第四話 新たな家族と
少し冷えた風が吹いた。遠くで子供達の笑う声が聞こえる。ノエル様は寒くないだろうか。彼女の背に手を置き、温めるようにさする。
「ノエル様、顔をあげてください」
素直にあげられた頬に手を添えた。赤くなった目元を撫でてやると彼女は表情を柔らかくした。擦り寄ってくる彼女の、泣き腫らした顔を隠すように自分の着ていた薄手のカーディガンをかけてやる。傾いていた花冠もなおして、彼女の手を取り直す。
「御伽噺のお姫様みたいだよ、ノエル様。あなたの瞳も声も全て、クロエは素敵だと思っています」
「ふふ。じゃあクロエも、一緒にお姫様」
可愛らしいことを言ってくれる彼女に笑いかけつつ、白詰草の絨毯に寝転がる。彼女も地面に手をつきながら、ゆっくりと隣に体を倒した。心地いい空気の中、お互いの繋いだ手の体温を感じながら、私たちは春の穏やかな眠りに落ちていった。
「おや、ふふふ」
「どうした、アベル」
「いえ、仲良くなれたようで何よりと思いまして」
教会裏で寄り添って眠る2人を見て、公爵も柔らかく微笑む。
「まぁ、やっぱりクロエはすごいわ。ノエルが初対面の相手にこれほど懐くなんて」
驚く夫人に頷きながら、アベルはクロエを、公爵はノエルを抱える。
「せっかくよく寝ているんだ。起こさないように中へ連れて行こう。冬が過ぎたとはいえまだ外は冷えるからね」
「そうですね。休める部屋へご案内します」
「ありがとうね、アベルさん」
「あぁ、感謝する」
「お父様、ノエルはクロエと離れたくありません」
駄々っ子のようにクロエにしがみついて離れないノエルに公爵は困ったふうに眉を下げる。
「とは言っても、クロエにも生活があるんだ。ノエル。わがままを言ってはいけないよ」
「まぁまぁ、あなた。あのノエルがこんなに言うのです。きっとそれほどクロエのことが大好きになったのよ」
「そうは言ってもなぁ…」
離れないノエルにまんざらでもなさそうなクロエ。自分だってできるなら無理に離してなどやりたくない。
「お父様、お母様…クロエにお姉様になっていただくのは、どうでしょうか…?」
「お姉様、つまりはクロエに私たちの養子になってもらうということね。いいんじゃないかしら」
「それは…私たちとしては願ってもないことだ。ノエルを支える存在は必要だと思っていたからね。それが信頼できるクロエであれば、これ以上なく安心できる。しかしそれは、この子をアベルたちから引き離すことにもなる」
アベルは公爵の話を聞いて立ち上がると、クロエの目線に合わせて屈み、問いかける。
「クロエ。クロエはノエル様が好きかい?」
迷いなく頷く。
「領主様は君が養子になってくれると嬉しいと言っているんだ。でもそうなると先生たちとは離れて暮らすことになる」
クロエは不安そうに目尻を下げた。彼女にはずっとアベルしかいなかったのだから、離れて暮らすことが不安になるのは当たり前だ。仕方のないことだろう。
「先生はクロエが大好きだ。けれどね、君もいつかは先生の元から飛び立つときがくる。去年教会で生まれたつばめの雛を覚えているかい?彼らも立派に育って巣立っていった。先生は君も彼らのように空を自由に飛ぶ立派な子になってくれるといいなと思うんだ」
何度も頷きながら静かに話を聞くクロエに微笑んでみせる。
「領主様方は優しいだろう。君はノエル様とも仲良くなれた。それにあんなに小さな赤ん坊だった君はもうこんなに大きくなった」
アベルのクロエを見つめる目は優しくあたたかい、家族の目だった。
「クロエ、君は領主様のお家へ行きたいかい?」
クロエは公爵夫妻を見て、ノエルを見て、最後にアベルの瞳をまっすぐに捉えた。
「はい、先生。私、先生が安心できるくらい立派になります。ノエル様のお姉ちゃんになって、領主様方の役にも立って、それで…」
堂々と答えていた彼女が、最後だけは少し頼りなさげに呟く。
「たまに先生やみんなに、この教会に、会いにきてもいいですか」
公爵とアベルの2人を交互に伺いみるこの小さな少女がどうしようもなく愛おしい。アベルはクロエを力強く抱きしめ、頭を撫でた。
「もちろん。どれだけ大きくなっても、クロエは先生たちの大切な家族だからね」
それまで黙って事の次第を見守っていた公爵夫妻もアベルの言葉に続く。
「私からも約束しよう。君が我が家に来てくれると言うなら、その点は安心してくれていい。なんなら毎月の視察へも一緒に行こうか」
「えぇ。こんな急になってしまってごめんなさいね。私たちスチュワート公爵家はあなたを歓迎します。ありがとう、クロエ」
ノエルも事態を飲み込むと、感動したかのように目尻に涙を浮かべて笑った。
「クロエ!ねぇクロエ!お姉様って呼んでもいい?」
混乱しながらも照れくさそうに頷くクロエに、ノエルは何度も、クロエお姉様と繰り返した。
こうして突然ながらもあたたかく巣立ちを迎えた彼女は、新たな家族と共に新たな生活を歩み出すこととなった。
孤児のクロエが公爵令嬢クロエ・スチュワートとなったこの日。
すでに元とは違えていた世界の歯車が、歪な形で動き出した瞬間だった。
短いですが、第一章はこれで完結です。
読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
第二章からはクロエさんがまた新たな登場人物たちと出会っていきます。
よければこれからも見守ってあげてくださいね。




