間に合わなかったなんて
「このブローチを作ってくださった若手の職人さん、聖女リリア様の知ってる方なの」
ぽつりぽつりと私が話すのを、ハロルド様は静かに聞いている。
「だから、このクローバーのモチーフも、きっとこの方がリリア様を想って作ったのではないかと思っていたの。
でも」
そこで私は言い淀む。
彼は死んでしまったと伝えたなら、なぜ知っているのかという話になる。
彼は死んでしまう予定なの、と伝えても同じだ。
何度か言葉を探して、探して。
「彼と連絡が取れないって、リリア様が仰っていて」
ハロルド様の身体が、一瞬強張ったのを感じだ。
「それって、もしかして……」
ハロルド様も貴族のご令息。
私が言い淀んだ理由を察してくれたのだろう。
第三王子の婚約者候補。
あからさまには誰も言わない。
だけど、誰もが知っている事実。
それをつなぎ合わせて行けば、簡単に予想が付く。
王家が彼女に目をつけているのだ、邪魔なものは排除されるという事を。
「……リリア様と、親しかったから?
だよね……」
「分からないわ、分からないの。
私ではさっぱり。
……でも、今分かる事実だけで言えば、このブローチの刻印はCでした。
だけど、このネックレスの刻印は工房印でした……」
刻印が一つだけなら、その職人がほぼ一人で作ったものだけど工房印は工房の皆で作り上げるものだ。
ダンガル工房として世に出すという、工房オリジナル製品の意味合いが強い。
黙って聞いていてくれたハロルド様は、ただテーブルに置かれたネックレスを見ていた。
そのまま手を伸ばしてネックレスの刻印を確かめて、一瞬だけ痛ましそうな顔をした。
「うん、僕も調べてみるよ、エルシーは何も気にしないで。
お願いだから、無理な事はしないでくれ、頼む」
真剣なハロルド様の表情に、私は喋りすぎた事に気が付いた。
「君が手を差し伸ばして助けようとする、優しいところ。
僕は、それがエルシーの長所だと思っているし、そういうところが好きだ。
だけど今回は、そんな簡単な話ではないよ、エルシー。
君が一人で抱え込んでしまう類の話ではないと思う。
もし、絡んでいるとしたら……
いや、仮定の話だから、とは言え」
ハロルド様は膝の上で組んだ手を、ぎゅっと握り直した。
余りの真剣な眼差しに、事態の重さを思い知らされた。
「エルシーに何かあったら、僕は生きていけない」
私は曖昧に頷くしかなかった。
なぜなら。
泣きたくなるくらい嬉しいはずのその言葉が、あの時のリリア様の言葉と重なる。
「勿論、知っているわ。
だって、私が巻き戻る理由だもの」
リリア様が仰っていたあのセリフが、奇妙な現実感となって私の中で歩き出す。
ハロルド様は念押しのように、私に無理はするなと言って帰られていった。
まだ仮定の話。
まだ、終わってないかもしれない話。
だって、もし彼の死が巻き戻りの原因なのであれば。
どうして、巻き戻ってないの?
それとも明日の朝、また、あの朝を繰り返すの?
今までは気が付いたらあの朝だった。
喉がゴクリとなる。
あぁ。
初めて自覚をして明日の朝を迎えるのね……
ため息を吐きたいのか、泣きたいのか、大声を出したいのか、自分でも分からない。
感情のまま行動出来たら良いのに、そう思う。
出来ないからこそ、余計に苦しい。
今回、リリア様とは何度も話をした。
だけど、彼女はいつも仮面をすぐ被ってしまって。
リリア様の事を、私はほとんど知らない。
だけど、たまに覗かせる素のリリア様は驚くほど幼く、可愛らしく笑うのだ。
聖女としての微笑みは、確かに素敵ではあるけれど。
あの無邪気な笑顔が失われていいはずがない。
だから、思わず祈る。
神様。
リリア様にも幸せを、と。
聖女じゃなく、一人の少女としての、幸せを。
起きたら、またあの朝が始まる。
それでも。
私は祈る。
自分の幸せを。
リリア様の幸せを。
朝になり、目が覚める。
「え、何でなの?」
私の第一声は、それだった。
巻き戻っていない。
昨日の続きの朝が、いつものように流れていた。
それは嬉しいはずなのに、どこか奇妙で、身震いするほど恐ろしかった。
どうして?
何で?
リリア様はまだ知らない?
それともチャールズ様は、まだ生きている?
色々と考えるが、分からない。
私の手にある情報だけでは、理解出来ない。
メイドの声も侍女の声も遠く聞こえる。
早く。
早く学園に行ってリリア様と話さなくては。




