第六話 洞窟にて
「はぁっ、は、っ」
ノエル様の手を引きながらアーサー様を追いかける。辿っていた足跡の途中からは血痕も混ざっていた。
(アーサー様…どうかご無事で…!)
ぽたりと額に冷たい何かが当たった。雨だ。
(このままじゃ…雨が降ったら足跡が消えてしまう!なんとか本降りになる前にアーサー様を見つけないと)
咄嗟に周囲を見回すと、近くに洞窟があるのが見えた。警戒しながら中を覗くとそこまで広くはないようだが、雨宿りにはちょうどいいだろう。ノエル様に風邪を引かせる訳にはいかないし、視力がない分敏感な他の感覚が雨で乱されては彼女も不安が増してしまうかもしれない。私は彼女を洞窟の中に座らせ、アーサー様を見つけたら呼ぶから大きな声で返事をしてほしいと頼んだ。ノエル様は心配そうにしながらもしっかりと頷く。
「お姉様。何もできず、申し訳ありません。却って足手纏いになってしまい…」
「いいんですよ、ノエル様。あなたは私が彼を連れて来るための道標となってくれるのですから」
「…ありがとう、クロエお姉様…。お怪我なさらないように祈っております」
「えぇ。では行ってまいります」
私は洞窟を飛び出し、何か彼の痕跡はないかと周囲に意識を向ける。そのとき、魔物の断末魔のようなものが聞こえた。急いでその方向へ走る。そこにあったのは、血まみれになった魔物にこれでもかと攻撃を繰り返すアーサー様の姿だった。魔物なんて初めて見た知識もない私でも、その魔物は一目で死んでいるとわかった。
「アーサー様!もういいのです。もう魔物は死んでいます!」
彼はまた魔法を放とうとした手をぴくりと止め、私を振り返った。返り血で濡れたその顔は、両眼が私を捉えると泣き出しそうに歪んだ。腕を怪我しているのか、痛々しい傷からは血が滴っている。
「アーサー様。大丈夫、大丈夫ですよ」
「ク、ロエ…クロエ…」
私は迷子のように瞳を揺らす彼を抱きしめ、背中をさすった。
「深呼吸をしましょう?ほら、吸って…吐いて……お上手ですよ」
「クロエ、僕…」
「はい、クロエはここにおります」
「あの栞、あの花、クロエがくれたんだ…僕…守れ、なくて…壊されちゃって…」
「私が?」
栞、魔物がビリビリにした彼の花の栞だろうか。確かあの花は…
「クロエと初めて読んだ絵本に出てきた…勿忘草って言うんだって教えたら、あなたが教会のそばに咲いていたって。いつもいろいろ教えてくれるお礼だって言って…」
思い出した。博識な彼は、いつも本を読みながら私に知識を分けてくれた。そのお礼にあの花を贈ったのだ。それを彼は押し花にしてまで取っておいてくれたのか。驚いた。それと同時にすごく嬉しい。
私はアーサー様の俯いた顔を覗き込んだ。彼が驚いたように目を見開く。
「アーサー様、私、すごく嬉しいです。あなたが私との思い出をそんなにも大切に思っていてくれたなんて、すごく、嬉しい」
「あ、当たり前だよ。僕は、すごくあなたのことが好きなんだから!」
「ふふ、ありがとうございます。私にとってもあなたはすごく大切で大好きな友人です」
「…友人」
「えぇ。だからこそ、こう思いましょう?思い出はまた何度でも作れます。また私にお花を贈らせてください」
「ふ、ふふふ…あはは!そうだね…僕はあなたのそういうところが好きなんだよな」
やっと彼の笑顔が見られた。私はホッとしながら、今度は彼の腕に目を向けた。
「アーサー様、腕、お怪我なさっていますよね。今応急手当を…!」
「大丈夫だよ。浅い傷だしもう血は止まった。後で診て貰えば平気だ」
「でも…」
「大丈夫、クロエ。それよりもノエル様は?」
「あ、そうでした。近場に洞窟があります。そこで雨宿りしましょう」
「わかった」
私が精一杯の声でノエル様の名を呼ぶと、返事が返ってくる。雨はだんだんと強くなってきていた。
「こっちですね。行きましょう」
「あぁ」
私はアーサー様と共に、ノエル様の待つ洞窟へと走り出すのだった。
◇◇◇
「お姉様、無事でよかったです。アーサー様も。本当に…よかった」
「ノエル様、心配おかけしました」
「感情のまま勝手に深追いしてしまい、情けない限りだ」
無事洞窟へ着くなり、ノエル様は濃い血の匂いに顔を真っ青にしていたが、ほとんどが返り血だと聞くと少しは安心したようだ。アーサー様の腕の治療を頼み、いつ雨が止むかもわからないまま日が暮れていく。雨に濡れたことで肌寒さも増してきた。
「ここがどこかもわかりませんし、無策で雨の中に出るのは無謀でしょう。火でも起こせればいいのですが」
「それなら洞窟の中に木の枝がありました。湿気っているかもしれませんが、やる価値はあるかもしれません」
「火なら起こし方もわかるし、僕がやるよ。2人は危ないし下がっていて」
「ありがとうございます、アーサー様。ノエル様少し離れていましょうか」
「はい、お姉様」
しばらくすると、彼はいとも簡単に火をつけてみせた。
「慣れていらっしゃるんですね」
「はは、父の訓練にはこういうサバイバル術もあるからね。魔法や剣術と関係ないことも結構鍛えさせられるんだ」
私たち3人はその日を囲むようにして座りながら、夜を越すことにした。アーサー様は野宿にも慣れており私も元は教会暮らしだったためそこまでストレスではなかったが、こんな経験は初めてのノエル様はだいぶ疲れてしまったのだろう。彼女へ肩を貸すとすぐ眠りについてしまった。そんな妹を微笑ましく思っているとアーサー様がくすくすと笑う。
「本当に仲がいいんだね。羨ましくなってしまうよ」
「そんなそんな。ノエル様が優しくしてくださっているだけですよ」
彼が徐に私の頭へ手を伸ばした。
「クロエ、あなたには感謝してもしきれない」
「先ほどのことですか?あなたが無事でいてくださったことが何よりですよ」
「そのことも感謝しているけれど、それ以外も。あなたと出会えたことが僕の人生最大の幸福なんだ」
「もう。そんな大袈裟な」
「大袈裟なんかじゃないさ。僕はあなたのためならなんだってできる」
彼は優しい瞳で私を見つめ、ありがとうと呟いた。私は照れ臭くて、もう寝ようと目を瞑る。
「おやすみ、クロエ。いい夢を」
「…アーサー様も。いい夢を」
私の意識は夜の中に溺れていく。自らの不調に気づきもしないままで。




