第三話 ノエル
《ノエル・スチュワート視点》
ずっと、世界が暗かった。否、色も明暗も、私の世界には何もなかった。
歴史あるスチュワート公爵家の一人娘として生まれた私、ノエル・スチュワートは、盲目だった。両親は愛を込めて育ててくれたし、恨み言をぶつけることなんて絶対になかった。恵まれていると、本当に思う。
それに私には魔法のセンスがあった。石魔法と光魔法の2つの属性の適性を持ち、国唯一の女性の石魔法の使い手としてもてはやされた。天才だとか、逸材だとか。
それでも私の目は見えない。どんなに優秀な魔法の使い手であろうと、生まれつきの盲目は治せない。可能だとすれば伝説の花魔法くらいだろうが、化石化されたその魔法を使える者はいない。
盲目であることを知れば、大人は落胆を隠さなかったし、同世代の子供は気味悪そうに離れていった。
私は、ひとりぼっちだった。だけど、両親は優しかったし、悲しくなんてない。2人は私に友達を作ろうと、よく他家の子供達を家に呼んだ。公爵令嬢の身分ゆえか、連れてこられた子のほとんどはあからさまに言葉にしたりはしなかったが、私を“違うもの”として見ていることはすぐにわかった。両親がいない場では、酷い言葉をかけられたこともある。
「こっち見るなよ、穢らわしい。その目がうつったらどうしてくれるんだ」
「こんなのが一人娘なんて、公爵様たちが可哀想」
私だって、好きでこんなふうに生まれたわけじゃない。両親が可哀想だなんて、私が一番わかってるよ。
誰かと関わるのはやっぱり怖い。それならひとりでいる方がよっぽどマシだ。ひとりぼっちだっていいじゃないか。どうせ誰も私なんかと近づきたくないんだ。
あぁでもやっぱり。少しだけ、寂しいな。
本当は誰かに拒絶されるたび、否定されるたび、心が痛くて痛くて仕方なかった。苦しいよ、痛い、痛い。助けて。どうして私は目が見えないの。どうして私なの。
(ごめんなさい、お父様お母様…。ノエルにはできません。ノエルにはお友達が作れません…)
私の目はどうせ見えないのだからと、自分から瞳を見せないようにした。視線が合わないから、きっと気持ち悪いと思われてしまう。そんな私を慮ってだろう。両親は私に目の話をしなかった。
それでいいと、もう痛い思いはしたくないと、そう思っていたのに。
「みんなおんなじなんですよ」
みんな生きているのだから、みんなおんなじだと、クロエは言った。教会の子、両親が視察に行く度に話していた。大人びた、私の一つ年上の女の子。目が見えなくても私とあなたは一緒だと、彼女はそう言った。綺麗事だ、理想論だ。頭ではそう思うのに。
ぬるい何かが頬を伝った。それが涙だと気づけば、もう止まらなかった。
「ノエル様、頭、失礼します」
かさりと頭上で音がなった。触れてみると花のようだった。花冠だと思う。この少女はどこまで優しいのだろう。彼女の顔が見てみたい。目が見えればとこれほど願ったのはいつぶりか。そんな感情はとうに枯れたと思っていた。
「クロエ」
お礼がしたい。私にできることで、彼女を喜ばせたい。
石魔法で小ぶりな石を生成する。私の生成鉱石はアメジストという石だと、お母様が教えてくれた。見たことのない私にはこの石がどんなものなのかわからないけど、彼女が喜んでくれるといいな、なんて。
「あのね、嬉しい。ありがとう。お礼に、これ」
突然黙り込んだ彼女に、不安になった。
「これ、嫌い?」
「いえ、そんな!私の花冠なんかでは釣り合わないくらいで」
慌てて謙遜する言葉に否定を返す。
「私、クロエのプレゼント、すごく嬉しかった。花冠もだけど、何よりあなたの言葉が」
私には見えないけれど、彼女は恥ずかしがっているようだった。クロエなら気味悪がらないと確信して、目を開く。彼女には誠実でいたかったから。
「ありがとうございます。この鉱石、見事な美しさです」
「ふふ、こちらこそ受け取ってくれてありがとう。アメジストというらしいの。母上が教えてくださったわ」
「アメジスト!まるでノエル様の瞳のようで、本当に綺麗」
私の瞳?
私の瞳の話は、両親が避けていたせいか自分で見せないようにしていたせいか、したことがなかった。
「私の瞳はアメジストと同じ色なの?」
「え、えぇ。澄んだ紫色です」
知らなかったことに驚いたのだろう、彼女は面食らったような反応をみせた。
「そう、なのね」
綺麗だと褒めてくれた、今まで気味が悪いと言われ続けてきたこの瞳を、クロエは綺麗だと言ってくれた。アメジストは、私の瞳は、そんなに綺麗なものなんだろうか。
見てみたい、見てみたい、見てみたい!!ずっと嫌いだったこの目が見てみたくなった。
「私も、見てみたいなぁ…」
未だ流れ続ける涙でくしゃくしゃだろう顔で、精一杯の笑顔をつくる。すると、優しい手にそっと引き寄せられた。自分が抱かれているのが、彼女の胸だと気づく。
「ノエル様、痛かったですね。苦しかったですね」
クロエの腕の中はあたたかくて、優しくて。白詰草の香りがふわりと鼻腔をくすぐる。
「クロエ、私、見てみたいなぁ」
あなたのことも、私のことも。この瞳で。




