【第13話】船長室の甘い酒と、強がり乙女の心臓音
ドシン!!
「ぶふっ!?」
豪華な革張りのソファに、俺の身体が容赦なく投げ出された。
そこは、空賊船の最奥に位置する船長室だった。
壁には巨大な航海図や巨大な獣の頭蓋骨が飾られ、部屋の中央には重厚な木製デスク。そして棚には見たこともないような年代物の酒瓶がずらりと並んでいる。
「ふぅ……よし、これで邪魔者は入ってこねぇ」
バタンと重い扉が閉められ、カチャリと内側から鍵がかけられた。
扉に背を預けて立ったのは、乙女義賊団の船長・バルバロッサだ。
彼女は帽子を脱ぐと、艶やかな赤髪をバサリと揺らし、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。
「さて……『男神様』よ。落ち着いて話ができるようになったな?」
「お、落ち着けるわけないだろ! 鍵までかけてどうする気だ!?」
俺はソファの上で抱き枕を抱えるように身構えた。
「ハッ、何警戒してんだよ。俺が取って食うわけじゃねえ……と言いたいところだが、まあ半分は当たりだな」
バルバロッサは腰のラム酒の瓶をデスクに置くと、ドカッと俺の目の前の机に腰掛けた。
引き締まった腿と、胸元から覗く豊満な谷間。褐色肌と相まって、溢れ出す野生的な色香(フ
ェロモン)が部屋中に満ちている。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「……相沢タツヤ」
「タツヤか。いい名だ」
バルバロッサは棚からグラスを二つ取り出すと、黄金色の酒をドバドバと注ぎ、片方を俺に突き出してきた。
「まずは杯を交わそうじゃねえか。俺の船へようこそ、タツヤ」
「い、いや、俺まだ高校生だし酒は——」
「あ? 空賊の流儀において、差し出された酒を断るのは無礼にあたるんだぜ? ……それとも、俺の酒は飲めねえってか?」
琥珀色の瞳がじろりと俺を睨む。
迫力に気圧された俺は、冷や汗を流しながら渋々グラスを受け取った。
「の、飲みます……。でも一口だけな」
「おう、それでこそ男だ!」
バルバロッサは豪快に自分のグラスを飲み干すと、「ぷはぁっ!」と息を吐いた。
そして、じっと俺がグラスに口をつける様子を観察してくる。
俺が舐めるように少しだけ酒を口に含むと、フ
ルーティで甘い香りと強いアルコールが口いっぱいに広がった。
「ゲホッ……! か、辛い……」
「ハハハ! 可愛いところがあるじゃねえか。お嬢様方の飲むジュースじゃねえんだ、大人の味ってやつだよ」
バルバロッサは満足げに頷くと、デスクから立ち上がり、ゆっくりと俺のほうへ歩み寄ってきた。
カツン、カツンとブーツの音が響く。
(く、来る……!)
彼女は俺の横に腰掛けると、長い脚を組み、ぐいっと顔を近づけてきた。
「なあ、タツヤ。お前、さっきの金持ちババア
や学園のガキどもに囲まれて、苦しかっただろ?」
「え? ああ……まあ、命の危険を感じてたけど……」
「だろうな。あいつらはどいつもこいつも、お前を『貴重な遺伝子』『国家の宝』としてしか見てねえ。……だが、俺は違うぜ?」
バルバロッサは滑らかな指先で、俺のあごをキュッと持ち上げた。
至近距離。
酒の匂いと、彼女自身の甘く野性的な体温が混ざり合い、俺の鼻腔をくすぐる。
「俺が欲しいのは、お前という『一人の男』だ。俺の仲間になり、俺の男になれ。そうすれば、この大空のすべてがお前の庭だ。世界中の誰もお前に手を出させねえ。俺が全力でお前を守ってやる」
「バルバロッサさん……」
真摯な眼差し。豪快な言葉の裏にある、不器用な優しさ。
一瞬、俺の心が揺らぎかけた。
……だが。
(……ん?)
よく見ると、俺のあごを掴んでいるバルバロッサの指先が、プルプルと微かに震えている。
さらに、彼女の褐色肌の頬が、耳の先まで真っ赤に染まっていた。
ドックン、ドックンと、彼女の胸の奥から、破裂しそうなほど激しい心臓の鼓動が聞こえてくる。
(え……!? この人、めちゃくちゃ緊張してる……!?)
「ば、バルバロッサさん? 顔、すごく赤いけど……」
「なっ……!? ななにを言っていやがる! 赤くなどなってねえ! これは酒のせいだ! 酒の!」
バルバロッサは慌てて俺から顔を背け、立ち上がった。
豪快な空賊船長としての威厳を保とうとしているが、完全に動揺が隠しきれていない。
そう、彼女もまた——**「生まれてこの方、男と話したことも触れ合ったこともない少女(乙女)」**の一人に過ぎなかったのだ。
強気な空賊のポーズで隠していたが、憧れの「男」を自室に連れ込み、二人きりになったことで、彼女の心臓は今にも破裂しそうだったのだ。
「っく……! なんだこの感覚は……! 息がうまくできねえ……! 船長たるこの俺が、男一人の前で取り乱すなど……っ!」
胸を押さえてプルプルと震えるバルバロッサ。
「あ、あの……大丈夫? 水でも飲んだ方が——」
「触るな! いや、触れ! いや触るなっ!」
「どっちだよ!!」
パニックを起こしたバルバロッサが、真っ赤な顔で俺に掴みかかろうとした、その時だった。
ズドォォォォォン!!!!
凄まじい砲撃音が船長室に響き渡り、空賊船全体が大きく傾いた!
「うわああっ!?」
バランスを崩した俺とバルバロッサは、二人まとめて床へと転がり落ちた。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
バルバロッサが叫ぶと同時に、船長室の通信用魔導具から悲鳴が上がった。
『船長ぉぉぉっ! 大変です! 後方から黄金の飛空艇が猛スピードで追突してきました!』
『バリアを全開にして、こちらの船体を力ずくで押し潰そうとしています!』
「なにぃっ!? あの金持ちババア、船ごとぶつけてくる気か!?」
バルバロッサが窓の外を見ると、そこには至近
距離まで迫った【ゴールデン・ヴェネツィア号】の巨大な船首があった。
そして、その黄金船の甲板には——
「タツヤを返せぇぇぇぇっ! 【爆炎大連撃】!!」
シャーロットの巨大な火柱が空賊船の主砲を吹き飛ばす。
「風よ、我が剣となれ! 【真空断ち】!」
シルヴィアの放つ刃が空賊船の装甲を切り刻む。
「タツヤは俺のつがいだぁぁぁっ!」
ベアトリクスが大剣を手に、船と船の隙間を跳び越えてこちらへ飛び移ろうとしている。
さらに、影の中から——
「……タツヤを奪った罪、万死に値する」
冷徹な声とともに、レンがすでに船長室の外の廊下まで侵入してきていた。
「「「「タツヤ(男神様)を返せぇぇぇぇぇっ!!!!」」」」
ヒロインたちの愛と正気を失った執念が、高度三千メートルの空中戦をさらに混沌へと叩き落とす!
「チッ……あいつら、本気で船を沈める気かよ!?」
バルバロッサは腰の魔導銃を握り締めると、真っ赤な顔で俺を振り返った。
「タツヤ! ここから動くなよ! 俺が……俺があの狂犬どもを追い払って、お前を俺の『本当の男』にしてやるからな!」
「変な決意を固めないで!? 誰か助けてぇぇぇっ!」
強がり乙女な空賊船長と、狂乱のヒロイン軍団。
俺の純潔を賭けた空中大決戦は、クライマックスへと向かってさらに激しさを増していくのだった——!




