【第6話】一万人の肉食女子と、清廉なる生徒会長
「一万人……!? 冗談だろ、この学園の女子生徒、全員が俺の『種』に飢えてるって言うのか!?」
魔法士官学校の静まり返った廊下で、俺は頭を抱えて崩れ落ちた。
城からの脱出で安心したのも束の間、飛び込んだ先は『一万人の未婚女子がひしめく巨大な肉食獣の巣窟』だったのだ。避難所どころか、世界で一番危険なサファリパークじゃないか!
「ええ、だから言ったでしょう?」
シャーロットはドヤ顔で胸を張り、人差し指を立てた。
「この学園都市アルカナムは、16歳から22歳までの血気盛んな女子生徒しか存在しないわ。しかも各国の貴族令嬢やエリート魔導士ばかり。あなたが『男』だとバレた瞬間、校庭で身ぐるみを剥がされて一万人規模の争奪大乱闘が起きるわね。間違いなく」
「笑い事じゃねえぇぇっ! どんなディストピアだよ!?」
「安心しろ、タツヤ」
天井の太い梁の上から、ひらりと影が降り立った。くノ一のレンだ。
「いざとなれば、私がこの学園の生徒を一万人残らず斬り伏せて、タツヤの純潔を守る」
「物理的に血の海を作るな! レンは優しすぎるのか物騒なのかどっちなんだ!?」
俺がツッコミを入れていると、シャーロットが怪しげな笑みを浮かべながら、懐から細長い布切れと小さな銀の指輪を取り出した。
「ふふふ、そこで私の天才的な頭脳の出番よ。この指輪は【魔力と体臭を完全遮断する秘宝】。そしてこの大きめのフード付きローブを着なさい」
「これを着れば、バレないのか?」
「ええ。表向きは『私の個人的な研究用・無口な助手(あるいは人間型使い魔)』として押し通すわ。指輪の効果で、あなたの『男特有の雄々しい匂い(フェロモン)』も外には漏れないはずよ」
「おお! 神アイテムじゃん!」
俺は藁にもすがる思いで指輪を嵌め、深くフードを被った。
確かに、指輪をはめた瞬間、体の周囲を薄い透明な膜が覆ったような不思議な感覚があった。
「よし、これなら——」
タッ……タッ……タッ……
その時、廊下の奥から静かで規則正しい靴音が響いてきた。
夜の校舎に響くその足音は、圧倒的な威厳と冷徹さを孕んでいる。
「……ッ! 死角へ隠れろレン!」シャーロットが息を呑んだ。
「承知」レンが一瞬で気配を消し、影へと溶け込む。
廊下の角から現れたのは、一人の少女だった。
腰まで伸びた綺麗な金糸の髪。
凛と引き締まった眉に、氷のように冷たくも美しい青い瞳。
胸元には学園最高権力の証である『金色の鷲の章』——生徒会のバッジが輝いている。
白銀の飾りが施された軍服風の制服を隙なく着こなし、腰には装飾のない実戦用の細身の剣を下げていた。
「そこまでよ、シャーロット・フォン・ローゼンベルク」
少女の声は、澄み切った秋の空気のように涼やかで、一瞬で場の空気を凍りつかせた。
「こんな深夜に許可なく転移魔法を使用し、帰校するとは何事かしら? 説明を求めます」
シャーロットが分かりやすく「げぇっ」と顔を歪めた。
「生、生徒会長……! シルヴィア・フォン・グ
ランベル……!」
(グランベル……!?)
俺はフードの影から息を殺して様子をうかがった。
グランベルって、あの聖王国の……!?
「……そうよ、察しの通り。私はグランベル聖王国第一王女にして、このアルカナム魔法士官学校の生徒会長を務める者。……そして、あなたのその『怪しい連れ』は誰かしら?」
シルヴィアの鋭い視線が、一瞬で俺へと向けら
れた。
(ひっ……!?)
蛇に見つめられたカエルのように、背筋に冷や汗が吹き出す。
「こ、これは私の個人的な助手よ! 旅先で見つけた珍しい種族で、人見知りが激しいからフードを被せているだけ!」
「ほう……。しかし、我が学園の校則では、未登録の外部者を敷地内へ立ち入らせることは厳禁のはず。フードを外し、素顔を見せなさい」
シルヴィアがゆっくりと歩み寄ってくる。
靴音が近づくたび、俺の心臓は跳ね上がった。
(やばい……近づいてくる! 被り物を取られたら一発で男だとバレる!)
「ま、待ちなさいシルヴィア! この子は……その、重度の『対人恐怖症』で、顔を見られるとパニックを起こすのよ!」
「いいえ、学園の治安を守る者として見過ごせません。……それに」
シルヴィアは俺の前、わずか数十センチの距離
で足を止めた。
彼女の美しい顔が、ぐっと俺のフードの隙間に近づいてくる。
「……何かしら、この違和感は」
(……え?)
指輪の隠蔽効果があるはずだ。
だが——シルヴィアの鼻腔が、微かにピクリと
動いた。
「……おかしいわね。魔力反応は遮蔽されている。しかし……かすかに漂う、この空気の重み。そして……今まで嗅いだこともない、胸の奥を締め付けるような……熱い匂い……?」
(指輪の遮蔽を突き破って匂いが漏れてるのか!??!?)
シャーロットの欠陥アイテム! 効き目が甘い!!
「……っ!?」
次の瞬間、シルヴィアの頬がほんのりと朱に染まった。
彼女は咄嗟に自分の口元を手で覆い、一歩後ろへ飛び退いた。
「な……何なのよ、この感覚は……!? 心拍数が上昇し、手が……手が震える……? まさか、何らかの精神攻撃(高階位魔法)……!?」
「え、ううん! なんでもないわシルヴィア! ほら、この子はただの……ただの珍獣だから! ね!?」
シャーロットが必死に庇うが、シルヴィアの瞳には明らかに『疑惑』と『動揺』の色が浮かんでいた。
彼女は剣の柄に手をかけ、真っ赤になった顔を背けながら、鋭い声で叫んだ。
「だ、だまされませんわ! ローゼンベルクさん、明朝一番でその『助手』を生徒会室へ連行しなさい! 私自ら、身元調査と全身の精密検査を行います!」
「ぜ、全身の精密検査ぁぁぁっ!?」
「以上です! 私は……私は体調が優れないので、これで失礼します!!」
シルヴィアはどこか千鳥足になりながら、ものすごい勢いで廊下の奥へと走り去っていった。
走っていく彼女の耳は、隠しきれないほど真っ赤に熟していた。
「……ふぅ。行って、くれたか……」
俺は壁に崩れ落ちた。寿命が十年くらい縮んだ気分だ。
「ちょっとシャーロット! 全然匂い隠せてないじゃないか!」
「おかしいわね……! 『男の匂い』が強すぎて、遮蔽アイテムの容量を超えちゃったのよ!流石は100年ぶりの男……!」
「感心してる場合か! 朝になったら生徒会室で精密検査だぞ!? バレたら一万人の肉食女子の餌食だ!」
絶望する俺の横で、暗闇から現れたレンがボソッと呟いた。
「……タツヤ。あの生徒会長、間違いなく落ちたな」
「落ちてない! 疑われてるだけだ!」
「いいえ。女の直感だ。あの女……整った顔をして、心の中ではタツヤの匂いに脳を焼かれていた。……ライバル増殖の予感」
「やめてくれぇぇぇっ!!」
学園潜伏初夜。
すでに最恐の生徒会長に目をつけられた俺の『貞操死守ミッション』は、開始一時間で崩壊の危機に直面していたのだった——!




