第50話:ルリは愛玩動物ではありません
夕方の食堂は朝よりも騒がしかった。
ソラが2つ目のパンに手を伸ばしたところで、向かいのミオが急に背筋を伸ばした。
「あ、ルリくん!こっちこっち!」
入口にルリが立っていた。盆を両手で持ったまま、こちらに気付くまでには少し間があったが、ミオがもう1度手を振るとようやく足が動き出した。
近づくにつれて、昼との違いが見えてきた。後ろ髪が片側だけ跳ね、上着の襟が内側に折れ込んでいる。盆の上には、水の入ったコップしか載っていなかった。
「ルリ、飯入ってないぞ」
エルダーが盆を指差す。ルリは自分の盆を見下ろして、しばらく黙っていた。
「……取るの、忘れてました」
ミオが自分の皿から揚げ芋を3本つまみ、ルリの盆に置いた。ルリは椅子に腰を下ろし、その芋をじっと眺める。
「で、で?カズハ先輩、どうだった?」
「どう、と言われても……」
「怖かった?優しかった?」
「……可愛いって、言われました」
「知ってる。それは聞こえてたぜ」
エルダーが口を挟む。
「あの後も、ずっと……」
「ずっと?」
「あれだこれだと言われて、スキンシップも凄くて……」
ミオが両手で口を押さえた。肩が小刻みに揺れている。
「稽古は?何か教わったのか」
「……帳面を、見せてもらいました。僕の試合のこと、全部書いてあって」
「全部?」
「1回戦も、2回戦も……僕が覚えてないところまで」
芋を持つルリの指に、少しだけ力が入った。
「他の人の試合も、全部あるんだそうです。今年の分だけじゃなくて、先輩が入学した年からずっと。……どの頁も角が擦り切れてて、かなり使い込まれてました」
エルダーが、パンを齧りかけたまま止まった。ソラは昼の稽古場で、脇から滑り落ちた1冊を思い出していた。床に当たった時の音が、やけに重かった。
「それで、最後に……」
ルリが芋を皿に戻した。
「明日も来てね、とだけ」
ソラの隣に、盆が1つ置かれた。
「えらく盛り上がってるけど、何の話?」
リゼアだった。返事を待たずに椅子を引き、腰を下ろす。盆の上には野菜の煮込みと、薄く切ったパンが2枚。そしてその上にナタデココが置いてある。
「リゼア!遅かったね」
「課題が残ってたの。……ルリくん、髪どうしたの」
ルリが後頭部に手をやった。跳ねた毛先に触れて、ようやく気付いたらしい。押さえつけても、指を離すとまた跳ね上がる。
「あ、あの、これは、先輩が……」
「先輩?」
「ペアの……今日、初めて会って」
リゼアが煮込みを掬いながら、ふうん、と相槌を打つ。ルリは髪を押さえたまま、リゼアの方へ少し体を向けた。
「リゼアさんは、どんな先輩でしたか」
ミオの手が止まった。エルダーがパンを咥えたまま、目だけを動かす。ソラはスプーンを持った手を、皿の上で浮かせた。
リゼアは煮込みを口に運び、飲み込んでから顔を上げた。
「いないわよ」
「……え」
「まだ決まってないの。保留ですって」
ルリが椅子の上で固まった。押さえていた手が髪から離れ、毛先がぴょこんと立ち上がる。
「す、すみません!僕、知らなくてその……」
「謝ることじゃないでしょ」
リゼアはパンをちぎって、煮込みの汁に浸した。
「それより、ルリくんの先輩の方が気になるわ。髪をそんなにした人のこと」
ルリが帳面の話をもう1度繰り返す間に、リゼアの皿は空になっていた。ミオは可愛いと言われた話がツボに入ったらしく、いじり倒すように何度もその話を繰り返していた。
食堂を出ると、廊下の窓の外はもう暗かった。
壁の灯りの下に、人影が1つ見えた。両手を体の前で軽く重ね、誰かを待つように立っている。
「セレナ先生?」
ミオが首を傾げる。セレナは5人に軽く会釈をして、それからリゼアに目を留めた。
「リゼアさん。少しお時間をいただけますか」
リゼアは短く返事をして、セレナの方へ歩いていった。
ソラたちは廊下の角まで下がった。声は聞こえないが、セレナが何か言いリゼアが頷く。そんなやり取りが見えた。セレナがもう1度口を開くと、今度はリゼアが首を傾げた。
「何話してんだろな」
「エルくん、声おっきい」
ミオが肘でエルダーの脇腹を突いた。
「痛って!加減考えろよな!」
ルリはソラの体を盾にして、そーっと覗いている。
話は長くなかった。セレナがもう1度会釈して、廊下の奥へ歩き去る。その足音が遠ざかってから、リゼアがこちらへ戻ってきた。
「なになに、何だったの!?」
ミオが駆け寄る。リゼアは歩く速さを変えなかった。
「セレナ先生になったわ」
「……何が?」
「ペア」
エルダーが「は?」と声を上げた。ミオは口を開けたまま固まり、それから両手でリゼアの袖を掴んだ。
「え、待って何それ何それ!聞いたことないよ?それってすごいのかな!?すごくないのかな!?」
「知らないわよ」
「知らないの!?」
ミオに袖を揺すられながら、リゼアはされるがままになっている。ルリが、ソラの背中に半分隠れたまま小さく呟いた。
「先生と、ペア……」
「そもそも先生って、ペアになれるのか」
ソラが聞くと、リゼアは小さく肩をすくめた。
「なれるんじゃない?なったんだから」
リゼアはソラの横を通り過ぎ、3歩ほど先で振り返った。
「帰らないの?」
答えを待たずに、リゼアは階段を降りていった。
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廊下の角を2つ曲がると、食堂の喧騒はほとんど届かなくなった。
突き当たりの窓辺に、男が1人立っていた。外の暗がりを眺めながら、セレナの足音が近づいてくるのを待っていたようだった。
「お疲れ様です、セレナ先生」
「……これで良かったんですか、シャルド先生」
セレナは少し手前で足を止めた。シャルドはセレナの方へと向き直ると、つかみどころのない笑みを浮かべる。
「ええ。助かりました」
「助かった、というのは」
「何でもありませんよ。こちらの話です」
セレナは、体の前で重ねた手を組み直した。
「3年生が誰も手を挙げなかったのは、分かります。あの子の試合を見ていれば、尻込みもするでしょう。でも、保留のまま次の機会を待たせる手もありました。わざわざ私が見る必要は――」
「ありますよ」
シャルドの声は穏やかだった。
「あの子の魔法を1番近くで見て、1番正確に理解されていられるのは、あなたでしょう」
「……理解する、ですか」
「大会でもよく見ていらした」
セレナは答えなかった。
「学院長の許可は取ってあります。何かあれば、私に」
「リゼアさんには、先生から何かお話しになるんですか」
「いいえ。あなたがペアを引き受けた、それだけ伝われば十分です」
シャルドは窓を閉め、留め金をかけた。セレナはその背中に向けて、言葉をかけた。
「……あの子の相手が私に務まるかどうか、正直、不安ですが」
「ふふっ、問題ありませんよ」
短く返して、シャルドはセレナの横を通り過ぎた。足音が階段の方へ遠ざかっていく。
セレナは、組んでいた手をほどいた。
今回もお読み頂きありがとうございました!
今回はリゼアのペアがまさかの決着を迎えるお話でした!最後のシャルドとセレナのやり取り、何か裏があるのでしょうか……?
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未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/
次回投稿は月日()6時を予定しております。
何卒よろしくお願いします!




