【続6話】 不夜城ラグナロクと、妖艶なる女王ヴェロニカ
大陸中央部、眠らないネオンと魔導の灯火が夜空を赤紫に染め上げる巨大歓楽都市——『不夜城ラグナロク』。
この絶望の世界において、男たちが僅かな夢と欲望を求めて集う最大級の無法地帯だ。しかし今、その華やかな街の周囲は、数十万の男たちで構成された『世界過激派連合軍』の重包囲網によって完全に封鎖されていた。
「重厚な包囲網ですわね……。あの無数の魔導砲と陣形、本気で街ひとつを潰す気ですわ」
魔導艇の窓から見下ろすセシリアが、不快そうに顔を歪める。
「フン、数だけは揃えたようだが、統制の取れていない烏合の衆だ。黒鋼都市の全軍がいれば半日で踏みつぶせる程度の雑魚どもだが……問題はあの城塞都市の構造だな」
腕を組み、不敵な笑みを浮かべるのは軍総督ヴァルキリア。
そして、ハルトの背後に気配もなく佇む黒髪の少女——レン華が、切れ長の瞳をさらに細めて静かに口を開いた。
「……ヴェロニカ。不夜城を治める裏社会の女王。男たちを言葉と知略で踊らせ、互いに潰し合わせることで、これまでたった一人で都市の頂点に君臨し続けてきた怪物……」
「怪物、ねぇ。だけどその女王様も、さすがに世界中の男たちが束になって押し寄せてきちゃ、万策尽きかけてるってわけだ」
ハルトは大剣の柄を握り直し、モニターに映し出される不夜城の中心部——輝く黄金の天守閣『紫電楼』を見つめた。
「アイリス、潜入のルートは?」
「肯定。過激派連合軍の包囲網は苛烈ですが、ヴェロニカ様が都市内部から展開している『誘惑の結界』により、男たちの指揮系統は混乱しています。その間隙を突き、地下水路経由で紫電楼へ直接侵入します」
「よし、最後の乙女……ヴェロニカに会いに行くぞ!」
その頃、不夜城の頂点にそびえる『紫電楼』の最上階。
紫煙がゆらりと立ち上る豪華絢爛な部屋で、一人の美女が深紅の絨毯の上に横たわっていた。
スリットから覗く豊満で艶やかな太もも、背中が大きく開いた黒革とシルクのドレス。妖艶な笑みを浮かべ、キセルから煙をくゆらせていた。
【不夜城の支配者】ヴェロニカ。
かつての歓楽街の女王クララの血を継ぐ、世界で最も危険で美しい最年長の乙女だ。
「あらあら……外の豚ども、随分と勢いづいているじゃない。わたくしを力ずくで檻に入れようなんて、100年早いですのに」
ヴェロニカは長い指先でチェスの駒を弄び、眼下に広がる包囲網を見下ろした。
彼女の周囲には、彼女の魅力と知略に心酔し、命を捨てる覚悟で固められた「傀儡の男たち」の精鋭が控えている。
「ヴェロニカ様! 東門の結界が突破されました! 連合軍の第3部隊がなだれ込んでまいります!」
「落ち着きなさいな。東門の地下には魔導爆薬を詰めておいたでしょう? 踏み込ませたところを一気に吹っ飛ばしなさい。……それから、西門の隊長には『ヴェロニカ様が夜の相手を約束した』と嘘の密書を送りなさいな。東門の爆発に紛れて西門の味方を後ろから撃たせるのよ」
「は、ははっ! 直ちに!」
顔を真っ赤にした部下が、恍惚とした表情で部屋を飛び出していく。
他者との肉体関係など一切持たず、言葉とそして圧倒的な美貌だけで男たちの欲望をコントロールし、同士討ちをさせ続けてきた真の策士。
だが、キセルを置いたヴェロニカの瞳に、微かな陰りが差した。
(……とはいえ、流石に数が多すぎるわね。わたくしの盤面も、そろそろコマ切れかしら……ふふ、最後の手段は、この城ごと男どもを吹き飛ばすことくらいね……)
死を目前にしても、なお絶望の欠片も見せない優雅な笑み。
その時、部屋の重厚な扉が凄まじい衝撃音とともに吹き飛んだ。
ドガアァァァァンッ!!
「な……なに事だッ!?」
部屋を守っていたヴェロニカの護衛たちが武器を構える。
爆煙の中から躍り出たのは、漆黒の大剣を担いだハルトだった。
「ふぅ……間一髪、間に合ったみたいだな!」
ハルトの左右には、輝く極光を纏ったセシリア、全身から圧倒的な覇気を放つヴァルキリア、そして影のように滑り込んできたレン華が並び立つ。
「な……ッ!?」
さすがのヴェロニカも、紫煙の中で瞳を大きく見開いた。
「あら……噂の『男神の末裔』相沢ハルトくんかしら? それにセシリアちゃんにヴァルキリアちゃん、レン華ちゃんまで……勢揃いね」
ヴェロニカはすぐに驚きを隠し、妖艶な笑みを深めて立ち上がった。胸元を強調するようにゆっくりと歩み寄り、ハルトの顔をじっと覗き込む。
「助けに来てくれたの? ふふ、嬉しいけれど……わたくしを助けるなんて、随分と欲深い坊やね。わたくしを手に入れて、何をするつもりなのかしら……♡」
吐息が届くほどの距離。甘い香水と熟した果実のような色香が、ハルトの鼻腔をくすぐる。
「欲望の道具にするつもりなら、失望するわよ? わたくし、男を弄ぶのは得意けれど、弄ばれるのは大嫌いなの」
試すような、鋭い眼光。
だが、ハルトは逃げも隠れもせず、ヴェロニカの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
「弄ぶつもりなんてねぇよ。お前を男たちの醜い争いから連れ出し、一人の人間として自由に生きさせる……ただそれだけだ!」
「……え?」
どんな甘言や欲望の言葉が返ってくるかと身構えていたヴェロニカの顔から、一瞬だけ妖艶な笑みが消えた。
「ヴェロニカぁぁぁッ!!」
突如、廊下の奥から過激派連合軍の幹部兵たちが雪崩込んでくる! ヴェロニカの傀儡たちが破られ、ついに本丸まで侵入してきたのだ。
「ハハハッ! ヴェロニカを見つけたぞ! 他の女どもまで揃っていやがる! 一獲千金だぁぁぁッ!」
欲望に狂った男たちの群れ。
だが、ハルトは迷わずヴェロニカの前に立ち塞がり、大剣を一閃させた。
ズバァァァァンッ!!
「ぐはぁッ!?」
一撃で十数人の大団員を吹き飛ばし、背後のセシリアとヴァルキリア、レン華が同時に動く!
「わたくしの前で下品な声を上げないでくださいます!? 『極光の刃』ッ!」
「ハハッ! 雑魚どもが群がるとはこのことか! 踏みつぶしてやるッ!」
「……消えろ」
極光の魔法、軍総督の剛拳、そして影のくノ一の神速の刃。
3人の乙女たちが完璧な連携で反乱兵となぎ払っていく。その光景は、もはや一方的な圧倒だった。
「……嘘でしょう……。あの子たちが、男ひとりのために……あんなに息を合わせて……?」
ヴェロニカは息を呑んだ。
高飛車で誰も寄せ付けなかったセシリア、支配欲の塊だったヴァルキリア、誰をも信用しなかったレン華。彼女たちが全員、ハルトという存在を中心に固い信頼で結ばれている。
「おい、ヴェロニカ! ぼーっとしてる暇はないぞ!」
ハルトが振り返り、ヴェロニカに向かって強く手を差し伸べた。
「ここを抜け出すぞ! 俺の背中に捕まれ!」
「……ふふ」
ヴェロニカはくすっと小さく笑うと、煙管を捨て、そのしなやかで美しい手をハルトの手へと重ねた。
「いいわ、相沢ハルト。わたくしをこの退屈な盤面から連れ出してみせなさい……♡」
世界に遺された5人目の乙女——ヴェロニカの救出。
そして、5人の乙女全員がハルトのもとへ結集する歴史的瞬間が、いま訪れようとしていた!




