第47話:武術科のペア発表
「昨日の夕飯、何だったと思う」
廊下の角を曲がったところで、ルシアが林檎を齧りながら並んできた。アスカは歩く速さを変えない。
「知らん」
「当ててみろって」
「興味がない」
「魚だよ。骨が多いやつ。寮の飯、最近ずっと骨が多いんだよな。誰か骨の多い魚ばっかり仕入れてるやつがいる」
「文句なら寮に言え」
「言ったよ。そしたら次の日、骨が増えてた」
ルシアが芯だけになった林檎を窓の外へ放ろうとしたが、下を人が通ったのでやめた。手の中で持て余したまま歩いている。
「そういや聞いたか。4年の誰かが、訓練場の天井に木剣刺したって」
「刺さるわけないだろ」
「刺さったんだと。抜けなくて、今もそのままらしい」
「見に行ったのか」
「行ってない。行ったら負けな気がしてさ」
突き当たりの部屋の前で、ルシアが足を止めた。扉の向こうから、人の声がいくつも重なって漏れてくる。
「あれ?もう始まってんじゃねぇか」
「まだ時間前だ」
アスカが扉を押すと、中の声がそのままぶつかってきた。
長机が2つ、向かい合わせに並べてある。3年の10人のうち、もう8人が座っていて、そのほとんどが喋っていた。正面の壁には1年の名簿が貼り出され、30人分の名前が武術科と魔法科に分かれて縦に並んでいる。
名簿の横には眼鏡をかけた男が立っていた。手元の紙の端を、机の上で何度か叩いて揃えている。
「揃いましたね。始めます」
声は大きくなかったが、部屋が静かになった。アスカとルシアが空いた席に座る。ルシアがまだ林檎の芯を握っていることに気付いて、隣の生徒が少し引き気味に椅子を引いた。
「魔法科から読み上げます。希望する方は挙手を。重なった場合は、本人同士で決めてください」
3年の担当で、今日の選考を取りまとめているクロノ・ハーゲンだった。眼鏡を指で一度だけ直すと、最初の紙を読み上げ始める。
名前が1つずつ呼ばれていく。魔法科の3年が手を挙げ、2人重なれば短く言い合って片方が引く。その繰り返しで、紙が何枚かめくられた。
「リゼア」
手は挙がらなかった。
魔法科の3年たちは、互いの顔を見ないように机の木目を見ている。1人が口を開きかけて、隣に肘で小突かれて閉じた。
「誰もいませんか」
返事がない。
「保留とします」
クロノは次の紙をめくった。
「……マジかよ」
ルシアが小声で漏らす。アスカは壁の名簿の、リゼアの名前がある辺りに目をやったまま、組んでいた腕を解かなかった。
「武術科に移ります」
武術科の方は、手の挙がり方が早かった。
「エルダー」
3人の手が上がった。ルシアもその中の1人だった。
「優勝者だぞ、俺が見る」
「お前、大会中ずっと欠伸してただろ」
「それとこれとは関係ねぇ」
「組み技の相手なら俺の方が向いてる」
「お前は体がでかいだけだろ」
「でかいのは大事だ!」
言い合いが長引きそうになったところで、クロノが紙から顔を上げた。
「3人とも、言い争いはせず、迅速に決めてください」
口調は何も変わっていない。それでも1人が手を下ろし、もう1人も舌打ちして下ろした。
「ルシアさん。決まりです」
「っしゃ!」
林檎の芯を握ったまま、ルシアが拳を上げた。
「ルリ」
読み終わるより先に、手が1本挙がっていた。窓際の席で、トヨミ・カズハが頬杖をついたまま片手を上げている。顔は窓の方を向いたままだ。
「カズハさん。他にいませんか。……決まりです」
カズハは手を下ろすと、何事もなかったように窓の外へ目をやった。
紙がめくられる。
「ソラ」
「俺が取ります」
クロノの声が終わるのと、ほとんど同時だった。
何人かがアスカの方を振り返った。手を挙げかけていた者はいない。
「え?マジ?」
「アスカがあの子を……?理由付きか?」
不思議に思った周りの生徒たちがざわつく。
「他にいませんか」
誰も動かない。
「アスカさん。決まりです」
横でルシアが吹き出した。
「たはっ!前から決めてるって、ソラくんかよ」
「そうだ」
「てっきり魔法科の……」
「そもそも俺が魔法科の人間を指名してどうする」
アスカは席を立った。名簿の名前は、まだ半分以上残っている。
「最後まで居てください。途中退室は認めていません」
「俺の相手はもう決まりました」
「規則です」
アスカは立ったまま、少しの間動かなかった。それから椅子を引き直して、座った。
ルシアが机に突っ伏して肩を震わせていた。
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翌日、武術科の教室の扉を開けて入ってきたのは、グエンではなかった。
「……誰?」
「スマート眼鏡だな」
「言い方言い方」
眼鏡の男は教壇に立つと、名簿を1枚だけ机に置いた。グエンは後から入ってきて、そのまま壁際で腕を組む。
「3年担当のクロノです。先日の大会を受けて、ペアが決まりましたので伝えます。名前を呼ばれた人は、組む相手を覚えてください。一度しか言いません」
「一度しか……?」
エルダーが隣で背筋を伸ばし、ソラの方へ身を乗り出してきた。
「アスカ先輩来い、アスカ先輩来い」
「うるさいなぁ」
「うるさいじゃねぇよ!こういうのはまず気からなんだよ!」
名前が読まれていく。呼ばれた生徒が小さく声を上げたり、隣と顔を見合わせたりする。呼ばれない名前もあったが、クロノはそこで止まらなかった。
「エルダー。ルシア」
「……ルシア?」
エルダーが固まった。
「知らないのかよ」
「知ってるよ、知ってるけど。アスカ先輩といっつも一緒にいる人だよな?……一緒にいる人かぁ」
「近いは近いな」
「近いって何だよ、慰めになってねぇよ」
「ルリ。トヨミ・カズハ」
ソラの反対側で、ルリの肩がびくっと跳ねた。
「か、カズハ……さん……」
「知ってるのか」
「ぜ、全然……知らないです……」
ルリは机の端を指でなぞり始めた。そのまま、誰にともなく聞いてくる。
「苗字持ちの人……怖い人じゃなければいいけど……」
「確かに。今のところ俺も苗字持ちにいい印象ないしな」
そう言うとソラはローライトの方を見た。ローライトはソラと目が合うと小さく鼻を鳴らしてからそっぽを向いた。
「ソラ。アスカ」
エルダーが勢いよく振り返った。
「は!?」
「……ごめんな」
「いや、は?」
クロノはもう次の名前を読んでいる。エルダーの声はそのまま流された。
「呼ばれなかった人は、次の機会を待ってください。以上です」
クロノは名簿を畳むと、そのまま教室を出ていった。入ってきてから、ほとんど時間は経っていない。壁際のグエンが、組んでいた腕をほどいた。
「……ほいじゃ、訓練場行くだに」
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廊下に出た途端、エルダーがソラの肩に腕を回してきた。
「ソラ!交換だ!交換!!」
「無理だろ」
「頼むって。俺ずっと言ってたろ、アスカ先輩がいいって」
「言ってたな」
「だろ!?俺の方が先に言ってた!」
「言った順じゃないだろ、これ」
「じゃあ何順なんだよ!」
「そもそも順番関係ないって」
エルダーの腕が重い。ルリが後ろから小走りでついてきて、2人の間に入れずに横をうろうろしている。
「ル、ルシア先輩も、いい人だと思います……たぶん」
「違ぇーんだっての!いい人とかそんなんじゃなくてよ!」
「じゃあ悪い人かも……?」
「そういう意味じゃねぇ!」
角を曲がったところで、向こうから歩いてくる人影があった。エルダーの腕が、するりとソラの肩から外れる。
アスカだった。3年の教室の方から来て、訓練場とは逆へ向かっている。ソラの前で足を止めた。
「聞いたか」
「はい。さっき」
「明日から朝も来い。日の出前だ」
「……はい」
短くそれだけ言うと、アスカはエルダーにもルリにも目をやらずに、横を通り過ぎていく。
エルダーは背中を見送ったまま、口を開けて、閉じた。
「ぐ、ぐぐっ……ぐぅ……」
「なんて言うかその、ドンマイ」
「他人事みたいな言い方してるけどお前1番当事者だからな!?」
ソラは木剣の袋を、肩に担ぎ直した。
「なんだか急にお腹が痛くなってきたな……ルリ、後は頼んだ!」
そう言うとソラは手洗いへ向かって走り出した。
「あっ、ちょっとソラさん!」
ルリはそれを追いかけようとするがガシッと肩を掴まれる。
「じゃあルリ、代わりにたっぷり俺の鬱憤を聞いてもらおうか!」
「えぇぇぇ〜……」
今回もお読み頂きありがとうございました!
今回は大会を経ての遂にペアの発表が行われました。エルダー、無念!リゼアにペアが決まらなかったことや、ルリの相手などこれからも展開がてんこ盛りの予定です。是非これからも一読お願いします!
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未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/
次回投稿は9月27日(土)6時を予定しております。
何卒よろしくお願いします!




