【第9話】魔導講義と、脳筋体育会系ヒロインの強襲
翌朝。
「いい、タツヤ? 今日からあなたは私の『特例研究助手』として行動してもらうわ。絶対にフードを脱いじゃダメだし、私から三歩以上離れてもダメよ!」
旧校舎の実験室で、シャーロットは俺に大きめのダボッとした魔導師用コートを着せながら、何度も念を押してきた。
指輪の隠蔽効果に加え、彼女特製の『体臭消臭ポーション(いちご味)』を頭から振りかけられたため、今の俺はどことなく甘酸っぱいお菓子の匂いがしている。男のフェロモンを苺の香りで誤魔化す作戦らしい。
「分かってるって。俺だって一万人の肉食女子に囲まれて骨にされたくないからな……」
「タツヤ、安心しろ。影の中からは常に私が目を光らせている。怪しい女が寄ってきたら、即座に喉元をかっ飛ばす」
床の影からひょっこり顔を出したレンが、短剣をチラつかせながら頷いた。相変わらずガードが物騒すぎる。
「よし、それじゃあ大講堂へ行くわよ! 今日の『高階位魔導理論』の授業は、私が特別講師として登壇するんだから!」
本校舎の大講堂。
五百人以上の女子生徒がギッシリと詰まった階段教室は、朝から異様な熱気に包まれていた。
「ねえ、昨日の噂聞いた……!?」
「生徒会長様が三階の窓から飛び降りてまで追っていたっていう、あの『謎の美少年』でしょ!?」
「学園の魔導ネットでは、100年ぶりに現れた【伝説の男性】じゃないかって持ちきりよ!」
「嘘でしょ……!? もし本当に男なら、私、実家の公爵領を半分差し出してでもお婿さんにしたいわ!」
「私は一晩でいい! 一晩だけでいいから子種をぉぉぉっ!!」
(物騒な会話が飛び交いすぎだろぉぉぉっ!?)
講堂の端っこでフードを深く被った俺は、席につく女子生徒たちの欲望むき出しの会話に冷や汗が止まらなかった。一晩でいいから子種ってなんだ、もっと自分を大事にしろ!
「静かにしなさい、生徒諸君!」
壇上に立ったシャーロットが、豪快に杖をコンコンと鳴らした。
「今日の講義は、私が開発した『新理論・属性変換魔法』の実演よ。助手、前に来なさい!」
「へいへい……」
俺は指示通り、実験台の横へと歩み出た。
「ふふん、みんな見ていなさい。私の助手が持つ特別な魔力波形を——」
シャーロットがドヤ顔で講義を始めようとした、その時だった。
バァァァン!!!!
講堂の重厚な両開き扉が、勢いよく蹴破られた。
「待ったぁぁぁぁぁっ!!!!」
地響きのような叫び声とともに踏み込んできたのは、一人の少女だった。
肩下で結わえた真っ赤なポニーテール。
日焼けした健康的な褐色の肌に、引き締まった腹筋がチラリと覗く短い戦闘衣。
背中には身の丈を超える巨大な大剣を背負っている。
胸元には『武闘科主将』のバッジ。
「な、なに!? 武闘科トップのベアトリクス=アルデン!? 講義中に何の真似よ!」
シャーロットが怒鳴りつける。
ベアトリクスと呼ばれた少女は、野性味あふれる金色の瞳を爛々と輝かせ、一直線に壇上の俺へと指を突きつけた。
「問答無用! 噂を聞いて駆けつけたぞ、シャーロット! その助手……そいつが例の『男』だな!?」
「「「「「な、なんだってぇぇぇぇっ!??!?」」」」」
講堂内の五百人の女子生徒が一斉に立ち上がった。ガタガタガタッ!!と椅子が跳ね上がる音が激しく響く。
「な、何を言っているのよ脳筋女! これは私のただの助手——」
「匂わせるな、誤魔化せると思うなよ!」
ベアトリクスは豪快に鼻を鳴らした。
「我がアルデン家に伝わる『野生の直感』が告げている! いくら苺の甘い匂いで誤魔化そうと、その奥から漂う……圧倒的に力強く、雄々しく、力強い【本物の男のフェロモン】をなぁぁぁっ!」
(鼻が効きすぎるだろこの体育会系!!? 苺ポーションの意味ゼロじゃねえか!)
「くっ……! バレたら仕方ないわ! 撃退するわよタツヤ!」
シャーロットが杖を構える。
だが、ベアトリクスは恐ろしい速度で踏み込んできた。
床の石畳を砕くほどの脚力。一瞬で俺との間合いをゼロにする。
「武闘科の掟はシンプルだ! 強い女が、最高の男(遺伝子)を手に入れる! 貴様が男なら……俺の『つがい』となれぇぇぇっ!」
ベアトリクスが豪快に腕を伸ばし、俺の腰を抱きすくめようと飛びかかってきた!
「タツヤに触るな!」
ガキィィィン!!!!
暗闇から飛び出したレンが、短剣でベアトリクスの巨腕をギリギリで弾き返した。
「ぬぐっ!? 影の忍びか……邪魔をするな!」
「させないわよ! 【爆炎陣】!」
シャーロットが間髪入れずに足元へ爆炎魔法を放ち、ベアトリクスを後方へと吹き飛ばす。
「ハハハッ! 面白い! さすがは100年ぶりの男
を巡る戦いだ、これくらい歯応えがなくてはな!」
空中で受身を取ったベアトリクスは、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべ、背中の大剣を引き抜いた。
そして——講堂の五百人の女子生徒たちに向かって叫んだ。
「全員聞けぇぇぇっ! 噂は本当だ! あのフードの助手が【本物の男】だぞぉぉぉっ!!」
「「「「「ウオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」」」
地鳴りのような咆哮。
五百人の女子生徒たちの目が一斉に「血の赤」へと染まった。
「男よ! 本物の男よ!」
「逃がすなー! 押し倒せー!」
「私の子供を産んでぇぇぇっ!」
「あかん、完全に暴動だぁぁぁぁぁっ!?」
俺は悲鳴を上げながら、シャーロットとレンの手を引っ張って講堂の非常口へとダッシュした。
「追えー! 男神様を捕獲しろー!」
大剣を掲げたベアトリクスを筆頭に、五百人の肉食女子軍団が津波となって押し寄せてくる。
学園都市アルカナム。
隠れ蓑だった講義室は崩壊し、俺の貞操をかけた「全校生徒参加型・大捕物劇」の火蓋がきっと落とされたのだった。




