答えが出ない
リリア様との食事を終えて一週間、何事も起こらず毎日が流れていく。
……流れていく、はずだった。
ふとした瞬間に、リリア様の声が脳裏をよぎる。
「あなたは、何度目?」
考えないようにしても、完全には消えてくれない。
けれど、今はまだ、答えを出さなくていい。
私は、そう自分に言い聞かせた。
たまに視線が合うと、リリア様はニコリと笑みを浮かべるだけだ。
一瞬たりとも、答えを求めるような、探るような視線は寄こさない。
その完璧すぎる行動が、余計に怖い。
だけど、このまま答えを求められないなら、そのままで、そう思ってしまう私は、卑怯なのだろうか。
授業と授業の空き時間、自習室は、いつもより静かだった。
私は窓際の席で、課題の問題集をめくる。
答えは分かる。
けれど、すぐには書かない。
周囲の令嬢たちは、それぞれの速度でペンを走らせている。
「エルシー様」
小さく名前を呼ばれて、顔を上げる。
「ここの問題なのですが、分かりますか?
ここまでは解けたのですが、ここから先が解けなくて…」
同じクラスの令嬢が、少し困った顔でノートを差し出してきた。
以前なら、私に勉強を教えてもらおうと思う令嬢なんていなかったろう、そんなことをぼんやりと思う。
私は少し考えるふりをしてから、指先で該当箇所を示す。
「前提を一つ、見落としているだけだと思うわ」
「……あ、本当だわ。
凄い……ありがとうございます、エルシー様」
「気がつけば、簡単でしょ?」
悪戯っぽく笑うと、はにかみながら彼女も笑う。
深追いはしない。
教えすぎない。
それが、今の私。
「エルシー様って、簡潔に分かりやすく間違いを指摘されますよね、助かります」
「そう…かしら……?
でも、そう言ってくださるなんて、嬉しいわ。ありがとう」
そのやり取りを、少し離れた席から見ている視線があった。
リリア様だ。
彼女は本を閉じ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「すぐに間違いを見つけられるなんて、すごいわ」
声音は柔らかい。
けれど、彼女が言うセリフは言外に何かを含んでいる。
「たまたま私の分かる範囲、でしたので」
「ふふ。
そういうことにしておきましょうか」
向かいの椅子に座り、リリア様はゆっくりと頬杖をつく。
その姿だけを見れば、本当に可愛らしいのに。
けれど、答えを出していない後ろめたさが、胸の奥に居座っている。
「いつも通りの平穏な毎日って、とても素晴らしい事よね?」
「ええ。そうですね」
「成績も、ちょうど良い位置ですし」
「……ご存じなのですね」
「だって、私、聖女ですもの」
小さな声で私だけに聞こえるように囁く。
「飛び抜けない優秀さ。
位置取りは大変なのに、素晴らしいバランス感覚だわ」
思わずリリア様の顔を凝視する。
褒め言葉なのか、それとも観察されているのか。
もしくは試されているのか。
その意図を探ろうとして、諦めた。
だって、きっと彼女は私に手の内を見せない。
そう思ったから。
小さく息を吐いた。
姿勢を正して、改めてリリア様を見上げる。
「それは、褒め言葉として受け取ってよろしいのでしょうか?」
笑みがぎこちなくなりそうなのを、必死で整える。
「もちろん」
そう言って、彼女は首を傾げる。
「ねえ、エルシー様」
「はい」
「ご自分が、どの立場にいらっしゃるか……
ちゃんと分かっていて、そうしていらっしゃるのでしょう?」
一瞬、空気が止まる。
探るようでいて、問い詰めない。
答えを求めたりしない。
この前と、同じ距離。
「そんな事、ありませんわ。
私の精一杯ですもの」
無駄な足掻きだと分かっていても、どこか逃げ出したい気持ちが強くなる。
耐えきれず、私は視線を逸らした。
リリア様は、満足そうに微笑んだ。
「そう。
では、それで」
それ以上は踏み込まない。
その完璧な引き際が、やはり怖かった。
今回から2回更新になります




