第9話・シャルド
男の後ろを三人でついていく形になった。
リゼアがソラに小声で言った。
「ちょっと、本当について行ってよかったの?すごく胡散臭いよこの人…」
「俺もそう思うけど」
ソラは少し間をあけて続ける。
「まずは情報収集が一番だよ。まだまだ分からないことが多すぎる」
「それはそうだけど…」
リゼアは少し不満気だった。
しばらくの沈黙の後、前を行く男が茶屋の扉が開けた。
茶屋は狭かった。
丸いテーブルが四つほど、客はほとんどいなかった。奥に老人が一人、眠そうに座っているだけだった。
「いらっしゃっせー」
若い店員が気だるげに挨拶をしてきた。
「空いてるお好きな席にどうぞ〜」
四人は店の角の窓際の席に座った。ミオだけ少し迷ってから、ソラの隣に座った。
誰も口を開かなかったが、しばらくすると店員が水を持ってやってきた。ソラはその雰囲気を紛らわすために意味もなくとりあえず飲んだ。
男が三人を順番に見た。ソラ、リゼア、ミオ。それからまたソラへと戻る。
「改めて初めまして。私はシャルド。アレシス武術学院で教鞭を取っています」
ミオが小さく声を上げた。
「先生なんですか?」
「教授、と呼んでもらえると助かります」
「あっ…」
ミオが口を閉じた。
「アクセサリーの件ですが」
テーブルの上で指を組んで、どこか遠い目をした。
「あれがどこで作られたものか、私にはわかりません。が——普通のものではないのは確かです」
「どういうことですか」とソラが聞いた。
「そのアクセサリーは魔力を帯びている。それも、かなり高密度のものです」
リゼアはブレスレットを見た。
「旅の途中で知り合った方から貰った、と言っていましたね」
「はい」
「その方のお名前は?」
「アッシュ、と名乗っていました」
シャルドは短く息をついた。何かを知っているのか知らないのか分かりづらい、捉えようのない表情だった。
「そうですか」
そう答えると、それ以上は何も聞かなかった。
シャルドは静かに水に手を伸ばす。一口飲んでから、今度はリゼアを見た。
「あなたは…魔法を使えるのですね」
「少しは」
「謙遜しなくても構わないのですよ?」
リゼアは答えなかった。
「試しにここで何かひとつ」
「…ここで?」
「えぇ。お願いします。この様な火炎魔法程度でしたらお店にもご迷惑はかからないでしょう」
そう言うとシャルドは指先に炎を灯した。
ーーピピーッ!!!!ブシャアアアアアア!!!!
お店の対炎用装置が発動して店の中がさながら水害現場のようになった。
「うにゃああああ!?!!?!!」
ミオもびっくりして飛び跳ねる
奥から店員が走ってくる
「ちょっとちょっと!!何してんすかお客さん!!!こんなとこで火炎魔法なんて使わないでくださいよ!!!!!」
しかし、シャルドは気にせず真顔で続ける。
「さぁ、貴女もお願いします」
「おい!聞いてんのかアンタ!!」
「すいません!すいません!!!!」
ミオとソラがひたすらに謝っている。
はぁ、とひとつため息をつくとリゼアは片手を持ち上げて、指先に小さな炎を灯した。
先程のシャルドのものとは違う、小さな炎でありながら明るく、そして何より対炎用装置も発動しなかった。
シャルドの目が細くなった。
「やはり…魔力の質が違う。量ではなく密度が。独学ですか」
「そうです」
シャルドはしばらく黙った。
気が付けば水浸しであった店内から水が無くなっていた。
「なっ、なんで…?」
「これは、私の火炎魔法が純粋な空気中の魔素を使ったのに対し、貴女は水から熱と魔素を奪い取ってより密度の濃い火炎魔法を発生させた。そういう事でしょう?」
「学院に入ることを強く勧めます。あなたの場合は特に」
リゼアは何も言わなかった。
「幸い、試験まで二ヶ月ありますね。それまでの間、鍛錬はどこかで?」
「訓練場を使おうと思っていますが…」とソラが答えた。
「それはいい。一人でやるより相手がいた方がいい」
シャルドは少し間を置いた。
「今日、訓練場で素振りをしていた男を見ましたか」
ソラは顔を上げた。
「はい、見ました」
「あの男はアスカといいます。一応彼は貴方達が入学した場合の先輩にあたる。訓練場にはよく顔を出すので、声をかけてみるといい」
「……あの人がですか」
「ふふ、そうです。腕は確かです」
それだけ言うと、シャルドはお茶を飲み干して席を立った。
「では」
会計を済ませて、足音もなく出ていった。
三人が取り残された。
ミオが口を開いた。
「……せんせ…教授、自分のお会計だけしてっ出てったね」
ソラはお茶の残りを見ながら考えた。
お店の人に謝って、お皿洗いと清掃をしてから帰ろう。




