記憶の鍵は、恥でしかない事実
「本当に、エルシー様ってお気楽ね」
そうして、一拍置いてから、リリア様は手で頬を抑える。
「あぁ、違うわね、きっと。
お気楽だから、こそ、大丈夫だったのかしらね。
こんな時間の繰り返しに巻き込まれているのに、平気なのだもの。
むしろ、そちらの方が驚きだわ」
そう言ってリリア様はカップの縁をなぞる。
「まぁ、巻き込まれてしまったエルシー様にしたら、本当にいい迷惑だっただろうけど。
よっぽどあの時間に、なにか心に残る事でもあったのかしらね」
涙を拭いていた手が止まる。
「……え?」
「え、何?
何か変な事、私、言ったかしら?」
リリア様は不思議そうな顔して私を見る。
「……あの時に心に残る何かがあったから、私、巻き戻った時間を覚えていたっていう事ですか?」
思わず真顔で問いかけてしまう。
「え?
あぁ、なんていうか、そんな深い意味はなくて……
ただ、今まで誰も覚えている人なんていなかったから、ね。
てっきり、何か強烈な事でもあって忘れていないのかなって思っただけ、なのだけど」
「……」
私は黙り込んでしまった。
猛烈な羞恥心で。
だって。
あの時の私は。
ハロルド様との頬へのご褒美キスの為だけに生きていた、そう言い切れるほど、それだけだったのだもの。
でも、それだけで?
え、本当に?
えぇ?私、それだけで覚えていたの?
多分それはリリア様の推測、だろう。
だけど。
それだけ、が時間の巻き戻りに気が付く原因だったなんて。
なんだか、恥ずかしくて倒れそう。
顔に一気に血が上った気がする。
「あ、あのエルシー様……?」
私の変化に目ざとく気が付いたリリア様が、心配そうな声で私に問いかけてくる。
けど。
いや、もう無理。
リリア様の顔すら見られない。
「えぇと、エルシー様……?
あの、大丈夫ですか?」
気遣いのある声で、リリア様が問いかけるけど、顔を上げれない。
「あ、あのっ」
「はい?」
私の余りにも勢いある声音に、リリア様が即返事をする。
「わ、私、あの時っ、ハロルド様の事しか考えていなかったんです、本当に、神に誓って!
頬に、キスしてくれる約束だったんです。
秀をとったら!」
そこまで言いかけて気が付いた。
「……私、何言ってるんでしょう……」
本当に何を言っているの、私……
思わず頭を抱えたくなる。
「あ、いえ。
えと、はい、そうなのですね……?」
しばらくの間があった。
リリア様に真実を話すために、恥を忍んで打ち明けた。
呆れているのかもしれない、恥ずかしい。
その間が長い。
一拍
二拍。
「……はぁ?」
リリア様の間の抜けた声が空間を支配する。
あ、これ、本当にだめなやつだわ。
貴族の矜持なんて役に立たない。
うぅ、恥ずかしくて死ねるとは、このことを言うのだろうか。
思わず明後日の方向に思考を飛ばす。
ブハッ、そんな声が聞こえたと思ったら、次の瞬間。
「あーはっはっはっは」
リリア様が笑い出した。
それも豪快に、遠慮のない声を出しての本当の大笑いだ。
「あっはっは、もうやだ!」
ヒィヒィ言いながら、涙を流して笑うリリア様。
「本当に、エルシー様って最高だわ。
あはは、あーおかしい」
人が……あれだけ勇気を振り絞って打ち明けたというのに……
というかうっかり勢いの余り喋ってしまった……
遠い目をしてしまう私は悪くないはず、だ。
多分。
あぁ、なんていうか、自分でいうのもなんだけど、私って本当にハロルド様の事しか考えていないみたいじゃない……
リリア様が落ち着くのを待つ間、私も意識を飛ばしそうになるのを堪えた。
人は恥ずかしすぎると、意識をとばしたくなる、と初めて知った。
知りたくなかったけど。
「あーぁ、本当に。
いやになっちゃう、貴女と喋ってるとなんか調子が狂うわ。
全く、本当にすごいわね、エルシー様って。
それなら、私だってそうよ。
やだ、また笑いたくなってきたわよ」
肩で息をしながら話すリリア様を見て、私はもう諦めた。
腹をくくろう。
「はい、そうなのです。
私、びっくりするくらい単純な理由で覚えていたみたいです」
懺悔というか、事実告白だ。
本当に。
仕方ないとはいえ、こんな恥ずかしい事実ってあるのかしらね、ハァ。
小刻みに身体を揺らしながら笑うリリア様を見ながら、わたしは思わず長いため息を吐いた。




