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【続2話】 聖皇国の競売と、高潔なる檻の中の姫

『森の聖女』クロエを無事に保護した俺たちは、まず彼女を古代シェルターの最深部——アイリスのセキュリティプログラムと古代結界で厳重に守られた『絶対安全領域(エリア・ゼロ)』へと移送した。


「ハルトさん……私、ここでハルトさんのお帰りを待っています。絶対に……絶対に無事で戻ってきてくださいね……っ」


別れ際、涙ぐみながら俺の首に抱きついてきたクロエの頭を優しく撫で、俺はアイリスと共に次なる目的地へと向かった。


向かう先は、大陸の中央に位置する巨大宗教国家——『聖皇国(ルクス・サンクチュアリ)』。


かつては慈悲と祈りの国と讃えられたその大国は、16年前の『紅の沈黙』以降、欲望と狂気に狂った男たちの巣窟へと成り下がっていた。


「ハルト様。聖皇国の都『グランドール』に到着しました。市内の生体反応分析を開始します」


都を見下ろす丘の上で、アイリスが白銀の髪を風になびかせながら呟く。


広大な城塞都市は、絢爛豪華な白亜の建築物で埋め尽くされている。だが、街を行き交う群衆の100%が男だ。それも、他国からやってきた無数の豪商、軍閥の将軍、王族の使者たちで溢れかえり、街全体が嫌な熱気とギラギラとした欲望で煮え滾っていた。


「街中が浮き足立ってやがるな……」


「肯定します。本日執り行われる『神の開帳』……すなわち【聖皇国の美姫】セシリア・フォン・ローゼンベルク様の競売会(オークション)を目当てに、世界中から富と権力を持つ男たちが集結しています」


アイリスがホログラムで提示したのは、白亜の大聖堂の地下深くにある競売会場の構造図だ。


「セシリア様は旧王族の血を引く18歳の女性。100年前にタツヤ様の傍らにいた天才魔導士シャーロット・フォン・ローゼンベルクの血脈です。彼女は高位の攻撃魔導の適性を持つと同時に、旧王族の正統な血統証でもあります。それゆえに聖皇国の現教皇は、彼女を自国の財源と権力掌握のための『最高額の出品物』として扱う決定を下しました」


「一人の人間を、オークションの目玉商品扱いか。胸糞悪いにもほどがあるな」


俺は背中の大剣の柄を固く握りしめた。


「オークションの開宴は今夜。競売が成立すれば、買収した国や軍閥によってセシリア様は即座に連れ去られ、連日の交接を強要される『繁殖の道具』として幽閉されるでしょう」


「そうはさせるかよ。オークションが始まる前に、地下大聖堂へ潜入してセシリア姫を連れ出す!」


「了解しました。潜入ルートの計算完了。聖皇騎士団の警備巡回率が最低となる時間帯を狙い、作戦を開始します」







夜の帳が落ち、白亜の都に怪しい燭台の明かりが灯る頃。


俺とアイリスは、大聖堂の裏手にそびえる魔導換気塔から、地下深くへと潜入を開始した。


「ハルト様、前方通路に聖騎士4名。いずれも高出力の魔導槍を装備しています」


「任せろ」


暗闇から疾風のごとく飛び出した俺は、大剣の柄頭で聖騎士たちの頸椎を的確に叩いた。悲鳴すら上げさせず、4人の巨漢が崩れ落ちる。アイリスが即座に浮遊力場で彼らの身体をキャッチし、音が鳴らないよう隅へ片付けた。


「鮮やかな手際です、ハルト様」


「よし、この奥か」


重厚なルーン文字が刻まれた銀の扉をアイリスがハッキングして開けると、そこには常識を逸脱した豪華な空間が広がっていた。


フカフカの赤い絨毯、金の燭台、そして部屋の中央に置かれた巨大な鳥籠状の金色の檻。


その檻の中に、一人の少女が座っていた。


光り輝く黄金の髪を完璧な縦ロールにセットし、深いサファイアのような青い瞳を持つ少女。豪華な純白のドレスに身を包み、背筋をピンと伸ばして椅子に腰掛けている。


彼女こそが、世界にたった5人しか残っていない人間の女性の一人——【聖皇国の美姫】セシリアだった。


「……誰ですの? 許可なくわたくしの部屋に入ってくるとは、無礼極まりありませんわよ」


扉が開いた音に気づいたセシリアは、冷ややかな瞳で俺たちを睨みつけた。その声には、高貴な生まれゆえの凛とした気品と、徹底的な他者への不信感が張り詰めていた。


「聖皇国の犬どもなら、もう話すことはありませんわ。わたくしを幾らで売ろうと勝手になさい。……どうせこの世界は、愚かな男たちの欲望で滅びゆく定めなのですから」


「おいおい、いきなり手厳しいな。俺はオークションの買い手でも、教皇の犬でもないぞ」


俺は苦笑しながら、大剣の先で金色の檻の鍵を突いた。


「な……なんですの、あなた!? まさか、不法侵入者ですの!?」


セシリアが驚いたように青い瞳を見開く。


「俺は相沢ハルト。君をこんな悪趣味な檻から救い出しに来た」


「……ハルト……? まさか、100年前の『男神』相沢タツヤの血を引くという、あの男の……!?」


セシリアは一瞬目を見張ったものの、すぐに氷のように冷ややかな微笑を浮かべ、細い顎をツンと上げた。


「ふん……『救い出しに来た』ですって? 笑わせないでくださる? 教皇の手から奪い取って、今度はあなた自身の『所有物』にしようという魂胆でしょう! どいつもこども、考えることは同じ……男なんて、どいつも野蛮で浅はかな獣ばかりですわ!」


高慢な態度で俺を突っぱねるセシリア。だが、俺を見つめるサファイアの瞳の奥には、絶望と強い警戒心が揺れていた。


「俺の所有物にするつもりなんてない。君を連れ出したら、安全な場所に隠して自由にする。それだけだ」


「はっ! 自由? この男だらけの世界で、女に自由など存在すると思っていらっしゃいますの!? 巧言令色でわたくしを騙そうとしても無駄ですわ! どうせわたくしの身体か、ローゼンベルク家の王位継承権が目当てなのでしょう!」


声を張り上げながらセシリアは立ち上がろうとした。だが、長期間の軟禁と手首にはめられた『魔力抑制の腕輪』のせいで脚に力が入らず、「あ……っ!」と前へ膝をついた。


「あ……くっ……!」


「ほら見ろ。強がり言ってる場合かよ」


俺は大剣を一振りし、金色の檻を呆気なく真っ二つに叩き斬った。甲高い金属音と共に格子が崩れ落ちる。


「きゃ……っ!?」


檻の中に土足で踏み込んだ俺は、床にへたり込んでいるセシリアの前にしゃがみ込み、彼女の手首に装着されていた黒い金属の腕輪を強引に掴んだ。


「な、何をする気ですの!? 触らないで……っ!」


「静かにしてろ。痛くしないから」


俺は体内の真なる神の魔力を腕輪へと流し込んだ。バリバリと紫色の火花が散り、特殊合金で作られた魔力抑制具が脆く砕け散る。


「あ……っ……!? 魔力が……戻って……っ!?」


全身に魔力が再び循環し始め、セシリアの肌に朱が差し、体力が急速に回復していく。


彼女は自分の手首と砕けた腕輪を交互に見つめ、信じられないというように俺を見上げた。


「なぜ……? 魔力抑制具を外せば、わたくしがあなたを攻撃するかもしれないのに……なぜ、わざわざ自由になさるのですの!?」


「言っただろ。俺は君を捕まえに来たんじゃない、助けに来たんだ。戦えるなら、自分で自分の身を守れ。……ただし、俺の背中は信用していい」


そう言って俺は彼女に手を差し伸べた。


セシリアは俺の手と、俺の真っ直ぐな瞳を交互に見つめた。


物心ついたからずっと、自分に向けられていたのは「奪いたい」「抱きたい」「支配したい」という泥のような欲望だけだった。だが、目の前の男の瞳には、見返りを求める不純な色が一切ない。


(なんなのですの、この男は……!? わたくしを『女』として見極めようともせず……『売り物』として扱うでもなく……本当にただ、助けるためだけにここへ侵入したというのですか……!?)


セシリアの胸の中で、絶対に崩れないと誓っていた猜疑心の壁が、音を立てて小さく揺らいだ。


「……勘違いしないでくださる?」


セシリアは俺の手を取らず、自力で立ち上がると、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「あなたを信頼したわけではありませんわ。ただ……あの教皇の豚どもの商品にされるくらいなら、あなたのその図々しい顔を見ている方がマシだと思っただけです!」


「へいへい。それで十分だよ、姫様」


俺は苦笑しながら背中の大剣を構え直した。


「ハルト様、会話の途中恐縮ですが、大聖堂のメインホールにてオークションの開宴ベルが鳴らされました。間もなく教皇と競売人(オークショニア)がこの部屋へ向かってきます」


アイリスが入口の影から冷徹に告げる。


「よし、どっちにしろ脱出するなら派手に暴れて、教皇どもの面丸つぶれにしてやるか」


「……ふん。わたくしを『売り物』扱いした罪、タダで済むと思わないことですわね」


セシリアが勝気な笑みを浮かべ、サファイアの瞳をギラリと輝かせた。魔力が戻った彼女の両手に、バチバチと高出力の撃滅魔法陣が展開される。ツンとすました態度の裏に、ローゼンベルク家の血を引く天才魔導士としての圧巻の威圧感が漂っていた。


「わたくしの魔法の邪魔をしないでくださる? 足手まといになったら置いていきますわよ、ハルト!」


「それはこっちのセリフだ。ついて来いよ、セシリア!」


俺は地下大聖堂の重厚な壁を大剣の一撃で粉砕した。


ズガガガガガアンッ!!


壁の向こうに広がっていたのは、数千の男たちが酒と欲望に酔い痴れる、豪華絢爛なオークション会場。


「な……なんだ!? 爆発か!?」


「何者だッ!? 競売場に不審者が侵入したぞ!」


悲鳴と怒号が交錯する中、俺とセシリア、そしてアイリスの三人は、熱狂する男たちの真っ只中へと殴り込みをかけた。


セシリアはまだ俺に完全には心を開いていない。だが、彼女の瞳に宿る不敵な光は、世界に抗う強い意志そのものだった。


男だらけの狂乱の都から、プライド高き姫を連れ出す壮絶な脱出劇が、いま始まった——!


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