ハロルド様との時間
リリア様が答えを求めないのを言い訳に、結局何も言えないまま月日が過ぎていく。
たまに、やっぱり繰り返しているというのは夢だったのでは、と思ってしまうくらいに、平穏な毎日が愛おしい。
そして何よりも、久々のハロルド様とのお茶の時間。
気のせいだろうか。
以前よりも、彼はよく笑うようになった。
「最近、エルシー、楽しそうだね」
何気なく言われ、少しだけ驚く。
「え、そうでしょうか?」
「うん。前は、どこか必死な感じがしたから」
必死。
確かに、そうだったかもしれない。
限られた時間の中で、間違えないように。
失敗しないように。
だって、もうあんな思いをしたくないから。
だけど。
今は、違う。
ハロルド様との時間は大切にしたいから。
たとえ、また同じ時間を繰り返したとしても。
一分一秒でも長く、そしてその先も…そこでふと、影が落ちそうになる。
だって、その先はいつだって霧のように曖昧で、そしてあの朝に戻ってしまうのだもの。
「そんな深く考えなくていいよ、真面目だな、エルシーは」
ハロルド様は、多分、私がそんなことを考えていたとは思ってないのだろう。
少し心配そうに、でも大丈夫だよ、というように眉根を下げて微笑む。
「…これ、いつも頑張っているエルシーにプレゼント。
気に入ってくれると嬉しいのだけど」
そう言って差し出された小さな小箱。
胸が早鐘を打つ。
この大きさ、このリボンの色。
間違いない。
「わぁ、何かしら」
少し白々しい程に、大きな声になってしまったけれど、喜びのあまり、と見逃してほしい。
外商が持ってきたときに断ったときから、覚悟はしていた。
だから大丈夫だと思っていたけれど、やはりその場面になると緊張した。
「開けても?」
上目づかいでハロルド様を見ると、いつもよりも優しい目をしたハロルド様が頷く。
気が付かれないように息を吐きつつ、ラッピングを外していく。
「…うわぁ…可愛い…」
そのクローバーのブローチは、やはり可愛くて、分かっていたはずなのに指先がわずかに震えた。
もしこれが、何も知らなかった頃の私だったら、どれほど素直に喜べただろう。
「…エルシー、気に入らなかった?」
ハロルド様は、私の指先から目を逸らさなかった。
まるで、拒まれるのを怖れているみたいに。
その視線に、私は思わず息を飲んだ。
いけない……、そう気が付いた私は、大ぶりな仕草で慌てて誤魔化す。
「いいえ、いいえ。
だって私の好きなクローバーなのですもの!
私が好きなものを下さったから思わず驚いてしまったの。
嬉しい、ハロルド様。
今、付けてみても?」
手に持ったブローチを胸元にあてながら、はしゃいだ声で質問する。
瞳が潤んだのは、嬉しかったからか、それとも、逃げ場のない恐怖のせいか。
だけど、ホッとした顔をしたハロルド様を見て、これで正解だったと自分の行動に安堵する。
「いつもくれるハンカチーフにもさ、小さくクローバーが刺してあるから…
エルシー…あの、そのブローチ、僕がつけてもいいかな…?」
「え…」
侍女に着けてもらうつもりでちらりと視線を流したときには、すでに彼女が数歩の距離まで来ていた。
彼女にも聞こえているだろう。
羞恥で顔がほてる。
「嬉しい、ですけど…あの、今回は、彼女にお願いします…」
行き場のなくなった侍女が躊躇していたのを見ていたので、お互い、瞳を合わせて笑いあう。
「ちょっと格好悪いな、僕は」
そう言ってハロルド様が笑う。
ブローチを持つ手は冷えていたけれど、ハロルド様の態度に泣きたくなるくらい嬉しくなる。
怖い、嫌だ、でも嬉しい。
相反する思考は、結局ハロルド様の笑顔の前に淡く溶けていく。




