【第4話】忍びの決意と、落ちてきた天才魔導士
「ち、ちがう! 待てレン! 『種付け』とかサラッと言うんじゃない!」
月光が照らす森の開けた場所で、俺は後ずさりしながら必死に手を振った。
当のレンは、どこか夢見がちな瞳で己の胸元をキュッと握りしめている。
先ほどまでの暗殺者の冷徹さは綺麗さっぱり消え去り、そこにはただの『恋に落ちてテンパっている少女』しかいなかった。
「だが……教本には書いてあった。『男』を見つけたら、他国に奪われる前にすみやかに子を宿し、既成事実を作るのが第一優先であると……」
「どんな教本だ本当に! 著者の顔が見てみたいよ!」
「……だめ、なのか? 私は……不器用で、料理も掃除もできんが……タツヤを守る力だけはある。ダメ……だろうか?」
しゅん、とウサギのように耳(は付いてないが)を垂らすような仕草で上目遣いをしてくるレン。
ずるい。可愛すぎる。これで断ったら俺が悪者みたいじゃないか。
「い、いや、ダメっていうか……順序だよ順序! そもそも俺たち、まだ知り合ったばかりだろ? お互いのこともよく知らないのに、いきなり子供とか飛躍しすぎだって!」
「順序……。まずはデートをして、手を繋ぎ、口づけをしてから……か?」
「どこでそんな知識仕入れてきたんだ!? まあ、大体そんな感じだけど!」
「分かった」
レンはポンと手のひらを打つと、真剣な表情で俺の前に膝をついた。
「ならば今日から、私はタツヤ専属の『忍び』兼『婚約者候補』となる。タツヤの身と貞操は、この私が命に変えても守ってみせる」
「婚約者候補は勝手に追加するな! ……でも、守ってくれるのは助かるかも」
正直、一人でこの女だらけの異世界を生き抜くのは不可能に近い。頼れる味方が一人でもいるのは、心の底からありがたかった。
「任せろ。まずは空腹を満たそう。タツヤ、腹が減っているだろう?」
「え? ああ、そういえば夕飯食ってなかったな……」
ぐぅ〜〜〜、と俺の腹が盛大に鳴った。
するとレンは「主の食事を用意するのも妻の役目……!」と目を輝かせ、懐から干し肉のようなものを取り出した。
「これは我が旅団特製の秘伝兵糧丸だ。一粒で三日間動き回れる」
「おお、さすが忍者! いただきます——」
「ちょっと待て」
レンは兵糧丸を口に含むと、何を思ったか、顔を真っ赤にしながら俺の唇へと顔を近づけてきた。
「んむ……?(口移しで与えよ、と教本に……)」
「自分で食べられるから!! 渡して! 普通に手に渡して!?」
俺が叫ぶと、レンは「ちっ、教本め……」と不満げに舌を打ちながら、兵糧丸を手に乗せてくれた。
ツッコミどころが多すぎるが、味は意外と甘くて悪くない。
少し落ち着いたところで、俺は今後の行き先について尋ねた。
「なあレン。この森を抜けると、どこに出るんだ?」
「……この先は、大陸中央に位置する学園都市『アルカナム』だ。世界中のあらゆる国家から優秀な女子生徒が集まる、巨大な魔法学園が存在する」
「学園都市か……」
「グランベル聖王国の追っ手も、あの都市の中までは容易に手を出せん。都市自体が独自の自治権を持っているからな。だが……」
レンが言いかけた、その時だった。
ゴオオオオオオオオッ!!!!
夜空を切り裂いて、真っ赤な巨大な火の玉が飛来した。
「なっ!?」
「タツヤ、伏せろ!」
レンが俺の首を抱え込み、横飛びで回避する。
直後、俺たちがいた場所の木々がドカンと派手
な音を立てて爆発し、木こりの仕事が一瞬で終わったかのように吹き飛んだ。
「きゃああああああっ!??!?」
爆風とともに、空から「何か」が落ちてくる。
ふんわりと膨らんだとんがり帽子に、ミニスカ
ートの法衣。
少女が一人、派手に枯れ葉の山へと突っ込んで撃墜された。
「痛たたた……! 召喚の余波で時空の歪みが起きてたからって、転移実験を暴走させるなんて……私の計算に狂いがあったというの……!?」
煙の中から立ち上がったのは、綺麗な金髪のツインテールを揺らす、小柄な少女だった。
大きな丸メガネをかけており、手には身丈ほどもある豪勢な魔法杖を握っている。
「誰だ……!?」レンが短剣を構える。
「あら、そこに誰かいるの? 私はアルカナム魔法士官学校・首席生徒にして天才魔導士、シャーロット・フォン・ローゼンベルクよ! 粗野な森の住人さん、私の華麗なる着地を見なかったことに——」
自慢げに胸を張っていたシャーロットが、メガネの奥の目を大きく見開いた。
彼女の視線が、俺の顔、胸、そして股間へと注がれる。
「……え?」
シャーロットの手から、ガシャンと魔法杖が落ちた。
「な、なにアレ……? 胸が平ら……声が低い……それに、あの独特の体格……。ウソ……ウソでしょ……!? 教科書でしか見たことない……【男】……!?」
「またこのパターンかー!!」
俺が頭を抱えた瞬間、シャーロットのメガネがパリンと割れそうなほどの眼光が放たれた。
「奇跡……! 実在したのね……!? 100年間の魔法史を覆す、究極の観測対象……!!」
シャーロットは鼻血をツーッと垂らしながら、不敵な笑みを浮かべた。
「決めたわ! あなたを私の『個人実験体(兼・旦那様)』にしてあげる!!」
グランベルの女騎士、東方のくノ一に続き、今
度は魔法学園の天才ツインテール美少女が参戦!
俺の貞操を巡る逃走劇は、学園都市『アルカナム』へと舞台を移していく!




