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星脈と位相の狭間で  作者: 黒
アレシス学院編

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第46話:月桜



 にゃごすちんの扉を開けた瞬間、ネロが厨房から顔を出した。


「おかえりなさい。大会の結果、聞きましたよ」


「早くないですか」


「少し前に常連さんが来て、全部喋っていきましたからね」


 テーブルにはもう皿が並び始めていた。座る前から湯気が出ている。


「俺まだ何も頼んでないっすよ」


「今日はお店からのお気持ちです。好きに食べてください」


「よっしゃ!」


「お父さん太っ腹〜!」


「ミオの分は数に入れていませんよ」


「なんでぇ〜!?」


 ミオが叫びながら椅子を引いた。ルリが遠慮して一番端に座ろうとして、エルダーに肩を掴まれて真ん中に引き戻される。


 店に残っていた客が2人、こちらを見て何か言い合っている。片方が記章の方を指したので、ソラは椅子を少しずらして視線を切った。猫が1匹、閉めそこねた窓の桟から降りてきて、テーブルの下を通り抜けていった。


 会場を出てからここまでの道でも、何度か同じことがあった。武術科の連中に肩を叩かれ、知らない生徒に名前を呼ばれ、エルダーがその度に立ち止まって返事をするので、いつもの倍は時間がかかった。


「エルダー、歩くの遅すぎ!」


「話しかけられたら返事すんだろ普通」


「全員に返してたじゃない」


「お前はお前で全員無視してたじゃねぇかよ」


 エルダーは座るなり、上着の内側から記章を出してテーブルに置いた。


「返してもらえたのか、それ」


「箒持ってた兄ちゃんが拾っててくれた。氷の根元に落ちてたってよ」


「落とした自覚はあったのか?」


「ねぇよ。襟に付けたつもりだったんだから」


「要するに付いてなかったってことだろ」


「付いてたって!あの氷が悪いんだよ」


「氷は関係ないだろ…」


 ミオがそれを摘んで自分の襟に当ててみる。


「ちっさ。もっとこう、ドーンとしたのじゃないんだ」


「ドーンとしたの付けて歩けるかよ」


「私だったら毎日付けるけどな〜」


「毎日は面倒だって」


 リゼアの分は襟に留まったままだった。座っている間に一度も触っていない。


「しかしまあ」


 ネロが皿を置きながら、エルダーとリゼアに目をやる。


「ミオの友人から、優勝者が2人も出るとはねえ」


「2人?」


「武術科と魔法科。両方だろうが」


「……あ、ほんとじゃん!」


「今気付いたのかよ」


「なんかこう…別々に考えてたと言いますか?」


 ミオが椅子の上で跳ねた。


「やば!うちの店、伝説の店じゃん!」


「ミオが言うと急に安っぽくなりますね」


「看板に書こうよ。優勝者を2人輩出した店って!」


「書いてどうするんですか」


「お客さん来るじゃん」


「来たお客さんに何をお出しするんです」


「優勝者が食べてたやつ!その名もレジェンドオーダー!」


 ネロが笑いながら厨房へ引っ込んでいった。エルダーだけが目を輝かせながら真面目な顔で何度も頷いている。


                 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「で、師弟制度だよ!」


 皿が半分空いたあたりで、ミオが箸を置いた。


「先輩が選ぶんでしょ?こっちからは何もできないの?」


「昔からそうですよ」


 ネロが空いた皿を重ねながら言った。


「こちらが何を言っても、向こうが見るのは大会の中身だけです」


「中身って、勝ち負け?」


「それだけでもないようですよ。昔、1回戦で負けた子が上の学年に取られたことがあったそうです。負け方が良かったんだとか」


「負け方に良し悪しあんのかよ」


「あるんでしょうね。僕は学院の人間ではないので、聞いた話ですが」


 ルリが箸を止めて、少しだけ顔を上げた。何か言いかけて、結局また箸を動かし始める。


「ルリ、今なんか気になったことあった?」


「い、いえ……負け方って、何だろうなと思って」


「考えたって分かんないでしょ、そんなの」


 ミオがあっさり片付けた。ルリは頷いたが、皿の上の一点を見たままだった。


「結局さ、どう見られてるかなんてこっちには分かんないわけでしょ」


「まあ、そうなるな」


「だったら希望だけ言っとこうよ。言うだけならタダだし」


「言っても届かないぞ、それ」


「気分の問題!」

 ミオがコップを置いて、両手をテーブルについた。


「私は強い人がいい!できれば魔法科で、すっごい強い人!」


「僕は……怒らない人だと、助かります」


「ルリのは切実だな」


「俺は飯おごってくれる人」


「まだ言ってんのか」


「毎日な!3年分だぞ」


「たかる気満々だろそれ」


「じゃあ逆に聞くけどよ。おごってくれる先輩の何が不満なんだ」


「不満とかそういうのじゃなくて、基準がそれだけなのがどうかと思うんだよ」


「他に何を見るんだよ」


「強さとか、教え方とか色々」


「飯の食い方も教えの1つだ」


「どういう意味だよ…」


 リゼアが皿から顔を上げないまま聞いてきた。


「ソラは?」


「……強い人がいいな」


「かぶってるじゃん!」


「ミオとは意味合いが違うよ。何と言うかこう、色々」


「何その謎に棘のある言い方!?」


 ソラは黙って汁物に口をつけた。頭に浮かんでいたのは1人だけだったが、あの人が誰を選びたいかはまた別の話だ。


 ミオが立ち上がって、カウンターの裏から紙を4枚持ってきた。床に並べ始める。


「決まんないなら占うしかないわね…」


「また占うのかよ」


 並べられた紙には、順に「強い先輩」「優しい先輩」「飯くれる先輩」「普通の先輩」と書いてあった。


「普通のって何だ」


「保険」


 奥からちゃちゃ丸が出てきた。全員が黙った。


 ちゃちゃ丸は紙を1枚ずつ嗅いで回り、最後に全部をまたいで、エルダーの足元に落ちていた肉の前で座った。


「おい」


「猫にも分かんないんだって」


「いい加減なもんだな…」


「それだけ難解なんだよきっと!」


 ミオが紙をかき集めて丸めた。ちゃちゃ丸が丸まった紙の方に興味を示して、今度はそれを追いかけ始める。


「結局何も決まってねぇな」


「決まるわけないでしょ、こっちが決めることじゃないんだから」


 リゼアが箸を置いた。


「向こうが選ぶのよ。こっちは選ばれるだけ」


「冷てぇ言い方するなぁ、お前」


「そういう制度でしょ」


                 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 訓練場に人の姿はなかった。


 閉会式が終わって全員が散った後、アスカは素振りを続けていた。


「お前の言う通りだったな」


 入口の壁にルシアが背を預けている。アスカは手を止めない。


「何がだ」


「あの1年生の、リゼアちゃんだったかな。魔法科の決勝」


「……ああ」


「前に言ってたよな。あいつは見ておけって。あの時は半分聞き流してたんだが」


「聞き流してたのか」


「1年の話を3年が真顔でするから、何かの冗談かと思ったんだよ」


 木剣が空を切る音が続く。ルシアが欠伸をした。


「何から何まで規格外だったな。特に何だったんだ、最後のあれ」


 素振りが止まった。


「グラビトンとかいうやつ。あんなの聞いたこともないぞ」


「……さあな」


「お前もわかんねぇのかよ」


「あぁ」


 アスカは構えを解いて、剣を下ろした。


「知らんがあいつは1年は当然として、2年3年を含めても上澄みの部類だろう」


「まぁ…そうだろうな」


 ルシアが壁から背を離した。


「言っとくけどな、気味悪がってる奴もいるぞ。魔法科の上の方には」


「だろうな」


「お前は気味悪くないのか」


 アスカは剣先を床に向けたまま、少し黙った。


「分からんもんを分からんまま置いておくのが嫌なだけだ」


「で、誰を取るつもりなんだ?お前は」


「決めてる」


「早いな」


「前から決めてる」


 それだけ言うと、アスカはまた構え直した。ルシアは「そっか」とだけ言うと肩をすくめて出ていく。暗くなるまで、音は続いていた。


                 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 店を出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。


「じゃ、俺帰るわ。絶対明日筋肉痛だなこれ」


「今日そんな動いてないだろ、お前」


「応援するためにずっと立ってたろ」


「応援の時だけだし、大丈夫だって」


「あのな、ソラ。人間の足は立つようにできてねぇんだよ」


「できてるだろ…」


「お、お邪魔しました……ごちそうさまでした!」


「またねー!」


 ミオが通りに向かって手を振り続けている。エルダーが振り返らずに手を上げ、ルリは2度ほど振り返って頭を下げた。2人が角を曲がって見えなくなると、ミオは皿を下げに店の中へ戻っていった。


 残ったのはソラとリゼアだけだった。店の中からミオがネロに何か言われて言い返している声が聞こえてくる。


「肩、平気?」


「痛い」


「痛いのかよ…大事にするんだぞ」


「大丈夫。ナタデココ食べたから」


「……はぁ」


 リゼアが襟の記章を指で弾いた。留め具が小さく鳴る。


「明日から普通の学院生活だな」


「今までが普通じゃなかったのよ」


「それもそうか」


「授業、真面目に出なさいよ」


「出てるだろ」


「寝てたでしょ、座学」


「なんで知ってんだよ」


「エルダーが言ってたもの。隣で船漕いでたって」


「あいつも寝てたんだよ」


「じゃあ2人ともグエン先生に言うわ」


「やめろ」


 通りの向こうで、まだ店を開けている屋台の灯りが揺れている。リゼアが顔を上げた。ソラもつられて上を向く。


 月の桜が綺麗だった。


風が出てきて、店先の看板が小さく揺れた。リゼアが先に階段の方へ歩き出した。ソラは少し遅れてついていった。


今回もお読み頂きありがとうございました!


今回は大会後のお食事会と、リゼアを見たルシアとアスカの会話を描いたお話でした!次回からは遂に組み合わせ発表が始まります。是非に一読お願いします!


よければアクションやTwitterのフォローとかお願いします! @kuronekomaru015


未完成ですが一応作品HPあります→https://hasuki-kuro.github.io/seimyaku/


次回投稿は9月23日(水)6時を予定しております。


何卒よろしくお願いします!


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