【第18話】はじめての放課後と、学園裏庭の熱視線
「白飯……普通のご飯をくれぇ……」
劇薬入りキャラ弁と巨大肉塊の争奪戦から這い出るように逃げ出した俺は、結局購買で買った謎の異世界パン(ほんのり甘くて固い)を噛み締めながら、命からがら午後の授業を乗り切っ
た。
そして、やってきた放課後。
(よし……チャイムが鳴った瞬間に即ダッシュ
だ! 捕まったら今度こそ何をされるか分からん!)
俺はカバンを握りしめ、席を立とうとした。
だが——
「どこへ行く気ですの、タツヤさん?」
右隣から、完璧な所作で生徒会長シルヴィアが立ち上がった。その手には『放課後密着指導計画書』と書かれたぶ厚い書類が握られている。
「生徒会令に基づき、本日より放課後のあなたの行動はすべて私の監視下に置かれます。まずは生徒会室にて、私の手料理の鑑識……ではなく試食をしていただきますわ」
「ちょっと待ちなさいシルヴィア!」
後ろの席からシャーロットが割って入ってきた。
「今日の放課後は私の研究室で『男子高校生の基礎代謝測定』をする約束……じゃなくて予定よ! 惚れ薬(劇薬)の件は反省したから、今度はちゃんと純粋な睡眠薬……じゃなくて栄養ドリンクを用意したわ!」
「白状してんじゃねえか!!」
「タツヤ様、そんな物騒な人たちは置いて、私と学園の街にデートへ繰り出しましょう♪」
前の席からルナが可憐に微笑み、俺の腕に抱きついてくる。
「影の中に隠れろタツヤ。この隙に地下道から脱出させる」
足元の影からレンの手が伸びて俺の裾を引っ張る。
「おいおい、俺の『放課後特訓』を忘れてもらっちゃ困るな!」
教壇からバルバロッサが魔導銃を肩に担いでニヤリと笑った。
ヒロインたちの視線がバチバチと火花を散らし、教室内の魔圧がグングンと跳ね上がっていく。
(だ、ダメだ……! この場にいたらまた大爆破に巻き込まれる!)
「すまんみんな! 俺、放課後はちょっと……
『男子トイレ』に行ってくるから!!」
「「「「えっ!?」」」」
俺は一瞬の隙を突き、ヒロインたちの包囲網を力ずくで突破! 廊下へと飛び出した!
「待ちなさいタツヤ! 男子トイレなどこの学園にはありませんわよ!?」
「あ、そうだったー!!?」
100年前に男が絶滅した学園に男子トイレなどあるはずもない! 自分のバカさに叫びながら、俺は階段を駆け下り、校舎の裏手へとダッシュした。
校舎の裏庭・温室の陰
「ハァ……ハァ……ここまで来れば、流石に追ってこれないだろ……」
俺は校舎の裏手にある大きなガラス温室の陰に身を潜め、荒い息を整えた。
静かな木漏れ日と、甘い花の香りが漂う。久々の平和な時間だった。
「……ふぅ。まさか異世界に来て、こんな命がけの鬼ごっこを毎日やる羽目になるとはな」
俺は草の上に腰を下ろし、深くため息をついた。
男が自分一人しかいない世界。モテまくりでハーレムと言えば聞こえはいいが、現実は猛獣の檻に裸で放り込まれたようなものだ。
(早く日本に帰る方法を見つけるか……それとも、この世界で安全に生きていく方法を考えないと……)
「……あの、すみません」
「うわぁぁぁっ!?」
突然、頭上から可憐な声が聞こえ、俺は跳ね起きるように後ろへ飛び退いた。
そこに立っていたのは——
一人の少女だった。
肩のあたりで揃えられた柔らかな栗色の髪。控えめで小さめの制服。どこか小動物を思わせる、クリッとした大きな瞳。
胸元には『1年Cクラス』の学級バッジ。派手なオーラや威圧感は一切ない、ごく普通の、しかし守ってあげたくなるような可憐なクラス委員長風の少女だった。
「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったんです……!」
少女は申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせ、小さく身を縮めた。
「あ、いや……大丈夫です。俺こそ大声出してすみません。君は……?」
「私……1年Cクラスの、コレットと言います。その……温室のお花のお世話をしにきたんですけど……」
コレットと名乗った少女は、もじもじと指をすり合わせながら、上目遣いで俺を見つめた。
(お、おお……! なんという清涼感……!)
俺は感動した。
会う女会う女、全員が「種を寄こせ!」「押し倒す!」「我が国の至宝に!」とギラギラした肉食系ばかりだったこの世界で、こんなにも控えめで大人しい女子生徒が存在するなんて!
「コレットさん……君は、俺を見ても襲いかかってこないんだな」
「えっ……? あ、はい……。だって、タツヤ様は……とても困っていらっしゃるように見えましたから。学園中が大騒ぎになっていて、お辛いんじゃないかって……」
コレットは気遣わしげに目を細め、小さく微笑んだ。
天使だ。間違いなくこの異世界に降臨した唯一の天使だ!!
「ありがとう、コレットさん……! 君のその優しさが、今の俺には骨身に沁みるよ……!」
俺が感動のあまり彼女の手を握り締めると、コレットは「ふあっ!?」と顔を真っ赤にして固まった。
「あ、ごめん! 嫌だったか!?」
「い、いいえっ! 嫌じゃないです……! むしろ、すごく……温かくて……」
コレットは頬を林檎のように赤く染めながら、俺の手をそっと握り返してきた。
「あの……タツヤ様。もしよかったら……この温室の中で、一緒にハーブティーでもいかがですか? ここなら、誰も来ませんから……ふたりきりになれますよ……?」
「えっ……二人きり……?」
静かな温室。甘い花の香り。控えめで可憐な美少女と二人きりのティータイム。
(こ、これが……俺が求めていた健全で甘酸っぱいラノベの学園生活……!!)
「いいの……? じゃあ、お邪魔させてもらおうかな」
俺が鼻の下を伸ばして温室の扉に手をかけた
——その時だった。
コレットの小さな背中の後ろ。
彼女の手の中に隠されていた小瓶から、トロリとした濃密なピンク色の液体が、ポタリと草の上にこぼれ落ちた。
ポタッ……。
その液体が触れた雑草が、一瞬でジュッと煙を上げてドロドロに溶けた。
(……ん?)
俺の思考がフリーズした。
溶ける雑草。
そして、うつむいたコレットの栗色の髪の隙間から見えた——
爛々と怪しく光り輝く、完全にヤバい肉食獣の
瞳。
「……ふふ。捕まえた……♡」
コレットの可憐な声が、一瞬で地獄の底から響くような低く蕩けた声へと変貌した。
「ずーっと狙っていたんです…あいつらがドタバタ暴れている隙に、一番無警戒なところを狙う……これが『モブ女子』の生き残り戦略です……♡ さあタツヤ様、この【超濃縮・龍の媚薬】を飲んで……私と一晩で十人のお子を作りましょうね……♡」
「おとなしい美少女のフリしたガチの暗殺系肉食女子だったぁぁぁぁぁっ!??!?」
「逃がしません……♡」
ガチャリ、と温室の扉が魔法でロックされる音。
静かな裏庭の温室で、俺の「絶対貞操防衛線」は過去最大の危機を迎えるのだった——!




