確信
そして、四度目の朝が来た。
悲鳴を上げなかった私を、誰か褒めてほしい。
おかしい、異変だ。
身体がガタガタと震えてしまうのを止められない。
既視感なんかじゃない。
どうしよう?
どうすれば?
考えても、答えは出ない。
なぜ私だけ?
どうして他の皆は、覚えてないの?
繰り返す朝、
繰り返す時間。
何か、きっかけがあるはずなのに。
そのきっかけが分からない。
私の不安定さが伝わったのか、今回は私とハロルド様の仲ですらぎこちない。
好きなのに、怖い。
好きだけど、言えない。
その後ろめたさが、私からハロルド様を遠ざける。
「何か、悩みごとがあるのかい?」
そう優しく聞いてくれる、彼の顔すら見られない。
彼も戸惑っているのだ、あの朝からいきなり私の態度が変わったのだから。
でも言えるわけがない。
同じ時間を何度も繰り返しているなんて。
言ったら最後、きっと婚約は返上、私は伯爵家を継ぐこともなくなるだろう。
運が良ければ修道院に入れてもらえるかもしれない。
ただ頭がおかしくなったと思われているのであれば、それは……叶わないだろう。
どうしよう。
気だけが焦る。
外商が持ってきたブローチを見て、悲鳴を上げそうになった。
悲鳴はかろうじて飲み込んだものの、急速に顔色が悪くなる私に、父は慌て、うやむやのまま購入は見送った。
だって、あのブローチだ。
形も、輝きも、忘れるはずがない。
もう耐えられない。
四葉のブローチなんて、二度と見たくない。
なのに、それは私の下にきた。
ハロルド様が私に、とプレゼントしてくれたのだ。
そう、紛れもない、あの四葉のブローチを。
私は、四葉の形のモチーフが好きだった。
ハロルド様に差し上げたハンカチにも刺繍していたし、自分のハンカチにも勿論刺繍していた。
ハロルド様が、私の好みをきちんと把握して選んでくださったのは、分かっている。
だけど、今、それは私を絶望に突き落とす刃にしか見えない。
「ありがとうございます」
その声が、受け取る手が、かすかに震えていたとしても、誰が私を責められるだろうか。
この事を知っているのは、私だけ。
傍から見れば、私の行動は拒絶以外のなにものでもないだろう。
もちろん、ハロルド様も例外ではない。
そうして、あの日、キスをねだった日。
あの東屋で。
「せめて少しは取り繕ってくれないか?
いくら僕の事を気に入らなくても」
口元には笑みを浮かべているのに、まるで他人のような声音で、そう懐疑的に言われた。
ハロルド様は微笑んでいるのに、私達の空気はまるで凍えるかのように冷たい。
熱い目で私を見てくれていたハロルド様は、そこにはいなかった。
ただ、冷たい目をして私を見ていた。
あんな低い声で、視線で私を見たことなんか一度もなかったのに。
あぁ、違うのに。
私が言葉を探している間にも、ハロルド様の指先が、わずかに強くテーブルを押さえているのが見えた。
この場に及んでも、私は真実を言うべきか迷ってしまう。
そう、彼の疑いも当然だ、と思う自分もいるのだ。
何か言い訳を考えようとしても、私の頭では難しかった。
それに、言い訳なんて出来るはずがない。
だって。
事実、あの時、東屋で無邪気にキスをねだった私は、もういないのだから。
絶望が胸を支配する。
「見送りは、結構だ」
席を立つハロルド様に、声をかけることすらできなかった。
彼の背中は、実に雄弁に拒絶を伝えていた。
ハロルド様以外に好きな人なんていない。
そう言いたかった。
だけど、言えなかった。
言えるわけが、なかった。
何度も繰り返す時間が怖くて。
事実を話すことで、嫌われたくなかった。
頭がおかしい、変な女だと思われたくなかった。
そうして、結局。
私は自分のことしか考えていなかった。
ハロルド様の優しさも想いも全て拒絶したのは、他でもない私だという事実。
彼に失望されるほど、私は彼を傷つけてしまった。
そんなつもりはなかったのに。
だからといって、私がした態度が許されるわけでもないのだ。
何をどう言っても取り返しがつかない、それが嫌というほど分かってしまった。。
私は、ただ呆然と彼の後ろ姿を見つめるしかできなかった。




