第8話・アレシス探索
アレシス、もといにゃごすちんに来て、数日が経った。
朝の支度を済ませると、ミオが店の椅子で待っていた。腕を組んで、足をぱたぱたと動かしている。
「遅い!」
「約束の時間より早いだろ」
「あたしが早く来すぎたの!」
「そんなこと言われてもなぁ…」
ちゃちゃ丸が扉の隙間から顔を出して、すぐに引っ込んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
店を出た前の道を行き、しばらく歩いたあとに角を曲がると初めてアレシスに来た時のような賑やかな声が聞こえてきた。
「まずはここ!アレシスで一番大きい市場!」
ミオが両手を広げた。通りの両脇には屋台と露店が並んでいて、色とりどりの品物が所狭しと積まれている。野菜、香辛料、干した魚、革製品、鉄の小物。どこを向いても何かがあった。
「すごいな、この辺って毎日こんな感じなのか?」
「そうだよ!市場だし、やっぱり朝が一番活気あるんだよね。お昼を過ぎると品物が減ってくるから、欲しいものがあるなら午前中がいいと思う!」
「なるほどな」
ソラは屋台の一つを覗いた。刃物を並べた店だった。短刀に太刀、鉈に斧、大きさも用途もばらばらだがどれも手入れが行き届いている。店主の老人がソラに気づいて、声をかけた。
「いらっしゃい、見ていくか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうかい、気が向いたらまたおいで」
ソラはもう一度だけ刃を見てから、一礼して離れた。どれもこれも魅力的な商品で内心見ていきたかったが、そもそもソラは一文無しだった。
「ちょっとちょっと!いないと思ったらこんなとこに!」
ミオが走って追いかけてきた。
「見てただけだよ」
「見てただけにしては長かったよ!まだまだ二十箇所くらいはあるんだから!」
「二十箇所?」
「たぶん!」
ーーー根拠は特にない数字だった。
リゼアは少し離れたところにある香草の屋台の前で足を止めていた。束になった草を手に取って、匂いを嗅いでいる。店の女性が何か話しかけた。リゼアが短く返した。女性が笑った。
「リゼアって、初めての場所でも結構すぐ馴染むよね」とミオが言った。
「そうか?」
「ソラはちょっと警戒しすぎかも?もっと楽しんだ者勝ちだよ!」
「……そうかもな」
ミオがけらけらと笑った。
そのまま三人でぶらぶらしていると、ミオが急に立ち止まった。
「あ、そうだ。ねえ聞いてよ、昨日学院でちょっとした事件があってさ」
「事件?」
「ローグっていう同じクラスの子がいるんだけど、その子が授業中に先生の頭に水をかけちゃって」
「なんでそんなことに?」
「魔法の授業で狙いがずれたんだって。でも先生がめちゃくちゃ怒っちゃって、一時間ずっと立たされっぱなし!」
「可哀想に…」
「でしょ!まぁローグも大概だけど——」
ミオはそのまま話し続けた。気づけば市場を紹介されることもなく半分以上通り過ぎていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市場を抜けて、路地をいくつか折れると、石造りの建物が密集した区画に出た。
「このあたりが武具屋の通りね。剣とか鎧とか売ってたり、修繕もやってくれるお店が多いよ」
「学院の生徒もここで買うのか?」
「買う人もいるし支給される人もいるし、色々かな。あ、ここ曲がって」
言われた通り曲がって細い路地を抜けると、視界が開けた。
広い土の地面、囲むように円形に設置されている柵、そこは訓練場だった。柵の内側では数人が体を動かしていた。木剣を振る者、走り込みをしている者。年齢はばらばらだった。
一人の動きに目を奪われ、ソラの足が止まった。年齢はソラと同じか少し歳上くらいの男で、一人で素振りをしていた。速くはない。ただ、一振り一振りがとても力強く、重心がまったくぶれなかった。
「入りたい?」とミオが聞いた。
「……今日は見るだけかな」
返事をしながらも、目は男から離れなかった。
「うーーーん、どこかで見たような…あの人、有名な人なのかな」
ミオがリゼアにコソコソと耳打ちした。
「さぁ…?」
リゼアは興味なさそうに答えたが、ソラと同じ方向を見ていた。
しばらく眺めてから昼を過ぎた頃、大通りに戻ってきた。昼時だからか、朝方とは違い料理のいい香りが辺りを漂っている。
ミオの足がとあるパン屋の前で止まる。
「お腹空いたね!」
「まぁ確かに。でもまたえらく急だな」
「仕方ないじゃん、お腹空いたんだもん。生理現象には逆らえないのだよ…」
何故かヒゲを蓄えたお爺さんのようなポーズを取りながら、ミオが二人の袖を引っ張って入っていったのは小さなパン屋だった。窯から出たばかりらしく、香ばしい匂いが漂っていた。中に果実が入ったパンを三つ買って、三人で並んで食べながら歩いた。
「美味いな、これ」
「そうであろうそうであろう!」
「……」
リゼアは無言で二口目を食べた。思ったより美味しい。
食べながら歩いていると、大通りの先に大きな建物が見えてきた。重厚な石造りの門構えで、両脇には紋章が彫られていた。
「あれが学院?」
ミオが言う前に、ソラが呟いた。
「わかった?」
「なんとなく」
三人は建物の前まで歩いた。近づくにつれて、その大きさが増していく。門に彫られた紋章は剣と星を組み合わせたものだった。
中からは笑い声や掛け声が混じり合って聞こえてきた。同じくらいの年頃の生徒が数人、何かを言い合いながら三人の脇をすり抜けていった。
「ミオも毎日ここに来るのか」
「そうだよ。今は慣れたけど、最初はやっぱり緊張したな」
ソラは門を見上げた。
「…二ヶ月後か」
「あっという間だよ、きっと」
ミオが隣で言った。妙に落ち着いた声だった。
そろそろ行くか、と思ったその時。
「——少し、いいですか」
声がした。
振り返ると、男が一人立っていた。三十前後だろうか。軽装で荷物も少ない。目元が涼しく、どこかつかみどころのない笑みを浮かべていた。いつからそこにいたのかわからなかった。
「突然すみません。少し気になるものが見えまして」
男の視線が、ソラの首元へ向いた。
それから、リゼアの手首へ。
ネックレスと、ブレスレット。アッシュからもらったものだった。
「そのアクセサリー……どこで手に入れたのですか?」
ソラはリゼアと顔を見合わせた。
「旅の途中で知り合った方から貰いました」
「なるほどなるほど…」
男は短く頷いた。笑みは変わらなかった。
少し間をあけて男は続ける。
「もしや学院を目指してここに来たんですか」
「えぇ、まぁ、そんな感じです」
「試験まではまだ先ですね」とミオが答えた。男はミオをじっと見て、それからソラに視線を戻した。
「よければ、少しお話しませんか。悪い話ではありませんので」
ソラは男を見た。笑みは穏やかだったが、目が笑っていなかった。
悪意はない、と思ったがそれだけでもない気もする。
「話だけなら」
男はニッコリと笑った。
「ありがとうございます」
胡散臭い笑顔だ、とソラは内心思ったが顔には出さないよう努めた。
男が指さした先に、小さな茶屋があった。ミオがソラの袖をつついた。小声で言った。
「どうするの?」
ソラは茶屋を見た。それから男を見た。
「行く」
リゼアが後ろで静かにため息をついた。ソラには聞こえていた。聞こえていたが、振り返らなかった。




