11 イロハ、出かける
そろそろ店仕舞いをしようかと思っているところでベルが鳴った。
いつも閉める時間であるお昼も過ぎたし、ラッピング用紙を見に行きたいと思っていたところだったのだ。予定を狂わされるのは好きじゃないけど、客商売である限り仕方がない。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、イロハさん」
「……あっ、エクトルさん!」
どこの美丈夫が来たかと思ったらエクトルさんだった。普段の冒険者装備――鎧を着て長剣を下げた姿ではなく、街でよく見かける服装だったので、一瞬わからなかった。しかし、彼が着るとありふれたデザインも輝いて見えるのだから、恐ろしい。さすが、イケメン。
「今日は、鎧じゃないのね」
「街から出る予定がないので。……大丈夫そうですね」
……ん?
ああ、昨日大泣きしたやつか……
くっ、普段と違う服装に気を取られていて忘れてたけど……お、思い出すと恥ずかしい!
「その節はご迷惑おかけしました。もう、大丈夫」
「そうですか? ……顔色が」
どうせ真っ赤だよ!
うわぁあああん、エメリナさんのこと言えない!
そして、顔覗き込むのやめてください! 天然たらし怖い!
本当に、今まで何人の女の人を泣かせてきたやら……
「大・丈・夫! それより、お昼食べた?」
「まだです。イロハさんもまだなら、大通りのカフェにでも行きませんか?」
私ナンパされてる!
……という冗談は置いておき、とても魅力的なお誘いだ。大通りのカフェというのは、巷で人気のあの店だろう。美味しいお茶と料理はもちろん、お洒落で落ち着いた雰囲気が人気のアッドルチェンド。
一度行ってみたいと思っていた。思っていたけど、私にはふたつの障害があった。
その一、女の子同士か……カップルが多い。
何を隠そう、私には友達が……うん、いなくはない。いなくはないけど、一緒にカフェに行く感じじゃない。彼氏など……ふふっ。
その二、お高い。
高級感が売りなのだ。当然、ひとつひとつがお高い。私、お金ない。
うー、でも行きたい!
せっかくの機会だし、殿方とお出かけなど……せっかくの機会過ぎる。しかも、相手はイケメン紳士だ。勿体無い。
「アッドルチェンドよね?」
「はい。行ったことありますか?」
「ないです……ないんですけど……」
お金もないんです。
なんて、言えない。
「あ、もしかしてお店空けられませんか?」
「ううん、土曜日はもうお店閉めるけど……」
「出しますよ?」
「えっ!」
タダ飯ほど美味しいモノは無い。無いけど、流石に昨日助けて頂いた恩人に出してもらうのは……エクトルさんだってお金ないんじゃ?
「冒険者って結構、実入りがいいんです」
そういえば、前より良い物着てる気がする……まぁ、前の服がかなり寂れていたのもあるけど。
エクトルさんは相当強い。正確なところはわかならないけど、中級――いや、上級冒険者くらいの腕前はありそう。……と、言うのがひよっこ商人の会見だ。
それは、儲かるだろう……
強い魔物の部位はいい値が付くから、討伐ついでに持ち帰ってくれば……羨ましくて眩暈がする。
「疲れた時には、甘いモノがいいって言いますし。どうですか?」
「……ご一緒します」
そして、甘味の誘惑とエクトルさんの笑顔には勝てない。
――――
「静かなところだと伺っていましたが、賑やかですね」
「……賑やかなのは苦手?」
賑やかな主な理由は、貴方だけどね。
とは言えずに、苦笑いした。
土曜日の昼時ということもあり、アッドルチェンドは混んでいたけど、それほど待たずに入ることが出来た。
入った瞬間のざわめきようは凄かった。女性客が多いせいもあるけど、コソコソしたモノ、不躾なモノ様々な視線が集まった。その後、私を見て息を吐いていた人も多い。……その溜息は、「女連れかよ」ってことでいいんだよね? 鼻で笑われたわけじゃないよね?
「いえ、皆さん、楽しそうで良い雰囲気ですね」
「そ、そうだね」
私は若干視線が痛いけど。
肉食系なお姉さまやら、お嬢さまやらの。
勝てるかどうか品定めされてる……どうせ貧相だよ。放っておいてよ。
「イロハさん、何にします?」
「えっ、あー、どうしよう。いろいろあって迷うわ」
周りの思惑はともかく楽しまなきゃ!
せっかく来れたんだし、次いつ来れるかわからないし。
メニューは、豊富だ。特にお茶と甘味が充実している。どうしよう、お茶の種類全然わからん!
「このお茶おススメですよ」
エクトルさんが指したのは、香茶――ハーブティのカモミールだ。厳密には違うかもしれなけど、向こうの世界でいうカモミールと同じ味のハーブ。私は結構好き。
「気持ちが落ち着きます」
「じゃあ、それにしようかな。おススメの甘味ある?」
「……甘い物はあまり食べないので」
エクトルさんは少し考えた後で、困ったように眉を下げた。それすら様になる。店内で微かに黄色い悲鳴が上がった。気持ちはわかるけど、ね。
「そうなの。じゃあ……コレにしようかな……んー、あ、嘘。やっぱり、こっち。エクトルさん、決まった?」
「はい」
店員さんを呼び、注文をする。ちなみにこの世界はチップ制じゃない。様式とかは西洋風だけど。正直、よくわからないし、面倒そうだから助かった。
料理を待つ間は、他愛もない話をした。
主に、エクトルさんの冒険の話だ。冒険譚っていうのは燃える。
今は巨大スライムと遭遇した話だった。なんでも、辺りにいたスライムというスライムを吸収し、家より大きくなったらしい。
ゲームでは雑魚なスライムだけど、現実では少々厄介で、嫌われモノだった。基本切っても戻るし、種類によっては増える。かといって燃やせばいいかというとそれも微妙で、爆発するのがいる。結果的には倒せるけど、こっちも無事じゃない。今まで聞いた話の中で、一番わけがわからないと思ったのが、凍らせた時。何故か膨れ上がり、千切れて増殖したらしい。何それ、怖い。
そんなわけで、種類を見極め、慎重に対処しないといけない。見極めちゃえば簡単なんだけどね。
まぁ、スライムが最も嫌がられる理由は、見極めるまで面倒な割に、倒しても持って帰れる部位が少ないこと。核くらいしかなくて、実入りが少ないことだった。
「えっ、それひとりで倒しちゃったの? どうやって?」
「……爆発覚悟で火を放しました」
「無事ってことは爆発しなかったの?」
「防護魔法も使えますから」
曖昧な笑顔で彼は言ったけど、それは爆発したとも取れる。一体何が、そうまでして彼を巨大スライムに立ち向かわせたのか……
「……本来なら、退却するところですけどね。退路がなかったもので。ひとりでは、いざという時に困りますね」
責めているわけじゃないのに、エクトルさんはそう付け足した。そんなにじと目で見てたかな。
しかし、エクトルさんに仲間が出来るとしたら、美女だろうか? もしくは、美少女。よくある感じのハーレムとか? もしくは、美男子ばかりのイケメン集団として女性たちを虜にするアイドル集団とか?
どっちにしろ、うわさの的になりそう。
「――さん、イロハさん」
「っ!? あ、は、はい!」
「料理来てますよ」
「あっ、ほ、ホント! わぁ、美味しそう」
空想の世界に飛び立っていたら、エクトルさんに覗き込まれていた。心配そうに青い瞳が揺れている。
大丈夫。別に頭がおかしくなったわけじゃない。
ちょっと、乙女チックな空想に耽っていただけ。
「……外に出た方が、気が紛れるかと思ったんですが、無理させてしまったみたいですね」
ふぇ?
……ん?
もしかして、昨日のアレコレ?
どうしよう。引きずっていないどころか、貴方で妄想してただけなんだけど……申し訳なさすぎる。トラウマになるどころか、だいたいのことは涙と一緒に流れていってしまった。
ここは、取り繕うべきかな。……白々しいことにしかならなそう。虚勢を張るのは得意だけど、その……女らしくよよよって出来る気がしない。
「別に無理してないよ」
「ですが、心ここにあらずといった感じでしたし……」
ごめんなさい!
間違ってないけど、違うの! ごめんなさい!
「無理せずに、もう帰った方が――」
「食べます!」
「えっ?」
やってしまった。
目の前で美味しそうなごはんのお預けをくらうかと思ったら、思わずやってしまった。
「私、食べて、元気出します!」
「ふふっ、そうですか。じゃあ、沢山食べて、お家に帰ってゆっくり休んでください」
「うん!」
呆気にとられていたエクトルさんは柔らかく笑った。男の人に、この表現を使うことになるとは思わなかったけど、花が咲くような笑みだった。
料理もお茶もうわさ以上に美味しい。満足。
ただ、しばらく来れないと思うと寂しい。……お店を再建したら、毎日通ってやる。
食べ終わって、一心地ついたところで店を出た。過保護というか、紳士的と言うべきなんだろう。エクトルさんは家まで送ってくれた。
本当は、包装紙を見に行きたかったけど仕方がない。
楽しかったし、ね。
こうして、私の異世界初デートは幕を閉じたのだった。




