第三話 犬猿の仲?
お父様に連れられ応接室へ行くと、ソファに品よく腰掛ける美青年がいた。彼は立ち上がり丁寧に礼をすると蕩けるように甘く笑んで口を開いた。
「久しぶり、クロエ。覚えてる?アーサーだよ、アーサー・フェアモント」
「えっ…あ!アーサー様!お久しぶりです」
アーサーという名前、プラチナブロンドの髪、木漏れ日の下で波立つ海のような穏やかな瞳。彼がかつて教会で出会った気弱な少年と結びつくのに、そう時間はかからなかった。
「お元気でしたか?会っていないうちに立派になられて…なんて同い年の私がいうことではないでしょうか」
「ふふ。あなたは変わらないね。ずっと僕の好きなクロエのままだ」
「もう、冗談がお上手ですね…」
「あなたが公爵家に引き取られたと聞いて驚いたよ。けれどこれでやっとあなたに伝えられる」
彼は突然跪いて、私の手を取った。理解が追いつかない私に彼が続ける。
「クロエ、僕のこんy」
唐突に彼の言葉が遮られた。
「お姉様!」
「ノ、ノエル様?どうなさったのですか、アーサー様のお話中でしたでしょう?」
「すみません、クロエお姉様。でも私、アーサー様のことよく知りませんの。お姉様のご友人?」
「あ、あぁ、そうですね。えっと彼は」
「これはこれは失礼しました、ノエル様。僕はアーサー・フェアモント。クロエ様は友人であり、恩人であり、僕の特別な人でして。初めて会ったのは5つの頃でしたから、もう長い付き合いなのです」
「なるほど、こちらこそ自己紹介が遅れて申し訳ありません。ご存知かと思いますが、私はノエル・スチュワート。クロエお姉様の妹、つまりは家族です。お姉様のご友人とお会いすることができて、非常に光栄ですわ」
なんだろう、折り合いが悪いのか、2人の間に流れる雰囲気は穏やかじゃない。少し離れて見守っていたお父様とお母様は「あとは若いものに任せようか」と笑顔で部屋から出ていった。自由にも程があります…。とりあえず2人には仲良くしてもらわなくては。
「ノエル様、アーサー様は幼馴染のような方です。久しく会えていなかったので、数年ぶりの再会にはなりますが」
「そうなのですね!私、お姉様が取られてしまうかと思って、不安になって…」
きっと妬いてくれたのだろう。かわいいなぁと思いながら、大丈夫ですよと彼女の頭を撫でる。
「アーサー様はただの友人ですから。私なんかを取ることはありませんよ」
「えっ、」
「クロエお姉様はとっても素敵な方ですよ!私はお姉様が大好きです!でも、そうですよね、アーサー様はあくまでお姉様のただの友人ですものね!」
アーサー様の方から舌打ちが聞こえた気がして、慌てて振り返る。しかし、そこにいたのは、変わらず甘い微笑みを携えた美青年だった。気のせいだと思い直し、彼にも話をふる。
「それで…先ほどは遮ってしまいましたが、本日はどのようなご用で…?」
「あぁ…それなのだが…」
彼は少し考えるそぶりを見せたあと、ノエル様に視線をむけ、ぼそっと何かを呟いた。私には聞こえなかったそれを聞き返すと、彼はなんでもないと笑った。
「本題に入る前に、ノエル様と少しだけ2人で話をしてもいいだろうか」
「2人、ですか」
「あぁ、公爵夫妻へは挨拶したことがあるのですが、ノエル様とは初対面なので、あなたの家族になった方とお話ししてみたいのです」
「…」
「お姉様、私は大丈夫です。というか、私もちょうどそうしたいところでしたの。受けてたちますわ」
(受けてたつ…??)
「それなら、わかりました、私はしばらく退室しておりますね」
「えぇ、お任せください。このノエルが、お姉様の大切なご友人をおもてなしします」
「ふふふ。頼りになります。ですがご無理はなさらないようにお願いしますね」
アーサー様の方に向き直って小声で伝える。
「アーサー様、ノエル様は目が見えないのです。それにこの子は無理しがちなところがあるので…気にかけてあげてください」
彼が首肯するのを見届け、失礼しますと一礼して部屋を出た。
部屋にはメイドもいたし、アーサー様も信頼できない人じゃない。だが、ノエル様をお母様もいない場所に置いてくるのはやっぱり不安だった。
(私って過保護なのかしら…ノエル様があんまり懐いてくれるから思わず年上ぶってしまうのかもしれないわね)
出会って1ヶ月も経ってないのに、私は随分かわいい妹に絆されてしまったらしい。ずっと不安な気持ちでいても仕方ないと心を入れ替えるように深呼吸を2度。予想外に1人の時間ができてしまった。私付きのメイドのレナさんと話しながら廊下を歩く。
「レナさん、アーサー様って魔法使えるのかしら」
「えぇ、確か石魔法と水魔法だったかと。石魔法の適性が出てからは隣国へ留学に行かれていたと記憶しています」
「えっ!彼も石魔法?しかも2属性?」
「はい。ノエルお嬢様といい、アーサー様といい、今世代は石魔法の使い手が多いのです」
「そう…」
(私も早く属性魔法が使えるようにならなければ。スチュワート公爵家は国内でもトップレベルの名家。それに養子とはいえ現時点での長女は私なのだ。間違っても家名に泥を塗ることなどあってはならない。お父様もお母様も決して強いたりしないが、このままでは私がこの家の邪魔になってしまう。私がはやく魔法を使いこなせるようになれば…)
黙り込んだ私を見たレナさんは、立ち止まって私の前で膝を折った。
「クロエお嬢様。私は、元々この家に仕えていたメイドです。クロエ様が来られるまで、ノエル様が誰かに心を開くことはほとんどありませんでした。今のような明るい笑顔を見られるようになったのは、まごうことなくあなた様のおかげなのですよ」
「レナさん…」
「身の上話で申し訳ありませんが、私、実は娘を一度死産しているんです。クロエ様が孤児だったと聞いてぜひお支えしたいと思い、お付きのメイドに立候補したのです。母と思ってなんて恐れ多いことはいいません。ですが、困ったことがあれば教えてください。できる限り、力になります」
メイドには出過ぎたことでしょうか、と笑う彼女の言葉に肩の力が抜ける思いだった。背負っていた重い荷物がなくなったような、そんな気持ちだった。
「…いいえ。レナさん、いやレナ。ありがとう」
「!…クロエお嬢様」
「もう2人のお話も終わった頃かしらね」
「はい、部屋へ戻りましょうか」
「そうね」




