10 イロハ、引かれる
留守番六日目は、雲行きが怪しかった。
比喩ではなく、天気が悪い的な意味で。
「これはー、お客様が見込めないやつですねぇー、やだー」
昨日は大変だったけど、寝たら大体忘れた。……大泣きした恥ずかしさも、多少は……うん。
さて、今日は日本で言う土曜日である。
ラシド屋は、土曜日は半休となっていて、午前で店を閉めて、午後に在庫調査をする。明日、日曜日はお休みだ。
こっちの世界では、日曜日は各ギルドと酒場、宿屋、娯楽施設を除いて全てお休みとなる。各ギルドも支部がある場合は、持ち回りのひとつを除いて他は休みになる。なんでも、昔からのしきたりで、日曜日はお店を閉めるものらしい。しっかり休んで翌週に備えろということだろう。
ラシド屋も、商人ギルドに登録している真っ当なお店なので日曜日は休みだ。
話が逸れたけど、土曜日に在庫調査をし、日曜日に休んで、月曜日に不足分を発注することになる。
本当は午後になってから在庫調査するんだけど、この天気なら集客は見込めない。朝のピークも過ぎたし……今のうちに在庫調査してしまおうかな。
もしかしたら、エクトルさんが来るかもしれないし。
……あー、まともに顔見れなかったらどうしよう。絶対、大泣きしたこと思い出す! うあぁあ、転げまわりたい!
――――
大して減っていない在庫調査を終えるのに、それほど時間はかからなかった。……普段からすれば、結構減ってるけどね? 今週私、頑張ったよ、うん。
自分を慰めていると、涼やかなベルの音が鳴った。やっぱりいい音。
「いらっしゃいませ!」
しかし、そこにいたのは、予想した人物ではなく、冒険とは程遠いであろう少女だった。
勝ち気な印象を受ける彼女は、十代半ば――ダン君たちと同じくらいの年だろう。ツインテールにしているのは、緑色の髪。私からすると珍しすぎる色だが、こっちではそれほど珍しくない。私の黒髪の方が珍しいくらいだ。さすが、異世界。
彼女は、勝ち気な印象の主な原因である黄緑色の吊り目を細める。その様子に既視感を覚えたが、その理由を掴めなかった。
「犬小屋みたいな店ね」
本日の貴重なお客様はそう言い放った。
きっとお嬢様とか、そんな感じなのだろう。
ここは、大人として聞き流してあげることにした。
「何かお探しですか?」
展望見込堂のような豪邸ではなく、わざわざ犬小屋に来るくらいである。きっと、そこでは手に入らない――もしくは買いにくいモノを探しているのだろう。
「装飾品ならなんでもいいわ。どうせ、大した物は置いてないでしょうけど」
この子、絶対ケンカ売りに来てる。
ある意味、昨日の強請りより性質悪い。一応お客様だから、下手なこと出来ないし。
「装飾品でしたらこちらに」
装飾品は、カウンター横のガラスケースに入れてある。
ウチで一番高価なのは、装飾品だからだ。魔力を込める前のモノはそれほどの値でもないけど、おばあちゃんが魔力を込めた装飾品はかなり良い出来で価値があるらしい。昔、街から街へ旅をしている冒険者の人が掘り出し物だと騒いでいた。
もっとも、大抵の冒険者はポーションなどの消耗品を補充していくだけで、犬小屋規模の装飾品には見向きもしない。
……別に、犬小屋って言われたこと、気にしてない。
「……案外悪くないデザインね」
やったね! アクセサリー屋のお姉さん!
たぶん、彼女の言葉の続きには“犬小屋には勿体無いくらいだわ”ってつくのだろう。
「ありがとうございます。どの様な効果のモノをお探しですか?」
「使い捨てじゃなきゃなんでもよかったんだけど……」
使い捨てしかないとでも思っていたのか。もしくは、あっても一、二個しか繰り返し使えるのがないとでも思っていたのか。
「もしかして、プレゼントですか?」
「そうよ。冒険者になる彼にあげるの。出来るだけ、身近に持っていて貰えるモノがいいわ」
リア充か。
最近の若い子は……別に羨ましくはないけど。なんだか、妬ましい。今のところ、色恋沙汰には縁がないし……
「でしたら、おススメの魔法具がありますよ」
ケースから取り出したのは、ドッグタグみたいなペンダントだ。プレートには小さな石が付いていて、そこに魔法が込められている。石は確か、空墨石。空の様な澄んだ色に墨を流したような模様がある石だ。向こうで言うターコイズに似ていて、防御系の魔法と相性がいいらしい。
「どんな魔法が入っているの?」
「持ち主が受けきれないダメージを無効化する魔法が入っています。中級魔物程度なら、受けきれますよ」
全てのダメージを無効化する魔法も込められなくはないらしいけど、それだと魔法具に込めた魔力がすぐに尽きてしまう。だから、持ち主が受けきれないダメージを感知して無力化するらしい。込めないといけない魔力は大きいけど、中級魔物の攻撃くらいなら無効化出来るとのこと。
……中級魔物の攻撃くらいってなんか凄そうだけど、嘘じゃない。ちゃんと生産ギルドの審査も通っていて、その宣伝文句をつけていいと許可が出ている。
余談だけど、相手の攻撃に反応して発動するから、一応カウンター系統魔法になるらしい。魔法の級は無級。詳しくは知らないけど、魔法にも流派があって、流派によって等級のつけ方が変わるらしい。どの流派にも与さないものだと、無級――つまり、未分類になる。
「……本当に?」
胡散臭そうな視線が返って来た。無理もない。犬小屋ごときにあるには上等な品だろう。
ケースの下の引き出しに入っていた証明書を取り出して、彼女に見せてやる。
「審査も通っております」
「……ギルド長お墨付きですって?」
ギルド長がなんとかって言っていたけど、よく聞こえなかった。お客様のひとりごとに対して、聞き返すのは失礼だろう。
ただ、その黄緑の瞳を見開いている姿から驚いていることはわかる。
「買うわ。いくら?」
「十万Eです」
正直、かなり吹っかけた。お嬢様っぽいし。
原価は、五千Eとおばあちゃんの魔力である。
「……はっ? こ、これが十万E?」
「はい」
「あんた、正気なの? 本当に十万Eでいいの?」
えっ?
何言ってるんだろう、この子。
おばあちゃんは、二、三万で売れればいいねーって感じだったのに……なんで私は、正気を疑われているの?
もしかして、もっと高く売れるの? 百万くらい吹っかけちゃう?
……落ち着け。ここでは、それが当然だという感じでやり過ごそう。物の価値もわからないと思われては沽券に関わる。
「はい。制作者の方の意向もありまして」
「……じゃあ、二十万Eで買うわ」
「ですが――」
「素晴らしい物はそれに見合った価格で取引されるべきよ。本当なら、全然釣り合わないけど、制作者の方に敬意を払って倍の値段にしておいてあげる」
か、かっこいい!
口調は生意気だけど、私なんかより断然商人っぽい……
「……でしたら、二十万Eでお譲りいたします」
商談はまとまったけど、お客様に値上げ交渉される店員ってどうなんだろうね……勉強不足は認めなければならない。反省。装飾品はじめ魔法具は全然わからないから、勉強しなきゃ。
一人前の商売人のような風格で、素晴らしい物に見合った価格を付けるべきと語っていた少女は、手に入れた品を大切そうに抱えていた。その様は、その年に見合った恋する少女そのもの。……やっぱり、羨ましいかも。
しかし、幸せそうに出て行った少女は三秒後に戻って来た。その顔は真っ赤である。
「あ、あんたに聞きたいことがあるんだけど!」
こ、今度はなんだ。
またケンカでも売りに来たのか。
「なんでしょう?」
「そ、その……ど、どうやって渡したらいいと思う?」
耳まで真っ赤にして目に涙を浮かべている姿は、恋する乙女過ぎて、眩しい。どうしよう、溶けそう……眩し過ぎて溶けそう……日の光にあたった吸血鬼の気分だ。
だが、それは道具屋の店員に聞くことじゃない。
「そ、そのまま渡すのもそっけないじゃない!? そ、そそそそそれに受け取ってもらえなかったら困るし! ま、万が一? 世界が滅亡するくらいありえないけど、受け取って貰えなかったら、も、もったいないじゃない!? ここで買ったのなら大丈夫だと思うんだけど!」
「と、とりあえず落ち着いて」
どうやら、典型的なツンデレ娘だったらしい。お嬢様でツンデレツインテ……テンプレだ。
のぼせ上がっている少女を、カウンターの後ろにある椅子を引っ張り出して来て座らせた。喉が渇く度に自宅まで行くのはめんどくさいので、いつも用意してある水差しのお茶をコップに入れて渡してやると、幾分か落ち着いたようだ。
「……ありがとう」
「どういたしまして。彼のこと、大好きなんですね」
やべっ。あたり障りのない会話をしようとしたのに、少女はまた耳まで真っ赤になってしまった。煙が出そう……
「そ、そうよ……悪い?」
「いえ。よろしければ、『ラッピング』しましょうか?」
「ら、らっぴ……?」
ああ、プレゼントラッピングの文化ないんだった。
「えっと、プレゼントですし、綺麗に包装するのはいかがでしょう? メッセージカードも付ければお気持ちが伝わると思いますよ」
こっちの世界では、お店でプレゼント用に包装してくれるところはない。贈る時に、箱に入れてリボンを掛けることはあるけど、包装用紙で包むことはあまり流行っていない。というか、包装する文化がない。
そして、このツンデレ具合からすると、言葉では上手く言えない可能性が高そうなので、文字にしておくのが吉だと思う。
「……そうね。あんた出来るの?」
「簡単に、ですが」
「そう。お代はいくら?」
「お客様の先程の話に勉強させて頂きましたので、私からの気持ちということで」
「……エメリナよ。お客様じゃなくてエメリナ。あんたは?」
「イロハです」
「……綺麗に包んでね、イロハ」
おおっ、デレた!
くっ、ツンデレのデレは強烈だ。彼氏くん羨ましい。見たこともない人を妬ましいと思う日が来るとは……
エメリナさんにカードとペンを渡して、進物用包装に取り掛かる。カードはメモ帳に使っている紙をハサミと小型ナイフで加工した即席のモノだけど、結構可愛く出来た。
彼女は驚いていたけど、こう見えて私は器用なのだ。
ラッピングだって、ほら。箱に入れて、手順通り包装紙で包めば、正包装の完成だ。正包装というのは、デパートとかで頼むとやってくれるアレ。高級感あるけど、慣れれば簡単だったりする。
包装紙は、たまたまあった小奇麗な紙を使ったけど悪くない。
「意外と器用なのね」
「お気に召しました?」
「ええ。……本当にお代はいいの?」
「はい。先程のお話と……エメリナさんを応援する私の気持ちだと思ってください」
「あ、ありがとう」
ほんのりと頬を染める姿は可愛い。
ギャップ萌えというやつだろうか、ツンデレ怖い。
エメリナさんを見送った私は、彼女に渡したカードとそれより二回りくらい大きい紙を取り出した。
書く内容は決まっている。
【大切な人への贈物、包装いたします。
メッセージカード 50E
ラッピング 50E~
ラッピング内容はご相談ください】
メッセージカードの見本とラッピングの見本を並べる。本当は包装紙も並べたいけど、まだないので保留。リボンとかも用意したいな。
日本だと無料なところが多いけど、こっちには包装サービスの文化がないので原価くらいはいただけるお値段設定にした。ラッピングは包装紙の種類とリボンの種類によってお値段を変える予定だ。
ふふっ。エメリナさんに感謝!
はしがき補足
今回いろはが売った装飾品は相場で五百万くらい。
魔物の等級
最下級→下級→中級→上級→最上級→魔王級(四天王的なの)→魔王
※でも組織ではない
※魔王級 = 魔王と同等か少し劣る程度
魔術の等級
初級→中級→上級
更に各級の中で5~10個くらいの段階に分類される(流派による)
初級ノ一 初級ノ二 (数が少ない方が良い)
未分類はピンキリで、子供だましから伝説級まで
主に複数流派を習得している者や、破門されている者、流派による認定をめんどくさがっている者が創造した魔法がコレになる
※14/12/08修正
ターコイズから空墨石に変更しました。
変更に伴い描写を追加しています。
15/05/08修正
誤字修正しました。
ご報告ありがとうございます。




