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星脈と位相の狭間で  作者: 黒
アレシス学院編

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第61話:校外実習の予告



 グエンが書く板書は、写し終わる前に消えてしまう。


 書いて、口で読み上げて、書き終えた端から黒板消しが追いかけていく。ソラが1行目を写し終えた頃には、黒板にはもう3行目の途中しか残っていなかった。


 隣でルリが自分のノートを少しこちらへずらした。消える前の分まで細かい字でびっしり埋まっている。


「……悪い」


「い、いえ」


 前の席のエルダーは、とっくに写すのを諦めていた。ノートの端に棒人間が木剣を振っている絵を描いていた。


「エル」


「……今いいとこなんだって」


「エルダー」


 グエンは黒板の方を向いたまま、名前だけを呼んだ。エルダーの背中が勝手にまっすぐになり、ペンを持った手がノートの端を覆った。


「はい!」


 グエンはそれ以上何も言わず、次の行を書き始めた。教室の後ろの方で誰かが吹き出した。


 扉が2回叩かれたのは、その行が半分ほど消えた時だった。


 返事を待たずに扉が開いて、痩せた男が入ってきた。眼鏡をかけて脇に紙の束を挟んでいる。ペアの結果を読み上げにきた時の教師だった。


「クロノです。グエン先生、少し時間をいただきます」


「おう」


 グエンは黒板消しを置いて窓際へ退いた。書きかけの行は、黒板の上で半分消えたまま残された。


 クロノは教卓の前に立つと、紙の束の端を机で1度叩いて揃えた。


「1年と3年のペアで校外実習を行います。10日後です」


 教室が一斉にざわついた。誰かが隣の生徒に「外?」と聞いている。


「アレシスの外です。行き先と班分けは、ペアごとに後日伝えます。持ち物も同様です」


「先生、外って言ってもどの辺まで行くんすか」


 エルダーが手を挙げた。挙げた手にまだペンを握っている。


「後日伝えます」


「泊まりとかは」


「後日伝えます」


「……弁当は」


「後日伝えます」


「バナナはおやつに入りますか」


「各自で判断してください」


 クロノは紙を1枚めくって何かを確かめると、眼鏡の縁を指で押し上げた。


「質問は以上ですか」


 誰も手を挙げなかった。


「では」


 来た時と同じ速さでクロノは出ていった。扉が閉まって、廊下の足音もすぐに聞こえなくなる。


 ルリがノートの端をつまんだまま固まっていた。


 グエンが窓際から教卓へ戻ってきた。黒板消しを拾い、残っていた行をまとめて消してしまう。


「実習の話は、今聞いた通りだに。続けるぞ」


 新しい行が書かれ始めた。エルダーはノートの端の棒人間に、盾を描き足していた。


―――――――――――――――――――――――


 渡り廊下の手前で、エルダーが急に足を止めた。


「やべ、ノート置いてきた」


「取ってくればいいだろ」


「まーいいや。どうせ何も書いてねぇし」


「棒人間しか描いてなかったもんな」


「傑作だぞ、あれ」


 そのまま渡り廊下に出ると、向こうから足音が2つ近づいてきた。


 アスカと、半歩遅れてルシアも現れた。アスカの腰には水筒が提がっている。歩くたびに蓋が少しだけ傾いて、また元に戻る。


「お〜、後輩くんたち」


 ルシアが片手を上げた。


「ちわっす!」


 エルダーの声が渡り廊下の天井に跳ね返る。アスカが眉を少しひそめる。


「先輩たちも聞きました?実習」


「聞いた聞いた」


「どこ行くんすか」


「知りたい?」


 エルダーが身を乗り出した。


「知ってるんすか!?」


「いや、俺も知らん」


「今の完全に知ってる人の口ぶりだったじゃないすか!」


「きっとアスカなら知ってるよ。ほら、聞いてみ」


 エルダーは口を開けたまま、助けを求めるようにアスカを見た。ソラもアスカの方を向いた。


「先輩は何か知ってますか」


「……知らん」


 ソラとエルダーは顔を見合せて肩を落とした。隣でルシアはクスクスと笑っている。


「そっ、それなら!1年の時には先輩も行ったんですか!」


「行った」


「どんなでした」


「歩いた」


 続きを待ったが、アスカはそれで口を閉じた。


「……それだけですか」


「それだけだな」


「ひたすら歩いて、で、帰ってきた。な?」


 ルシアが横から付け足すと、アスカは目だけをそちらへ向けた。


「お前は途中から荷車に乗るわ寝るわだっただろう」


「いやいや、あれは乗せてもらったんだよ。人徳ってやつだ」


「どこがだ。どう見ても荷物と一緒に積まれてただけだ」


 その姿を想像したのか、エルダーが吹き出した。ルシアは気にした様子もなく、アスカの腰のあたりを指さした。


「そうだ、ソラくん。こいつの水筒見てみ。蓋、傾いてんだろ。これな、アスカ学院長の――」


「ルシア」


 低い声だった。ルシアは口を閉じた。閉じたまま、エルダーに向かって片目をつぶった。


「……学院長?」


 ソラとエルダーが首を傾げる。何の話か分からなかった。アスカはどちらの顔も見ずに水筒の蓋を指先で押し込んだ。押し込んだそばから、また少しだけ傾く。


「10日あっても、朝の練習は変わらずだ」


「はい」


 返事を聞くより先に、アスカは歩き出していた。ルシアが欠伸をしながらその後に続き、すれ違いざまにエルダーの肩を叩く。


「エルダー。お前、明日の朝来ても俺を起こさないでくれよ」


「起こしてないっすよ!」


「お前の挨拶な、デカすぎて寮まで届くんだよ」


 2人分の足音が、渡り廊下の向こうへ遠ざかっていく。


 エルダーはまた首を傾げる。


「なあソラ。アスカ学院長って何のことだろな」


「うーん……」


「まさかアスカ先輩が学院長になるのか?」


「そんな馬鹿な」


―――――――――――――――――――――――


 にゃごすちんの扉を開けると、カウンターに小さなカップが7つ並んでいた。


 その中の液体はどれも赤い。ただ、よく見ると少しずつ色が違う。左から順に濃くなっていて、1番右のはほとんど黒に近かった。


 その前の丸椅子に、ミオが座っていた。座っているというより、カウンターに顎を載せてうなだれている。


「おかえりぃ……」


「……何やってるんだ」


「配合決め……的なやつ……」


 ミオは顎を載せたまま、カップの列を指で示した。左の3つは空になっている。


「全部ちょっとずつ違うんだって。どれが1番マシか選んでくださいって。……全部マシじゃないんだけど」


 カウンターの端では、リゼアが本を広げていた。カップの列から1番遠い椅子だった。


 ソラがゲンナリしているミオを見ていると、厨房からネロが顔を出した。


「おかえりなさい、ソラくん。ミオ、4つ目が残ってますよ」


「今飲もうとしてたもん……」


 ミオは体を起こして4つ目のカップを持ち上げた。鼻に近づけて、すぐに顔から離す。


「あっ、そうだソラ!実習の話聞いた!?」


「聞いた。今日、クロノ先生が来て」


「魔法科も今日聞いたの!セレナ先生がね、教室に入ってきて、1年と3年でペアになって外に――」


「ミオ?」


 ネロの声は柔らかく目元も優しかったがどこか冷たさもあった。ミオはカップを持ったまま固まり、それから目をつぶって一息に傾けた。


 カップがカウンターに置かれる。コトン、と軽い音がした。


 ミオはそのまま横に倒れていった。椅子から落ちる寸前でカウンターの縁を掴んで止まる。掴んだまま動かない。


「……ミオ?」


「……4番……これはアカン……」


「はい、4番はなしですね」


 ネロは厨房の入口に掛けてある紙に、何か書きつけた。


 リゼアが本から目を上げないまま手を伸ばし、残った3つのカップを指先で1つずつ、ミオから遠い方へずらしていった。最後の黒っぽいのは、自分の本の向こう側まで押しやった。


「リゼア、それ私のノルマ……」


「倒れてる人に飲ませるものじゃないわ」


「ありがとうぅ……」


「まだ3つ残ってますよ」


 ネロがにこにこと付け足した。


「うぇぇ……」


 ミオはカウンターの縁を掴んだまま、声だけで呻いた。


「リゼアも聞いたのか。実習の話」


 ソラが聞くと、リゼアはようやくページから目を上げた。


「昨日、セレナ先生から。お茶の時に」


「昨日?」


「ええ」


 それだけ言って、リゼアはまた本に目を移す。


「お茶って、何話すんだ。先生と」


「色々よ」


 ページがめくられた。ソラは鞄を下ろして、それ以上は聞かなかった。


「外へ出るんですね」


 ネロが布巾でカウンターを拭きながら言った。カップの列を避けて、器用にその隙間だけを拭いていく。


「10日後だそうです。持ち物とかもまだ何も言われてなくて」


「何か要るものがあったら言ってくださいね。うちの物置にも、古いものですが色々ありますから」


 カウンターに伏せたままのミオが、片手だけを上げた。


「私、お父さんのリュックがいい……あの、ポケットいっぱいあるやつ……」


「あれはミオには大きすぎますよ」


「詰めればいいもん……」


―――――――――――――――――――――――


 2階の部屋に上がると、ソラはベッドの下から荷物を引っ張り出した。アレシスに来た時に背負ってきた革袋だった。着いた日に中身を出して、それきり袋だけをしまい込んでいた。底の方に布の包みが1つだけ残っている。


 取り出して、膝の上で布を解いた。


 短剣だった。村を出る前の夜に箱から出して、それから1度も抜いていない。刃は相変わらずくすんでいて、柄には読めない文字が刻まれている。窓から入る夕方の光にかざしても、刃の上で光はぼんやりとしか跳ね返らなかった。


 学院では木剣しか握っていない。外へ出るなら、これくらいは使えるようにしておいた方がいい気がした。


 ソラは部屋の中を見回した。砥石は持ってきていなかった。


 短剣を布ごと持って階段を降りる。店にはまだ明かりがついていた。ミオは5つ目のカップの前で、両手で鼻をつまんでいた。


「ネロさん。砥石って、ありますか」


「砥石ですか」


 厨房の入口で、ネロが振り向いた。ソラの手元に目が落ちる。


「それを研ぐんですか」


「外に出るなら、一応と思って」


 ネロは布巾を置いてから、包みの端を少しだけめくった。刃を明かりの方へ傾けて、すぐに戻す。


「それは、研がなくていいですよ」


「でも、かなり古いですよ。これ」


「刃こぼれ、していないでしょう」


 ソラは刃を見下ろした。言われてみれば、欠けている所は1つもなかった。


「……1度も研いだことないんですけど」


「なら、なおさらです」


 ネロはカウンターの方へ顔を向けた。


「ミオ。鼻をつまんだら味が分からないでしょう」


「分からない方がいいの!」


 カウンターの端で、リゼアが本から顔を上げていた。視線はソラの手元に向いていて、ソラと目が合う前にページへ戻った。


 ソラは布を巻き直そうとした。足元にいつの間にかちゃちゃ丸が来ていて、垂れた布の端にじゃれついている。引っ張ると、ちゃちゃ丸は布にパンチを繰り出した。遊んでくれていると勘違いしているらしい。


 ソラは刃を半分だけ包んだまま、布の端をプラプラと動かし続けた。


今回もお読み頂きありがとうございました!


今回は学外実習の告知回でした!10日後に向けて、それぞれ準備が始まります。ミオの試飲地獄はまだまだ続く……意外とネロは内心キレているのかも……w


よければアクションやTwitterのフォローとかお願いします! @kuronekomaru015


未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/


次回投稿は11月4日(水)6時を予定しております。


何卒よろしくお願いします!


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