【第8話】校庭の大騒動と、学園の都市伝説
ガシャーン!!
三階の窓ガラスを突き破り、俺とレン、そして狂気と化した生徒会長シルヴィアが同時に校庭へと踊り出た。
「タツヤ、舌を噛むな!」
レンは空中ですばやく俺の身体を抱き直すと、壁を蹴り、木の枝を足場にして衝撃を殺しながら——トッと軽やかに芝生の上へ着地した。さすがはプロの忍び。着地満点だ。
だが、問題は追っ手の方だった。
ドォォォン!!
「ハァ……ハァ……逃がしません……! 爆発だろうが何だろうが、受け止めてみせます……!」
シルヴィアは愛用のレイピアで風の魔力を放ち、落下の衝撃を殺しながら豪快に芝生を耕す勢いで着地した。
髪は乱れ、瞳は完全にトランス状態。清廉潔白で知られる「白銀の生徒会長」の面影はどこにもない。
そして一番最悪だったのは——ここが昼下がりの校庭の真ん中だということだった。
「「「「「……え?」」」」」
周囲にいた数百人の女子生徒たちが、一斉に動きを止めた。
部活動中の運動系女子、芝生で読書をしていた文系女子、通りがかった上級生たち。
全員が口ぐちに固まり、凄まじい様相で一人のフード姿の人物(俺)に迫る生徒会長を注視している。
「な、何ごと……!? 生徒会長様が窓を破って飛び出してきたわ!?」
「あの方、いつも冷静沈着なシルヴィア様よね……? なんであんなに顔を真っ赤にして、息を荒げているの……!?」
「待って、あの追われているフードの人……何だかすごく……肩幅が広くて……背が高くて……」
指輪の隠蔽効果があるとはいえ、風圧でフードがめくれ、俺の顔や首筋が露わになりかけていた。
さらに、三階から飛び降りたことで俺の体温が上がり、遮蔽膜の隙間からほんの少しだけ男の汗の匂いが風に乗って校庭全体へと広がった。
クンクン……と、女子生徒たちの鼻が一斉に蠢く。
「な……なにこれ……?」
「胸の奥が……キュンって……ううん、ズキンって痛む……」
「甘い……ううん、甘くない……すごく熱くて、重くて、雄々しい匂い……」
「嘘……嘘でしょ……!? これ、教科書に書いてあった『男性特有のフェロモン』の記述と一致するわ……!?」
ざわっ……!!!!
校庭の温度が一瞬で5度跳ね上がったような錯覚。
女子生徒たちの瞳に、急速にヤバい光が灯り始める。肉食獣が獲物を見つけた時の、あの光だ。
「や、やばいレン! 全員にバレる!!」
「くっ……一万人を相手にするのはさすがに分が悪い……!」
「逃がしませんわよぉぉぉっ!!」
シルヴィアがレイピアを構え、鬼の形相で突っ込んでくる!
その時だった。
ドカァァァン!!
校庭のど真ん中に、巨大なピンク色の煙幕弾が落とされた。
「ゴホゴホッ!? 何事ですの!?」
「目がああぁぁぁっ! 鼻がピンクの甘い匂いで麻痺するぅぅぅっ!」
混乱する女子生徒たちとシルヴィア。
煙の奥から、高笑いとともにツインテール少女が躍り出た。
「ふははは! 天才魔導士シャーロットちゃん、華麗に参上! さあ二人とも、私の特製ほうきに乗りなさい!」
「シャーロット!」
巨大化させた魔法ほうきに俺とレンが飛び乗ると、シャーロットは即座に上空へと急上昇した。
「追え! 追うのです! あの『最高級の遺伝子(男神様)』を学園から逃してはなりませんわぁぁぁっ!!」
煙の中から、涙目になったシルヴィアが空中を指差して絶叫している。
「『遺伝子』……!? 今、生徒会長様『遺伝子』っておっしゃったの!?」
「男……!? 本当に男がいるの!?」
「捕まえろー!! 私たちにも種を分けろー!!」
校庭全体が暴動レベルのパニックに包まれるのを下目に見ながら、俺たちは一直線に学園の奥深くへと飛んだ。
バタン!!
逃げ込んだのは、学園の最奥部にひっそりと佇む『旧校舎・第7特別実験室』。
シャーロットが個人的に占有しているという隠し部屋だった。
重い鉄の扉が閉ざされ、魔法の三重鍵がかけられる。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
俺は床にへたり込んだ。たった一日でどれだけ寿命を縮めれば気が済むんだ。
「まったく、シルヴィアの奴、あんなに理性が吹き飛ぶなんて計算外だったわ」
シャーロットはほうきを壁に立てかけながら、苦々しくメガネをかけ直した。
「……だが、タツヤの無事は確保した。褒めてやるぞ、魔法使い」
レンが影から顔を出し、珍しくシャーロットを労った。
「ふん、当然よ! 私の実験体……じゃなくて、私の大切な居候なんだから!」
シャーロットはツンと鼻を鳴らしたが、その頬は相変わらずほんのり赤いままだ。
「で……どうするんだよ? 生徒会長に顔を見られたし、校庭の女子生徒たちにも勘づかれたぞ」
俺が尋ねると、シャーロットは窓の外——騒然としている学園の敷地を見下ろしながら、溜め息をついた。
「もう遅いわね。見てみなさい、あの光を」
窓の外を見ると、学園中の校舎の窓から、無数の魔導通信の光がパシャパシャと飛び交っていた。
「学園の掲示板(SNS風魔導ネット)が完全に炎上しているわ。**『生徒会長が隠していた【謎の美少年】の存在』**として、都市伝説級の噂が爆発的なスピードで拡散中よ」
「美少年って……俺、フツーの高校生なんだけど……」
「男が100年いない世界なのよ!? あなたの存在自体が、彼女たちにとっては失われた神話の美男子なの! すでに『体育会系の筋肉女子グループ』や『裏の社交界を仕切る上級生グループ』が、あなたの捜索を始めているわ」
「終わった……俺の学園生活、始まる前に終わった……」
頭を抱える俺の肩を、レンが優しく叩いた。
「安心しろタツヤ。誰が来ようと、私が全員返り討ちにする」
「だから血の海を作るなと言っとろうが!」
「ふふ、まあ絶望するのは早いわ」
シャーロットは妖しく微笑み、怪しい薬が詰まったフラスコを掲げた。
「明日からは、私の『助手』として正体を隠しつつ、学園の特別授業に出席してもらうわ。……当然、私と四六時中一緒だから、変な虫(他の女子)がつかないように私がバッチリ『監視(愛の保護)』してあげるから安心してね♪」
「重い! ヒロインたちの独占欲が全員重すぎる!!」
一万人の肉食女子生徒が蠢く学園都市アルカナム。
生徒会長の追撃をかわし、各勢力の思惑が交錯する中、俺の「絶対貞操防衛線」はさらなる大混乱の授業編へと突入していくのだった——!




