第五話 魔物との遭遇
2人のいる部屋へ戻り、扉をノックする。
「アーサー様、ノエル様。お話はできましたでしょうか」
中に入ると向かい合ってソファに座る彼らは、先ほどと特に変わりない様子に見えた。メイドからもなんの報告もないあたり、危ないことはなかったのだろう。
「あぁクロエ、ノエル様とはしっかりお話できたよ」
「えぇえぇお姉様。アーサー様がいかに素敵な方か、しっかりわかりましたわ」
2人とも言っている内容に反して表情が穏やかじゃない気がするが、私が深入りすべきではないと重い、考えないようにする。
「それはよかったです。このあとはいかがしましょう。アーサー様はもうおかえりになりますか?」
「うーん…いや。もう少し3人でお話でもどうかな。僕も懐かしい話がしたいんだ」
「それなら、お庭の散歩はいかがです?」
「ノエル様、散歩は少し危険では…」
「いいえ、大丈夫ですわ。だってお姉様がノエルのそばにいてくださるでしょう?」
甘えた顔をするノエル様。滅多に言わない彼女のわがままだ。姉として叶えてあげたい。だが、目の見えないノエル様を支えながらアーサー様に庭の案内をするのは、なかなか難しいと頭をひねる。そんな私を見て、レナが助け舟を出してくれた。
「では、庭のガゼボでお茶をしてはいかがでしょう。あそこからなら庭を眺めることができますし、ノエル様のお身体への負担も少ないかと」
「!それは素敵ね。ノエル様もアーサー様も、それでいかがでしょうか」
「僕は構わないよ」
「私も構いません。そうしましょう」
両者から承諾を得られたためレナにお茶会の準備を頼むと、彼女は柔らかく微笑みながら一礼して部屋を出ていった。部屋にいたメイドと一緒に庭のガゼボへ向かう。
「それでは移動しましょうか。ノエル様は私の腕を掴んでいて構いませんよ」
目が見えない彼女を不安にさせないように服の袖を掴ませる。
「ありがとうございます、お姉様」
「いえ。アーサー様もご案内しますよ」
「ありがとう、クロエ」
公爵家に来て一番驚いたのはやはり屋敷の大きさだ。ずっと教会でたくさんの子供達と暮らしていたせいか、廊下に人の気配がないのはどうも慣れない。お父様とお母様に案内してもらったときはその部屋の多さに頭が追いつかなかったが、今では少しずつ場所を覚えられているし、普段レナが一緒なのもあって迷うことはほとんどなくなった。
庭へ出てガゼボに着いたそのとき、すぐ後ろからメイドの悲鳴が聞こえた。隣にいたアーサー様が私たちを庇うように振り返る。
「何が…」
「下がって!!」
「えっ?」
ガキンと何かがぶつかるような音が響き、咄嗟にノエル様を抱き寄せる。見ると、アーサー様がシールドを張っていた。彼の瞳のような澄んだ鉱石の壁。一目で石魔法だとわかった。シールドの向こうに目を凝らすと、そこにいたのは醜い何かだった。
「なっどうしたのですか。何が…」
「お姉様、強い殺気を感じます。それから魔力が…」
「あぁ、魔物だな。ノエル様、あなたも魔法を使えるはずだ。こいつを倒そう」
「はい、それよりも一体何が」
メイドを探すと、彼女は近くに倒れており、左足から流血して気を失っているようだった。幸か不幸か、魔物は彼女に目もくれず、執拗にこちらを攻撃している。
「メイドが怪我をしています。治療をしなくては!」
「チッ。ノエル様、あなたは光魔法で怪我の治療を優先して。こちらは僕がしばらく抑えるよ」
「えぇ。お姉様、彼女の怪我の位置を教えてください」
「左足のふくらはぎのようです。傷は深くありませんが範囲が広く流血が多いです」
ノエル様の手をメイドの怪我の真上あたりまで導く。彼女はひとつ頷くと、手のひらから金色の光が溢れた。しばらくして血が止まるのを確認し、私は持っていたハンカチで傷口を縛った。
「アーサー様、魔物の様子は?」
「僕たちを狙っているようだが、他には…攻撃が続いている。このまま防御一辺倒だともたない」
彼の額から一筋汗が伝う。
「ノエル様、僕は反撃に回る。あなたはクロエとそのメイドを守ってくれ」
「わかりましたわ。お姉様は私のそばを離れないでください」
「はい、ノエル様。それにしても、どうして公爵家の庭に魔物なんか…」
いや、考えてる暇はない。ただでさえこの場にいるのは子供だけ。早く助けを呼ばなくては…
「お嬢様!!」
悲鳴のような声が響いた。
「レナ!」
ティーセットを持ったレナが怯えたようにこちらを見ている。
「レナ、魔物よ!お父様たちを呼んできて!お願い!!」
レナは半ば叫ぶように返事をして屋敷の方に走って行った。この大声を聞いても魔物は私たちから目を逸らそうとしない。
(こういった魔物は知能を持たないと本で読んだわ。それならなぜ私たちにこんなに固執するの)
アーサー様はどんどん魔法を仕掛けていく。水魔法だろうか、銃弾のような水の塊が魔物の体に傷をつける。器用に魔物からの攻撃を避けながら、確実にダメージを与えている。こちらに飛んでくる攻撃はノエル様のシールドが完璧に防いだ。
(私…完全に足手纏いだわ)
攻撃を避けた拍子にアーサー様の服からひらりと何かが落ちた。花の栞のようなそれを魔物の爪が一瞬で引き裂いた。
「それはっ!…ッ」
アーサー様の顔が歪む。彼の雰囲気が変わった。
魔物はなぜか急に攻撃をやめ、ビリビリになった栞から距離をとるように逃げ出す。
「えっ?」
あっけに取られている私とノエル様をおいて、アーサー様は吠えるように叫ぶ。
「許さない!殺してやる!」
「深追いはいけません!アーサー様!」
なんとか止めようとしたが、彼はあっという間に追いかけて行ってしまう。
「いけません、お姉様!この庭は裏の森につながっています。迷ってしまってはそう簡単に探せません!」
「私は追いかけます。今ならまだ間に合うかも。ノエル様はここに残って…」
「いやです!私も行きます。お姉様だけでは行かせません」
「……わかり、ました」
彼が走っていった方向にはまだ足跡が残っている。これなら追える。
私はノエル様の手をとって、森の方へと駆け出した。




