【第15話】怪盗の密室と、月下の美少女の赤面
シュザーッ……!
風を切る音が止み、純白のグライダーがしなやかに着地した。
そこは、学園都市の夜景を一望できる古い時計塔の頂上——ルナの隠れ家だった。
部屋の中にはアンティーク調の家具が並び、大きな文字盤のガラス窓から満月の光が優しく差し込んでいる。
「ふぅ……無事、到着です」
ルナはグライダーをパッと手品のように消すと、シルクハットの庇を指先でクイと持ち上げた。
月光に照らされた銀髪とルビー色の瞳が、妖しくも美しい光を放っている。
「ようこそ、私の特別なお部屋へ。……誰にも邪魔されない、二人だけの秘密の空間ですよ」
ルナは優雅な手つきで俺をふかふかの革張りソ
ファへと導いた。
「ささ、お掛けになって。空の旅でお疲れでしょう?」
「あ、ありがとう……助けてくれて」
俺はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。
落下死の恐怖から解放された安心感で、どっと疲労が押し寄せてくる。
「礼には及びません。私は怪盗……欲しいものを盗み出しただけに過ぎませんから」
ルナは部屋の隅のテーブルから小さなグラスを取り出すと、葡萄ジュースを注いで俺に手渡してくれた。
「毒などは入っておりませんよ? 私は『力ずく』で奪う粗野な空賊や、薬で縛る不躾なくノ一とは違います。怪盗の流儀に従い、あなたの『同意』と『心』を盗みに来たのです」
「流儀……。なんかキザだけど、他のヒロインたちよりずっと紳士的(?)に見えるな……」
俺が葡萄ジュースをゴクゴクと飲むと、ルナは満足そうに微笑み、ゆっくりと俺の隣へと腰掛けた。
「ふふ……『世界で最も盗むのが難しいお宝』……それが、100年ぶりに現れた【男神】相沢タツヤ様。……怪盗として、これ以上の獲物はありません」
ルナはすっと細い指先を伸ばし、俺の胸元にそっと触れた。
滑らかな白い手袋越しだが、彼女の指先がかすかに震えているのが伝わってくる。
「……私の狙いは、あなたの『種子』。そして……あなたの『愛』です。私に盗まれてくださいますか……?」
キザで完璧な怪盗の決め台詞。
月光の下での、映画のワンシーンのような美しい誘惑——。
……のはずだった。
「……あ」
俺の胸に触れた指先から伝わった熱気。
そして、俺が直視した至近距離の男の顔。
ルナのルビー色の瞳が、みるみるうちに丸くなった。
「……あ……う……?」
彼女の白い肌が、耳の先まで一瞬で熟したトマトのように真っ赤に染まっていく。
「ルナさん……?」
「あ……あの……あのあのアノアノ……っ!!」
ぽんっ!!
まるで頭の上から煙でも出たかのように、ルナ
は弾かれたようにソファから跳び退いた。
勢い余って自分のマントの裾を踏み、豪快にすてーんと床へ転ぶ。
「痛っ!??! シルクハットが……あうぅっ!?」
脱げ落ちたシルクハット。
床にぺたりと座り込んだルナは、両手で真っ赤な顔を覆い、バタバタと脚を暴れさせていた。
「む、無理……っ! 無理です無理です無理ですーーーっ!!」
「どうしたの!??! さっきまでのキザな怪盗どこ行った!?」
「だって……っ! だって本物の男の人ですよ!? 胸板が厚くて、声が低くて……触ったらすごく温かくて固くて……っ!」
ルナは涙目になりながら、指の隙間から俺をチラチラと盗み見てくる。
「私……世界中の宝を盗んできたから『男だって余裕で盗んで見せるわ!』って見栄を張って……! でも、男の人とこんな二人きりになるなんて初めてで……息の仕方が分からないよぉぉっ!」
完全なるパニック自爆。
そう、彼女もまた——**「カッコつけてみたものの、男の免疫が完全にゼロな純情少女」**だったのだ!
「だ、大怪盗の威厳が台無しだよ……」
「うぅ……笑わないでくださいぃ……! 私だって、女の子なんです……! 憧れの男の人を目の前にして、平然としていられるわけないじゃないですかぁ……!」
ルナは膝を抱えて丸くなり、耳まで真っ赤にして小さくなっている。
その姿は、先ほどまでの神秘的な怪盗とは程遠い、守ってあげたくなるような等身大の可憐な少女だった。
「ふぅ……」
俺は苦笑しながらソファから立ち上がり、彼女の目の前でしゃがみ込んだ。
そして、床に落ちていたシルクハットを拾い上げ、頭に優しく乗せてやった。
「助けてくれたのは本当だろ? ありがとう、ルナ」
「……っ!」
ルナがハッと目を見開き、帽子の庇の下から俺を見上げる。
「私……あなたを盗もうとしたんですよ……? 自分の国に連れて行って、私だけのものにしようと……」
「でも、力づくじゃなくて、俺の気持ちを大事にしようとしてくれた。それだけでも、十分優しいよ」
俺が微笑むと、ルナのルビー色の瞳にポロポロと涙が溢れ出た。
「あ……あああ……っ。だめです……格好良すぎます……っ! これじゃあ私……本当に『こころ』を盗まれちゃいました……っ!」
ルナは感極まった様子で俺の首に抱きついてきた。
「タツヤ様……! 私、泥棒じゃなくて……あなたの本当の『お嫁さん』になりたいです……! 一生大切にしますから、私に種を——」
「結局そこへ行き着くのかーい!!」
感動的な雰囲気が一瞬で台なしになった、その時だった。
ドガァァァァァン!!!!
時計塔の巨大な文字盤のガラス窓が、派手な音を立てて粉々に砕け散った!
「見つけましたわよ、コソ泥猫ぉぉぉぉっ!!」
月光を背に舞い散るガラス片の中、風の突風とともに乱入してきたのは、生徒会長シルヴィア!
さらに、ワイヤーを引っかけて窓から飛び込んできた空賊船長バルバロッサ!
そして影の中から一瞬で現れたくノ一レン!
「うちの『戦利品』を横取りするんじゃねえ!」
「タツヤの純潔は……私が守る!」
「「「「「逃がさない(渡さない)わよ(ぜ)ぁぁぁぁっ!!!!」」」」」
「ひぃぃぃっ!? 追っ手が早すぎますーっ!」
ルナが悲鳴を上げて俺の背中に隠れる。
大怪盗のアジトも一瞬で包囲網!
男一人の遺伝子を巡る世界規模の激突は、学園都市の夜をさらに熱く狂わせていくのだった——!




