【第11話】理事長の甘い罠と、空飛ぶ密室
「り、理事長……!? なんでこんな地下の密室に……!」
俺は一歩、後ずさった。だが背後にはびっしりと羊皮紙が詰まった本棚があり、これ以上引くことができない。
アルカナム学園理事長・エレオノーラ。
最高峰の魔導士であり、世界最大の貿易国『商業国家ヴェネツィア』の全権大使でもある彼女は、薄暗い地下書庫の中で妖しく微笑んでいた。
「ふふ……不思議ですか? この学園の防犯用魔導監視システムを管理しているのは、私ですのよ。あなたが大講堂から逃げ出した瞬間から、この書庫へ行き着くまでのルートはすべて計算済みでしたの」
エレオノーラは優雅に扇子を畳むと、カツンとヒールを鳴らして俺との距離を詰めてきた。
ふわりと漂うのは、学園の女子生徒たちのみずみずしい香りとは一線を画す、どこか頽廃的で濃厚な高級香水の香り。
彼女が歩くたび、紫色の豪奢なドレスの胸元から、こぼれ落ちんばかりの豊かな双丘がゆらゆらと揺れる。
「さあ、可愛らしい男神様。あのような粗暴な生徒たちに追いかけ回されて、お怖かったでしょう? 私のもとへいらっしゃい。私があなたを守って差し上げますわ」
「ま、守ってくれるのはありがたいですけど……その、距離が近くないですか!?」
「まあ、照れていらっしゃるの? 可憐だことですわね……」
エレオノーラはうっとりと瞳を細めると、滑らかな手つきで俺の胸元に手を伸ばしてきた。
指先が学ランの生地越しに胸板に触れた瞬間、彼女の吐息が不自然なほど激しく乱れた。
「あぁ……っ! これが……これが本物の『男性』の体温……! 骨格の硬さ……! 女子のそれとは比べものにならない、溢れんばかりの生命の奔流……っ!」
「り、理事長! 落ち着いてください!」
「落ち着いていられますものですか! この100年間、我がヴェネツィアは世界中の財宝をかき集めてきましたが……今、私の目の前にあるのは、いかなる国家の金銀財宝をも凌駕する世界最高の『至宝』……!」
エレオノーラは陶酔した表情で、俺の肩を抱き
寄せた。
柔らかな感触と、圧倒的な大人のフェロモンが俺の全身を包み込む。
(ぐ、ぐおぉぉぉっ!? これが『大人の女性』の威力か!? 破壊力が桁違いだ……!)
「私の飛空艇にお乗りなさい、タツヤ様。我が商業国家の総力を挙げれば、世界中のいかなる追っ手からもあなたを隠し通せますわ。毎日最高級の肉を食べ、絹のベッドで眠り……そして夜は、私や我が国が厳選した最高級の美女たちが、あなたを手厚く手ほどきして差し上げます……♪」
「条件が魅力的すぎるけど、やってることが完全な買い叩きだよ!!」
「フフ、買い叩くだなんて人聞きが悪い……。これは『先行投資』ですわ。さあ……まずは最初の出資(種子)を、私に契約金としてお納めくださいな……♪」
エレオノーラが朱色のリップを湿らせ、艶やかな唇を俺の唇へと近づけてくる!
息がかかるほどの至近距離。あまりの色気に脳が溶けそうになる。
(や、ヤバい! 貞操が……俺の純潔が、大人の財力と色香に屈しそうに——!!)
その時だった。
ゴガガガガガガガガガッ!!!!!
地下書庫全体が、巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れ動いた。
「な、なんだ!?」
「ちっ……! もう追いついてきましたのね、目ざとい子供たちが……!」
エレオノーラが不機嫌そうに眉をひそめた。
バァァァァン!!!!
地下書庫の天井が、激しい爆発とともに吹き飛んだ。
ガレキと粉塵が舞い散る中、上空(地上)から三つの影が舞い降りてくる!
「タツヤに手を出すな、ババア!!」
「理事長職の権限濫用です! あなたを解任しますわよ!!」
「タツヤは俺の『つがい』だ! 誰にも渡さん!!」
シャーロット、シルヴィア、ベアトリクスの三人が、怒髪天を突く勢いで武器と魔法を構えて着地した。
さらに、影の中からレンがすっと現れ、俺とエレオノーラの間に割り込んで短剣を突きつける。
「タツヤから離れろ。さもなくば、その豊満な胸を削ぎ落とす」
「ひぃっ!? レン、脅し方が物騒すぎる!」
4人のヒロインたちが、エレオノーラを殺気満々の瞳で睨みつける。
地下書庫の空気は、今や10秒後に核爆発が起きてもおかしくないレベルで緊迫していた。
だが、エレオノーラは慌てるどころか、パチンと優雅に指を鳴らした。
「ふふふ……おバカな生徒たちね。私とあなたたちとでは、『準備』の規模が違いますのよ」
「なに……!?」
ゴーッ……!!!!
地下書庫の床が、丸ごと巨大なエレベーターのように上昇し始めた。
「な、何が起きているのですか!?」シルヴィアが驚愕の声を上げる。
天井の崩落跡を突き抜け、俺たちを乗せた床が
どんどん地上へ、そして空へと押し上げられて
いく。
視界が開けた先に広がっていたのは——学園都市アルカナムの上空に漂う、全長300メートルを超える金ピカの巨大飛行船だった。
『商業国家ヴェネツィア旗艦【ゴールデン・ヴェネツィア号】』
「我がヴェネツィアの誇る最新鋭飛空艇……! さあ、学園の退屈な授業はここまでですわ、タツヤ様!」
エレオノーラは高らかに笑いながら、操縦室に向かって叫んだ。
「面舵一杯! 直ちに最高速度で発進! 目的地はヴェネツィア本国! 【最後の男神様】を我が国へお連れするのですわぁぁぁっ!」
「「「「させるかぁぁぁぁぁっ!!!!」」」」
シャーロットの魔法、シルヴィアの風の剣、ベアトリクスの大剣、レンの暗殺術が同時にエレオノーラへと放たれる!
だが、飛空艇を包む強力な防護障壁がそれを完璧に弾き返した。
キィィィィン……ボォォォォッ!!
巨大な魔導エンジンが重低音を響かせ、黄金の飛空艇は大空へと加速していく。
学園都市アルカナムの街並みが、みるみるうちに小さくなっていった。
「あ、あわわわ……空中だ……空を飛んでる……!」
「ハハハハハ! 逃げ場のない空の上で、私と甘い愛の逃避行を楽しみましょうね、タツヤ様♪」
エレオノーラが勝利を確信して微笑んだ、その時だった。
『緊急事態! 緊急事態! 操舵室より理事長へ報告!』
甲板の魔導スピーカーから、乗組員のパニック状態の声が響き渡った。
『本船の上下左右より、正体不明の【漆黒の飛空艇集団】が接近! 本船を包囲しようとしています!』
「なんですって……!? 一体誰ですの!?」エレオノーラが表情を一変させる。
空を切り裂き、雲の切れ目から現れたのは、ハートの旗を掲げた、無数の武装飛空艇群だった。
『ハッハー! 待ち伏せ成功だぜ、金持ちババア!』
スピーカーの通信をジャックして響いてきたのは、豪快でハスキーな、しかし耳に心地よい女性の声だった。
『世界唯一の【男】を乗せた飛空艇が出航した
ってな! 噂を聞いて駆けつけたぜ! 我ら【天空の乙女義賊団】が、そのイケメンな男を奪い取らせてもらう!!』
「空賊……!? この私の飛空艇を襲うなんて、いい度胸ですわね!」エレオノーラが激怒する。
だが、空賊の飛空艇群から無数のフック付きロープが打ち込まれ、黄金の飛空艇の甲冑へバチバチと引っ掛けられていった。
「う、嘘だろ……! 今度は空賊かよぉぉぉっ!?」
学園都市の狂乱を抜け出したと思ったら、今度は高度三千メートルの上空で、巨大飛空艇を舞台にした「男争奪・空中大決戦」が始まろうとしていた。
俺の純潔と命をかけた異世界逃走劇は、舞台を「大空」へと移し、さらに過激に加速していくのだった——!




