【第5話】天才魔導士の暴走と、学園への招待状
「じ、実験体(兼・旦那様)だと……!?」
俺は思わず後ずさりした。
目の前で鼻血を垂らしながら怪しい笑みを浮かべるツインテール少女・シャーロット。その瞳には、科学者特有の狂気と、年相応の女としての危険な肉食性が同居していた。
「そうよ! 100年間、文献の中でしか存在しなかった『男性生物』の生体データ……! これさえ解明できれば、私は学術界の歴史に名を残し、なおかつ……ふふふ、あなたとの間に第一子をもうけて『人類復活の母』として君臨できるわ!」
「欲望がスケールでかすぎるんだよ!」
「問答無用! 忍びの技、影縛り——」
シャーロットが魔法陣を展開しようとした瞬
間、俺の前に黒い影が滑り込んだ。レンだ。
「離れろ、魔法使い。タツヤの身体に指一本触れさせん」
レンは冷ややかに短剣を構え、シャーロットを睨みつける。
「あら、東方の『影の旅団』のくノ一ね? 邪魔をするなら容赦しないわよ! 喰らいなさい、【絶対服従の魅了術】!」
シャーロットが杖を掲げると、先端の魔石からピンク色の怪しい光線が放たれた。直撃すればどんな生物も発情して膝を屈するという、学園で極秘開発された禁術魔法らしい。
「タツヤ、下がれ!」
レンが短剣で光線を弾こうとしたが、魔法の光線は短剣の刃をすり抜け、まっすぐ俺に向かって飛んできた。
(やばい、避けられない——!)
バチチチチッ!!
ピンク色の光線が俺の胸に直撃した。
「ふははは! 勝ったわ! これであなたは私の愛の奴隷……って、え?」
高笑いしていたシャーロットが目を見開いた。
光線を受けた俺の身体には——何も起こらなかった。発情するどころか、ちょっと体が温かくなった程度だ。
「……ん? なんか、ちょっとぬるめのシャワー浴びた感じだけど」
「な、なんで!? 私の絶対服従魔法が効かない
なんて……!? 魔法抵抗力が異常に高すぎるの!? これが……これが『男』のスペックなの!?」
シャーロットは愕然としながら、信じられない様子で俺に走り寄ってきた。
「ちょっと見せなさい! どうなっているのあなたの構造は!?」
「うわ、寄るなっ——」
シャーロットが俺の胸元に飛びつき、学ランの襟を引っ張った。
その瞬間——
フワッ……
俺の服の隙間から漏れ出た「男の体温」と「汗の匂い」が、至近距離でシャーロットの鼻腔を直撃した。
「……あ」
シャーロットの動きがピタリと止まった。
メガネの奥の大きな瞳が信じられないほど見開かれ、真っ白だった彼女の頬が、耳の先端まで一瞬で熟したトマトのように赤く染まっていく。
「ひ……ふあぁぁぁ……っ!?」
「え、シャーロット……?」
「な、なになになになにこれぇぇぇっ!? 体が熱い……! 胸が苦しい……っ! 脳みそが溶けそう……っ! これが、これが『本物の男』の威圧感なの……!?」
彼女は杖を放り投げ、両手で自分の顔を覆ってジタバタと悶え始めた。
「嫌……! 私、天才なのよ!? 学園創立以来の英才なのよ!? こんな、名前も知らない男の匂いを嗅いだだけで、股関節がガクガク震えるなんて……あり得ないわぁぁぁっ!」
「ツンデレの情緒が不安定すぎる!!」
俺の匂いを直接浴びたシャーロットは、完全に自爆状態に陥っていた。
ツインテールを振り回しながら地面をごロゴロと転がり、「抱いて! いや実験させて! でもやっぱり触られたら死んじゃう!」と叫んでいる。
「……タツヤ、今のうちにトドメを刺すか?」
レンが静かに短剣を持ち直した。
「殺すな殺すな! ほっとけばそのうち正気に戻るから!」
その時だった。
遠くの夜空に、いくつもの巨大な青い光の玉が打ち上がった。
『探知魔法、全方位展開! 捜索隊は森の各エリアを封鎖せよ!』
地響きのような声が遠くから聞こえてくる。グランベル聖王国の女騎士団だ。追っ手がすぐそこまで迫っている。
「くっ……もうここまで追いついてきたのか……!」
地面で悶絶していたシャーロットが、ハッと顔を上げた。
「……ま、待ちなさい……! あの連中に捕まったら、あなたは一生、聖王国の種馬として地下室に閉じ込められるわよ……!」
「種馬って言い方やめろ! でも、どこに逃げればいいんだよ!?」
シャーロットは真っ赤な顔のまま立ち上がり、胸を張ろうとしたが、俺と目が合うとすぐにもじもじと視線を泳がせた。
「……わ、私が通う『アルカナム魔法士官学校』に来なさい! あそこは世界中の国家から独立した最高自治領……聖王国の騎士団といえど、安易には手を出せないわ!」
「学園に……?」
「ええ! 私の権限を使えば、あなたを特例の『魔法生物(使い魔)』か『特別保護生』として学園内に潜伏させることができる……! 当然、研究対象として私の自室に住んでもらうけれどね!」
「最後の一言に邪心が見え隠れしてるんだが!?」
「文句を言っている場合!? ほら、騎士たちが来るわよ!」
森の奥から、無数の松明の光が見え始めていた。
「タツヤ、決断を。どこへ行こうと、私はお前の影として従う」
レンが俺の手を強く握りしめる。
「……分かった! アルカナム魔法士官学校へ行く!」
俺はシャーロットの提案に乗ることにした。
広大な森をあてもなく逃げ回るより、巨大な学園都市に潜伏する方がまだ望みがある。
「決まりね! 転移魔法陣、展開!」
シャーロットが落ちていた杖を拾い上げ、地面に巨大な光の魔法陣を描いた。
「追っ手が来る前に飛ぶわよ! しっかり私に捕まりなさい……って、きゃっ!?」
俺が咄嗟にシャーロットの腰を抱き寄せると、彼女は可愛らしい悲鳴を上げて固まった。
「ふ、不可抗力よ! 変な気を出したらカエルに変えるわよ……っ!」
「出せるか! 早く飛ばしてくれ!」
「転移開始!!」
眩い光が俺たち三人を包み込む。
直後、森の木々を押し倒しながらエレノアたちがなだれ込んできたが——すでに俺たちの姿はそこにはなかった。
「逃げられたか……! だが、あの魔法の軌跡は……学園都市アルカナム!」
エレノアは長剣を鞘に納め、鋭い瞳で夜空を仰いだ。
「全軍、アルカナムへ向けて進軍を開始せよ! 何としても男殿を取り戻すのだ!」
「ふふふ……学園ですね。若い女ばかりの場所に男神様を放り込むなんて……絶対に許しませんわ」
聖女セシリアも、暗い笑顔で腹黒いオーラを放っていた。
バシュッ!!
光が収まると、俺たちは見たこともない巨大な石造りの大聖堂のような建物の廊下に立っていた。
「はぁ……はぁ……無事に学園の敷地内に転移できたわね……」
シャーロットが荒い息をつきながらメガネをかけ直す。
「ここが……魔法士官学校か」
窓の外を見ると、そこは西洋風の城塞都市のよ
うな広大な学園の敷地だった。
「よし、これでひとまず安心——」
安心しかけた俺の耳に、シャーロットのボソッとした呟きが聞こえた。
「……あ、そういえば言うのを忘れていたけれど」
「ん?」
「この学園、在校生は全員が10代後半の血気盛んな女子生徒で、総勢一万人以上いるのよね。そして全員が、100年間『男』に飢えているわ」
「…………はい?」
「もしあなたが『男』だとバレたら、一万人の女子生徒が一斉にあなたに襲いかかって、一晩で骨も残らないでしょうね。ふふ、気をつけてね♪」
「安心できる場所ゼロじゃねぇかぁぁぁぁぁっ!??!?」
絶滅した男を巡る生き残りゲーム。
舞台は、一万人の肉食女子生徒が蠢く「絶対男子禁制の学園都市」へ——!




