【第19話】密室の温室と、モブ女子の恐ろしい執念
「逃がしません……♡」
ガチャリ、と重い音を立てて温室の鉄製扉が魔法でロックされた。
温室内に漂うハーブの香りが、一瞬にして甘く重い、脳を麻痺させるような濃密なポーションの匂いへと変わっていく。
「コ、コレットさん……!? 君、さっきまでの控えめで可憐な雰囲気はどこ行ったんだよ!?」
俺は温室のガラス壁に背中を打ち付けながら、恐怖で声を震わせた。
目の前に立つコレットは、うつむいていた顔を持ち上げた。
その表情には、先ほどの小動物のような面影など微塵もない。瞳は怪しく真っ赤に発光し、口元からはダラリと涎がこぼれ落ちんばかりの、完全な『狩人』の顔だ。
「フフフ……タツヤ様、甘いです……甘すぎます♡」
コレットは【超濃縮・龍の媚薬】が入った小瓶をゆらゆらと揺らしながら、一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
「あいつら……生徒会長や天才魔導士、空賊船長なんていう目立つ連中が正面から派手に争っている隙を突く……! これが、名前もつかない『モブ女子生徒』の生き残りをかけた暗躍術ですわ!」
「暗躍のレベルがプロの暗殺者なんだよ!!」
「学園には五千人の女子生徒がいるんです! 普通に順番を待っていたら、私の実家に子種が回ってくるまでに100年かかっちゃいます! ならば……ここで既成事実を作って、私が第一側室(あるいは本妻)の座を奪い取るまでぇぇぇっ!」
コレットが奇声をあげながら飛びかかってきた!
手にした小瓶から溢れ出るピンクの液体が、俺の顔面めがけて迫る!
(やばい! 飲む以前に肌に触れただけで発情さ
せられるやつだ!!)
「誰か助けてぇぇぇぇっ!!」
俺が死兵の如き悲鳴をあげた——次の瞬間。
バギャァァァァン!!!!
温室の強化ガラス天井が、激しい衝撃とともに粉々に砕け散った!
「タツヤに手を出すな、雑魚がぁぁぁぁっ!!」
ドスッ!!
天井から滑空してきた影——くノ一のレンが、空中で一閃。
コレットが持っていた媚薬の小瓶を短剣の柄で正確に打ち砕き、そのままコレットの首筋に鋭い手刀を叩き込んだ。
「あぐっ……!? モ、モブの野望が……っ」
白目を剥いて倒れ込むコレット。
「タツヤ! 無事か!?」
レンが即座に俺の前に立ち、周囲を警戒する。
「レ、レン……! 助かった、間一髪だった……!」
さらに、破られた温室の扉から続々とヒロインたちが雪崩れ込んできた。
「生徒会規約第8条違反! 『卑劣な不意打ちによる貞操侵害未遂』の罪で逮捕しますわ!」
突剣を構えた生徒会長シルヴィアが凛々しく言い放つ。
「っていうか、私の作った劇薬より濃度が高いじゃないのよ! どこで手に入れたのよその龍の媚薬!」
シャーロットがメガネの位置を直しながら怒鳴る。
「へっ、ハイエナめが。俺たちの獲物に手を出すには100年早いんだよ!」
バルバロッサが魔導銃を回しながらニヤリと笑う。
「ふふ、私の狙っていた『お宝』を横取りしようとするなんて、悪い子ですね」
ルナが手枷を弄びながら怪しく微笑む。
気絶したコレットは、駆けつけた生徒会役員によって「キーッ! モブにだって子種をもらう権利があるはずよーっ!」と叫びながら連行されていった。
「ふぅ……」
俺は温室の床にへたり込み、荒い息を吐いた。
(助かった……みんなのおかげで貞操は守られた……)
……だが、俺は重大な事実に気づいてしまった。
シャーロットたちが危険なのは百も承知だった。
だが、この学園都市にいる五千人の女子生徒全員が、隙あらば俺をハメて既成事実を作ろうと狙っている「潜在的肉食獣」なのだ。
「なぁ……この学園、どこに行っても安心できる場所がないんじゃないか……?」
俺のつぶやきに、シルヴィアたちが一斉に俺の顔を覗き込んできた。
「安心してくださいタツヤさん。だからこそ、私(生徒会)が24時間体制であなたと同じ部屋で就寝し、ガードしますわ!」
「違うわよシルヴィア! 私の研究室にタツヤを隔離するのが一番安全よ!」
「俺の船の船長室に来れば、誰も手を出せねぇぜ?」
「私の影の中にいれば完全無欠だ」
「私と一緒に、夜の闇へと消えましょう♪」
「「「「「さあタツヤ(様)、どこで私(俺)と過ごしますか!?」」」」」
逃げ場ゼロ。
モブ女子の恐怖を乗り越えた先には、ヒロインたちによる「24時間・同居(監禁)権利争奪戦」という、更なる地獄が待っていた。
俺の純潔を賭けた学園生活は、初日からクライマックスの嵐に見舞われるのだった——!




