【第40話】 黒き死の絶壁と、甘すぎる毒霧の罠
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
雲海を抜け、新型【ルナティック号】が降り立ったのは、太陽の光すら届かない禍々しい漆黒の領域だった。
地上から天空へと突き立つ無数の黒い岩柱。
その中央に聳え立つ巨大な断崖絶壁——それこそが、100年前の世界を絶望に突き落とした魔導ウィルスの発生源、【黒き死の絶壁】だった。
「……空気が重いですわね。100年前の残滓なのか、不気味な魔力が漂っていますわ」
シルヴィアが突剣の柄に手をかけ、警戒露わに暗い空を見上げる。
「ええ。普通の人間なら息をするだけで魔力酔いを起こす毒霧(瘴気)で覆われているわ」
シャーロットが丸メガネの度数を調整しながら、ルナティック号の全周囲に緑色の『清浄浄化結界』を展開した。
「ふふ、ですがアヴァロンで強化されたこの船なら、この程度の毒霧は効きませんよ」
操縦席でルナが不敵に微笑み、操縦桿を握り直す。
「よし……! 結社の本拠地はこの崖の奥にある古代研究施設だな!」
俺が気合を入れて拳を握り締めると、横に立っていたアイリスが即座に俺の手をギュッと握り返してきた。
ピ……キュィィィィン♪
「充電率、現在88%。……マスターの手のぬく
もりにより、精神安定パラメータが上昇中。これより絶壁内部の生体反応サーチを開始しま
す」
アイリスが無表情のまま頬をすり寄せてくる。
「ちょっとアイリス! 出撃直前にどさくさに紛れてタツヤさんとイチャつくのはおやめなさい!」
シルヴィアが額に青筋を立てて割り込んでく
る。
「これは作戦行動の一環です。マスターの周囲の安全を維持するため、充電は必須です」
アイリスは平然と言い放ち、俺の腕にしがみついたまま離れようとしない。
「狡い! 私だってタツヤとスキンシップして魔力を高めたいわよ!」
シャーロットがむっと唇を尖らせる。
「ハハハ! 緊張感があるんだかないんだか分からねぇ場所だな!」
バルバロッサが豪快に笑いながら、二本の魔導銃のシリンダーを回転させた。
(シルヴィアたちと一緒だと、どんな恐ろしい場所でも悲壮感が吹き飛ぶな……!)
俺が少し笑みをこぼした——その時だった。
シュゥゥゥゥゥ……!
絶壁の裂け目から、怪しい桃色の煙がモコモコと湧き出し、ルナティック号の浄化結界を包み込んだ。
「何事だ!?」
『ふふふ……ようこそ、我が【黒の結社】の聖域へ……♡』
甘く熟した果実のような、妖艶な女性の声が暗雲の中に響き渡った。
絶壁の岩棚の上に姿を現したのは、黒と紫のシ
ースルー衣装を纏った美貌の女性——【黒の結社】四天王の一人、【甘愛の術師】ヴェロニカだった。
「100年ぶりの男神様……そして、彼を囲む可憐な娘たち。……逃亡劇はここで終わりですわ」
ヴェロニカが扇子を優雅にかざすと、船を包み込んだ桃色の煙が怪しく光り輝いた。
「この煙は【極楽桃色の媚薬香】……。どんなに頑なな淑女であれ、吸い込めば理性を失い、目の前の男に欲望のまま襲いかかる悪魔の香気……♡」
「なっ……魔導ウィルスじゃなくて、また媚薬系の罠かよ!?」
俺は思わず叫んだ。この世界の敵、欲望に直球すぎるだろ!
「くっ……結界を透過して香りが……っ!」
シャーロットが真っ先に顔を赤らめ、ふらりと膝をついた。
「な……なんですのこの強烈な熱気は……! 体が……言うことを聞きませんわ……っ!」
シルヴィアも突剣を支えにしながら、うっとりとした瞳で俺を見つめ始める。
「へっ……甘ぇ匂いじゃねぇか……。タツヤ……ちょっとこっち来い……♡」
「タツヤ……あつい……♡」
「ふふ……盗むのは……あなたの心……♡」
「タツヤ……つがい……♡」
(また全員がピンク色の発情モードに入ったぁぁぁぁっ!?)
ヴェロニカが勝ち誇ったように高笑いする。
『ふふふ! さあ、正気を失った彼女たちに思う存分揉みくちゃにされなさい! そして理性が崩壊した隙に、我が結社があなたを回収……』
「——不許可」
ドガァァァァン!!
一瞬にして、ヴェロニカの足元の岩棚が木端微塵に吹き飛んだ!
「きゃあぁぁぁっ!?」
悲鳴を上げて落石とともに転がり落ちるヴェロニカ。
攻撃を放ったのは——俺の前に立ちはだかったアイリスだった。
背中の巨大バズーカから黒煙を吐き出しなが
ら、アイリスは冷徹なコバルトブルーの瞳でヴェロニカを見下ろしている。
「本機は機械生命体につき、有機化学的媚薬・発情成分の無効化を達成。……マスターに対する有害な桃色ガスの散布を確認。即時無力化対象と判定します」
「アイリス!」
「マスター、伏せてください。広域清浄冷却風
(クリーン・ブリーズ)を射出します」
アイリスが胸部の装甲を展開し、凄まじい勢い
の超低温冷却風を周囲に撒き散らした!
強風(ブワッ!!!!)
「ひゃあああっ!? 冷たいぃぃぃっ!」
冷気と風によって、桃色の媚薬香が一瞬で吹き飛ばされ、シルヴィアたちの頭に冷水が浴びせられたような状態になった。
「はっ……!? 私はいったい……何を……!?」
シルヴィアが真っ赤になった顔を押さえてハッ
と我に返る。
「うう……また理性を失うところだったわ……!」
シャーロットが照れくさそうにメガネを掛け直す。
「くっ……よくも私の美しき【媚薬香】を……! たかが機械人形がぁぁぁっ!」
這い上がってきたヴェロニカが激怒して手をかざす。
だが、正気に戻ったシルヴィアたちが、一斉に武器を構えて立ち上がった。
「タツヤさんの前で……あのような見っともない姿を晒させるとは……許せませんわ!」
シルヴィアの突剣に凄まじい嵐が吹き荒れる。
「そうよ! あんたたちの浅はかな罠には、もう二度とかからないわよ!」
シャーロットの極大炎魔法が展開される。
「お頭との甘い時間を邪魔した罪は
重いぜぇっ!」
バルバロッサの魔導銃が真っ赤に発光する。
「「「「覚悟しなさい(しな)!!!」」」」
ズガガガガガガガァァァン!!!!
シルヴィアたちの怒りの一斉攻撃が炸裂し、結社幹部のヴェロニカは悲鳴を上げる暇もなく雲海の彼方へと吹き飛ばされていった。
「た、たくましい……!」
俺は冷や汗を流しながら感心した。
「マスター。敵幹部の排除を完了。……充電率が45%まで低下しました。再充電を要求します」
アイリスが無表情のまま、再び俺の手をぎゅっと握りしめてくる。
「ふふ、ありがとうアイリス。助かったよ」
「……マスターの笑顔を確認。胸部回路の温度が上昇。……非常に満足です」
アイリスが小さく、本当に小さく微笑んだように見えた。
「さあ、みなさん! 結社の本拠地は目と鼻の先ですわ!」
シルヴィアが突剣で絶壁の巨大な扉を指さす。
「「「「おーっ!!!昔の呪いを解いて、タツヤさん(タツヤ)との平和な未来を手に入れるぞーっ!」」」」
世界の運命を変える最後の決戦へ向け、俺とシルヴィアたちの絆は最高潮に高まっていた——!




