第二話 公爵家での生活
「クロエお姉様、本を読んでくださいな!」
「わかりました。私でよければ」
「もう!お姉様は敬語でなくても良いのです。だってお姉様なのですから!」
「ノエル様…そうは言ってももう癖のようなものでして…」
「あっまたノエル様なんて!ノエルとお呼びください。寂しいではないですか…」
「ノエル様だってお姉様なんて…私には勿体無い呼び名ですよ。それに私がそのお顔に弱いと知っていますよね!」
「えへへ」
私がスチュワート公爵家に養子入りしてから数週間。優しい家の皆さんに囲まれて、私はこの雰囲気に馴染みつつあった。
(それにしてもノエル様、こんなに明るいお人柄だったのね。それほど心を開いてくださったということなのかしら)
嬉しいようなこそばゆいような感情が胸を満たす。彼女が寄せてくれる信頼に応えられるように、良い姉になれればと改めて思った。
引き取られてからすぐに私は魔力検査を受けた。
魔力を持って生まれるのは全体の7割ほどでそれぞれ何かしらの魔法属性に適性がある。属性は8つ。火、風、水、土、光、闇、石、花。多くは火、風、水、土、いずれかの使い手だ。花魔法はあまりの少なさに化石化して今では伝説の魔法となり、その詳細は謎に包まれている。次に希少性が高いのは石魔法。これは現存する魔法属性の中で最も強力。使い手は各々生成できる鉱石が異なり、鉱石によって魔法の効能も違う。それについで希少な光と闇は、それぞれ守護と支配を得意とする傾向にあり、対となるような属性だ。魔力量は生まれ持ったものだが、属性はそれに加えて本人の性格や周りの環境なども大きく影響すると言われ、いつ明確な属性が出るかは人それぞれ。
今回の検査で出た私の結果は、人よりかなり魔力量が多いものの未だ無属性というものだった。
(ノエル様は属性が出るのがはやかったのよね。それに石と光の2属性持ち。どちらも希少で強力な魔法…)
彼女は盲目だ。魔力は豊富ながら自分の魔法を見ることができない分、魔法を使うことに慎重になりすぎる気がある。無闇矢鱈に使いまくるよりはいいんだろうが、何かイマイチ彼女自身の持つ力を使いこなせていないような。そんなふうに思ってしまうのは少し考え過ぎだろうか。私が彼女を支えなければ。そのためにはやはり彼女が遠慮なく魔法を使えるように私も成長せねば…無属性のままでは属性を持つ者に対抗することは難しい。ノエル様が家を継ぐまでに少しでも憂いを減らせるように…
「…ぇさま……ねえさま…お姉様!!」
大きな声にハッとして顔を上げる。いじけた表情で頬を膨らましながら私を呼ぶノエル様に慌てて言葉を返す。
「すみません!どうかなさいましたか?」
「お姉様、大丈夫ですか?体調がすぐれないようであればお部屋で一緒にお昼寝でも…」
「…いえ。ご心配おかけしてすみません。私は平気ですよ」
「ノエル、クロエ」
「お母様!」
「ふふ。ノエルは本当に耳がいいわねぇ。声だけでわかっちゃったの?」
「ええ!お父様もお母様もクロエお姉様も、大好きな人の声は忘れません」
「あら、私まで。ありがとうございます、ノエル様」
「クロエも謙遜しすぎよ。もう私たちの大切な家族なんだから、もっと肩の力を抜いていいのよ」
「お母様…ありがとうございます」
公爵夫人は前々から教会でお会いしたことがあったが、お母様となった今もそのときと変わらず優しい人だ。いるだけで空気が和らぐ独特の雰囲気はノエル様と同じで、親子なんだなぁと実感する。あたたかなムードに包まれる中、お母様は控えていたメイドに声をかけ、大きな皿を持ってこさせた。テーブルに置かれたそれを覗くと、焼きたての可愛らしいクッキーがたくさん乗っていた。
「ノエル様!クッキーですよ。すごく美味しそうです」
「クッキー!私大好きなの。ねぇお姉様、今日はどんな形のクッキー?」
「えっと…くまさんとお花の形のようです」
前にお母様が話してくれた。ノエル様はお菓子が好きだったが、家で出すのはシンプルな形のものばかりだったという。目で楽しむものを目が見えない彼女に出すのはかわいそうだというお母様なりの配慮だったそうだ。だが私が家に来てから、彼女は私にあらゆるものの形や色を楽しそうに尋ねるようになった。それをみて、今までの配慮がかえって彼女の行動の可能性を狭めているのかもしれないと思ったそう。お花のクッキーが食べたい!と笑うノエル様に優しく微笑むお母様を見ると、私まで心が満たされるようだった。
「ねぇ、お姉様はどっちを食べるの?」
「じゃあ私はくまさんのクッキーを」
「お姉様、あーんして!あーん!」
可愛いお願いにくすりと笑いながら、お花のクッキーを彼女の口元に差し出す。
「はい、あーん」
「ん!おいしい〜!」
彼女の口元についたかすをお母様が拭う。私もくまさんのクッキーを口に含むと、程よい甘さと香ばしいバターの香りがたまらなくおいしかった。
「クロエ、あなたも」
口をさっと拭ってくれるお母様に、子供っぽいかもと少し恥ずかしくなったが、おとなしくされるがままになる。
そのとき、ノックと共にお父様が入ってきた。
「楽しんでいたところすまないね」
「いえ、あなた。どうかなさったの?」
「あぁ、クロエにお客様だよ」
「私に?」
「フェアモント侯爵家の四男様のようだ。知り合いのようだったが、心当たりはあるかい?」
「うーん。教会では何度か貴族様が来られることはありましたが、全ては覚えていなくって…もしかしたら幼い頃に来てくださった方でしょうか」
「それなら、とりあえず会ってみようか。同い年のはずだから、将来婚約者になるかもしれないしね」
「えっ」
声をあげたのは意外にもノエル様だった。
「お姉様の婚約者になるかもしれない方…ですか?」
「あぁ、年も近いしノエルのかもしれないけどね。とはいっても、今のところは考えてないからそんなに緊張する必要はない。向こうもそこまで考えてないだろう」
「……あの、私も一緒に行ってはなりませんか?」
「ノエル様も?」
「別に構わないが…ノエルが自分から人に会いたいなど珍しいな」
「ふふ、ノエルは大好きなお姉様を取られたくないのよ」
笑うお母様に顔を真っ赤に染めたノエル様。お父様もそうか、と納得したようにノエルの頭を撫でる。
「あまりお待たせしてはいけない。クロエ、行こう」
「ノエルも一緒に行くのでしょう?」
「はい!」
可愛らしい嫉妬を見せてくれたノエル様を愛しく思いながら、私は部屋を出た。廊下の窓から見える門の前には、立派な馬車が停まっていた。




