶色味が強い金髪の髪を結いあげている。仕事が出来そうな感じだ。腕っぷしも強いかも。あと、一言が強烈そう。
この世界、美男美女多くない? 素晴らしいね。
私が感動していると、男がおもむろに腕を広げた。鏡の前で練習しているんじゃないかってくらい、綺麗な角度だった。
「やぁ! イロハ嬢、迎えに来たよ!」
迷わず扉を閉めた。
これは、アレだ。変態の類だ。
見えちゃいかないナニカだ。
「イロハ嬢! 何故、閉めるんだい!?」
聞こえない。
何も、聞こえない。
「イロハ嬢! 僕の美声が聞こえないのかい? 早く出て来てその素敵な笑顔を見せておくれ!」
やっぱりナルシストじゃないか!
いや、ナルシストはどうでもいい。どうでもいいけど、なんなの、この人、怖い。トラウマになりそう。助けて、おじいちゃん、おばあちゃん!
「イロハ嬢! 恥ずかしがる必要はないんだよ! さぁ! 早く!」
あーあー、何も聞こえません!
「……バーンハード様、代わります」
「任せたよ、ソニヤくん」
代わらなくていいから、帰ってくれ。
頼むから、アレならポーションの一本くらいならあげるから帰ってくれ。頼む。
「私は、展望見込堂のソニヤと申します」
……敵?
なんで、豪邸の奴らが犬小屋に?
「貴女にお願いがあって参りました」
絶対、嘘だ。
大手が弱小にいい話を持ってくるわけがない。
大手というのは、中小を踏みにじるのだ。偏見? 偏見かもしれないけど、私はそう思ってる。
「開けて頂けませんか?」
「私には話なんてありません」
「貴女にとっても重要な話です」
嫌な予感しかしない。
しないけど、閉じこもってもいいことにはなりそうもない。
それに、聞かなかったら聞かなかったで気になりそうだし……ああ、完全に奴らの思う壺だ。
「……わかりました。ソニヤさんとでしたら話してもいいです」
「ありがとうございます」
「なんでだい! イロハ嬢! 僕の何が気に食わないというんだ!」
「バーンハード様は少し黙っていてください」
ソニヤさんはこれまでもバーンハードとやらで苦労したんだと思う。あしらい方が手馴れてる。
そっと扉を開けたけど、無理矢理こじ開けられるようなことはなかった。
「話ってなんですか?」
「現在は、我々は現在ある計画を進行しています。その計画に、貴女にも是非参加して頂きたいのです」
いやいやいや。
なんで私が敵の為に頑張らにゃいかんのだ。
「嫌です」
「報酬は、毎月このくらい出させて頂く予定なのですが」
そう言って彼女が呈示したのは、ウチの売り上げの一か月分より多かった。正確には、今週の売り上げを四倍した物だけど。ちなみに、売上には原価なども含まれているので純利益はそれより少ない。私の給料……というかお小遣いはもっと少ない。
「お、お断りします!」
眩暈がするような額だったけど、揺るがないわ。
私は、おじいちゃんのお店を再建して恩返しするんだから。
「そうですか。ところで、こちらをご存知ですか?」
ソニヤさんが取り出したのは、紙切れだった。
嫌な文句の後に、おじいちゃんと知らない人の名前がサインされている。
「……」
「ご存じなかったようですね。では、借り主が失踪したこともご存じないのでは?」
おじいちゃん……なんで、借金の連帯保証人になっているの?
しかも、一千万E。
人がいいのは知ってたけど、連帯保証人だけはダメだよ。大抵逃げられるからね。事実、逃げられたしね。
どうしよう。一千万Eのあてなんて……見も知らぬ野郎を追いかけて、見つけ出して差し出せばいいのカナ……
「もし、ご協力いただけるならこちらは肩代わりさせて頂きたいと思います」
汚い。
計画とやらが何か知らないけど、参加するだけで一千万がチャラ。しかも、お給料は今じゃ考えられない程の金額。
お店を立て直すより、おじいちゃんたちに断然いい思いさせてあげられそう……
「イロハ嬢、心配しなくても、借金の権利書は僕が譲り受けてるから、利子が増えることはないよ。君はただ、僕の可愛い売り子になってくれればいいだけさ」
入って来るな、ナルシスト。
っていいたいけど、利権者様なんだよね……
コイツの言いなりはやだ。やだし、店は仕舞えない。
「一応お聞きしますけど、就業時間は?」
「平日終日です」
ですよねー。
それじゃ、ラシド屋に誰もいなくなってしまう。
……なんの打開策もないけど、乗るわけにはいかない。療養から戻ってきたら店がなくなっていたなんて……おじいちゃんとおばあちゃんに合せる顔がない。
「せっかくのお話ですが、お断りします」
「失礼ながら、一千万Eを返済出来る見込みはないかと」
「お言葉ですが、なんの策もなく断ったりしません」
嘘うそ。
けど、ここで引けないし、舐められたら終わりだと思う。
接客スマイルとも違う、私に出来る極上の笑みを浮かべてみせた。
「しかし――」
「なるほど! 君がそこまで言うのなら、一旦引こう。だがね、イロハ嬢、僕はいつでも君を待っているよ!」
待ってなくていいです。
奴は、ただのナルシストってわけじゃないらしい。一体何者なんだろう。たぶん、ナルシストの方が、ソニヤさんより立場が上だ……ヘッドハンティング部的なところの人達かな。
「良いのですか?」
「ああ、構わんさ! 必ず、イロハ嬢は僕のモノになるしね」
などという、恐ろしい会話をしながら、彼らは帰っていった。
……とりあえず、塩をまいておこう。




