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星脈と位相の狭間で  作者:
旅立ち編
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第7話・にゃごすちん

 『にゃごすちん』、という看板が路地の角にあった。

 木の板に手書きで書かれたそれは字の端々がどこか不格好で、でも妙に味があった。看板の隅に小さな猫の絵と、肉球のマークが添えてあった。上手いとは言えないが、確かに猫だった。


「着いた着いた!どうぞ〜!」

 ミオが扉を開けた。

 ぎぃ、と扉が軋む音が鳴った。


 中へ踏み込んだ瞬間、ふわりと温かな空気と少しのお香の香りがした。木の床、低い天井。日差しがポカポカと差し込んで、奥にはいくつかのテーブルと椅子が並んでいて、窓際の棚の上に猫が一匹、丸まって目を閉じていた。


「いらっしゃいませ!にゃごすちんへ!ほら!座って座って!」ミオが2人をテーブルに座るように促す。


「にゃごすちん…」

2人は口を揃えて呟いた。相変わらず店名に引っかかっていた。


 ミオは腕の中の猫を床に下ろした。猫は着地して、そのままソラの足元へ歩いていった。


「お、またお前か」

 猫はソラを一瞥してから、ソラが座っている椅子の脚で爪を研ぎ始めた。


「その子、名前はちゃちゃ丸って言うんだ!黒いのに!」


「黒いのにちゃちゃ丸なのか」


「そう!お父さんがつけたの!」


 ミオはそう言いながら、奥の棚から器を三つ取り出した。カタン、と音がした。


 リゼアは椅子を引いて座った。周りを静かに見回している。窓際の棚の上の猫と目が合った。猫はじーっとリゼアを眺めたあと、興味なさそうに欠伸をしてまた丸まった。


「他にも何匹かいるの?」とソラが聞いた。


「そうだよー!今日は六匹かな?ちゃちゃ丸に〜、あとは…」

 ミオが言い終わらないうちに、奥の掛け布団がもぞもぞと動いた。白い猫が一匹、掛け布団の中から出てきた。それからもう一匹、縞模様の猫が同じところから出てきてその後ろからついてきた。

布団の中に二匹いたようだ。


「あ、出てきた」

 縞模様の猫がリゼアの椅子の近くで立ち止まった。リゼアを見上げて、しばらく動かなかった。


 リゼアも動かなかった。


 それからリゼアはそっと手を伸ばしてみた。猫は逃げなかった。指先が頭の上に触れた瞬間、猫が目を細めた。


 ソラはそれを見ていた。何も言わなかった。


「懐かれてる!」


「……別に」

リゼアはそう言いながらご機嫌で猫の頭を撫でていた。


「うーん、旅人って猫に懐かれやすいとかあるのかなぁ?」ミオは首を傾げた。

「関係ないと思う」「関係ないでしょ」

二人の声が重なった。


「えっ、あっ、そうかな〜…?」

トホホといった調子でミオは苦笑いした。



コトコトコト…カチャッ

 ミオが飲み物を入れて三つ運んできた。薄い黄色の液体が入った器だった。


「お待たせ〜、ハーブティーだよ!うちで育てたやつなのっ」


「ありがとう」

 ソラは受け取って、一口飲んだ。ほのかに甘くてその中に渋みもあり、香りもよく美味だった。


 しばらく、穏やかな時間が流れた。

さっきまでの街の喧騒が嘘のように、猫の寝息と落ち着いたお洒落な音楽だけが聞こえていた。


「二人はアレシスに来たの、初めて?」


「あぁ」


「そうなんだ、何しに来たの?」


「旅の途中なんだけどさ、強くなりたくて。アレシスって武の都市って言われるくらいだし、だから目指して来たんだ」


「ふーん」

「じゃあ学院に行くの?」


「学院?」


 ミオが少し目を丸くした。


「知らないの?アレシス武術学院。剣とか魔法とか色々教えてもらえるところだよ?」


 ソラはリゼアを見た。リゼアは猫の耳の後ろを撫でながら、特に何も言わなかった。


「リゼア、知ってた?」


「知ってたよ。旅に出る前にお父さんから聞いた。むしろソラが知らなかったことの方がびっくりなんだけど…」


「えっ、でもリゼア、ここに来るまでの道中、初耳みたいなリアクションしてなかった!?」


「いや、アレシスに来るってことも私聞いてなかったわよ」


「あっ…」

ソラはばつが悪そうに顔をしかめた。


「えっ、えっと…」

 ミオはテーブルに身を乗り出した。

「すごく有名なところなんだよ。アレシスに剣の修行しに来る人は、大体みんな学院に入ろうとするから!お父さんに聞いてみたらいいよ、あたしよりも詳しいから。もうすぐ戻ってくると思うし」


 ソラは「そうか…」と短く答えた。


 ちゃちゃ丸が椅子の脚から離れて、今度はソラの膝に前脚を乗せてきた。よじ登ろうとして、引っかかって、また挑戦していた。

ソラはため息をついて、そっと手を添えてやった。ちゃちゃ丸は膝の上に収まると、ソラの目を見てゆっくりと瞬きをしてから目を閉じた。




 そのとき、扉が開いた。

「ただいまー」

 男性が入ってきた。歳は三十代半ばくらいだろうか。おっとりとした顔をした、朗らかな空気をまとった優しそうな雰囲気のする男性だった。


「お、ミオ。お客さん?」

「そうなの!さっきね、ちゃちゃ丸が逃げちゃったんだけど、この二人が追いかけるの手伝ってくれたんだ〜」

「またちゃちゃ丸か…そうか、助かったね」

どうやらちゃちゃ丸は常連の脱走兵らしい。


 男はソラとリゼアを見た。穏やかな目だった。


「ありがとう。僕はネロ、ミオの父親です」


「ソラです」

「リゼアです」


「二人は旅人さんかな?」


「はい。アレシスには剣の修行をしに来ました」


 ネロは少し目を細めた。それからソラの体を上から下まで一瞥した。それは、何かを確かめるような目だった。


「ソラくんは剣術をしているのかい?」


「はい」


「どこかで教わったりは?」


「いえ、独学です」


 ネロは「そうかい」と短く言って、向かいの椅子を引いた。腰を下ろそうとするとそこに乗っていた猫が慌てて飛び降りた。


「学院には行くつもりかい?」


「先程ミオに聞いて、初めて知りました」


 ネロの少し驚いたようで、それからミオを見た。

「ねっ!知らなかったんだって!」


「成程…」

 ネロは腕を組んだ。


「学院というのは、アレシスにある若い子が通う学校みたいなものでね。剣術、魔法、体術—— 一通りのことが学べる。アレシスに修行に来る子も、アレシスで育った子も大体はあそこを目指す」


「ちなみにね!実はあたしも生徒なんだよ!」

ミオは腕を組んでドヤ顔をした。


「…入るにはどうすればいいんですか」とソラはミオをスルーして聞いた。


「えー!酷い!構ってよー!」


駄々をこねる声が聞こえるが気にせずネロが言う。

「試験がある。年に二回。体術・魔法・剣術から二つを選んで行う実技と、簡単な筆記だ」


「次の試験はいつですか」


「そうだね、確か…」

壁にかけてあるカレンダーに目をやってから少し考えてから続けた。

「二ヶ月後だね」


 ソラは少し考えた。二ヶ月。短くはないが、長くもない。


「それまでの間、ここの近くで修行とかできたりすることはできますか」


「城壁の内側に訓練場がある。誰でも使えるから、自分で鍛えるには向いてる。腕のある人たちも集まってくることも多いから、オススメかな」


「わかりました。まずはそこに行ってみることにします」


 ネロは小さく頷いた。少し間があった。


「アレシスは初めてだよね。まずその前に街に慣れるるのも大事だし、どこに何があるかわかってからの方が動きやすい。最初の二、三日は歩き回ってみればいいと思うよ」

そう言うとネロはミオの方をちらりと見た。


「ミオ、また今度二人に街を紹介してあげなさい」


「いいんですか?」


「もっちろんいいよ!!美味しいものも面白いものも、一緒に見に行こ!」

 ミオの声が弾んだ。ちゃちゃ丸が顔を上げた。


「ありがとうございます」

ソラは少し頭を下げた。申し訳なさと、それ以上の何かが混じったような声だった。


一方のリゼアは机の下でグッと見えないようにガッツポーズをしているのが見えた。



「あと、今夜の泊まるところは?」


「まだです」


「なら二階を使っていいよ。客用に空けてある部屋がある。ちゃちゃ丸が気に入った客なら、まあ悪い人じゃないはずだしね」


 ミオが「やったー!」と声を上げた。ちゃちゃ丸が驚いて尻尾をピンと立てる。


「いいんですか?」


「構わないよ。でも朝は早いから覚悟してね。お店の準備があるから」


「そんなの全然構いません。ありがとうございます!」


 ソラは頭を下げた。リゼアも小さく頭を下げた。


 ネロは「気にしない気にしない」と短く言って、立ち上がった。厨房の方へ歩いていく。その背中を見ながら、ミオが小声で言った。




 窓の外はもう日が傾いていた。街の喧騒は続いているが、ここだけ時間がゆっくりと流れているような気がして心地よかった。


「……思ったより、悪くないところだな」


 リゼアは答えなかった。猫の耳の後ろを撫でながら、窓の外を見ていた。

ここまで読んで頂きありがとうございました!

今回はにゃごすちんでの学院の説明とかのお話でした!

パッと終わらすつもりが風景を浮かべながら書くと長くなっちゃいましたwちゃちゃ丸とリゼアのやり取りが好きで銀髪女の子×猫は至福だと思うのです… 0(:3 )~ ('、3_ヽ)_


次回は6月3日水曜日6:00更新予定です!

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などして頂けるとほんっっっとうに嬉しいです!


次回のお話も何卒よろしくお願いします!



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